昨日は空気を読もうとしてしまう日本企業での働き方に対し、シンガポールの企業ではオープンなディスカッションが好まれる傾向であることを書きました。
例を挙げましょう。「会社のロゴを新しくする、何色の文字にするか」というテーマで会議があったとします。
1. 日本的な「空気を読む」会議の場合
社長「今度うちのロゴを変えようと思う。こんな感じで私は青色のロゴがいいかなと思うのだが、皆の忌憚なき意見を聞きたい」
A「青ですか、なかなかいいと思います」
B「うちの事業内容からすれば青系は無難ですね」
C「特に問題は感じません」
社長「よし、皆の意見を聞いて私も確信した。青で行こうか」
→つまり、会議とは「確認の場」であり上意下達という雰囲気です
2. シンガポール的な「意見をはっきり言う」会議の場合
社長「今度うちのロゴを変えようと思う。こんな感じで私は青色のロゴがいいかなと思うのだが、皆の意見を聞きたい」
A「青はちょっとセンスないのでは?なんで青なんですか?」
社長「青はこの業界の定番の色だからだ。ロゴにセンスなんか関係ないだろう?」
B「特に何でもいいです」
社長「意見ない人間はやる気ないのか。もっと仕事しろ」
C「青は暗い雰囲気だから赤がいいのでは?情熱的だし私は赤が好きだし」
社長「うーん、赤も悪くないけどねえ」
→皆、言いたい放題。しかしなんとなく話は進んでいきます
もしこの社員達が逆だったらどうなるでしょう?
1. 日本的な「空気を読む」会議にシンガポール人「意見を言う」社員が出た場合
社長「今度うちのロゴを変えようと思う。こんな感じで私は青色のロゴがいいかなと思うのだが、皆の忌憚なき意見を聞きたい」
A「青はちょっとセンスないのでは?なんで青なんですか?」
社長「君、言葉を慎みたまえ。青には理由があるのだ」
B「特に何でもいいです」
C「青は暗い雰囲気だから赤がいいのでは?私は赤が好きだし」
社長「君たち、真面目にやる気があるのか!?」
…となるでしょう。次回から会議は開かれないかもしれません
2. シンガポール的な「意見をはっきり言う」会議に日本的「空気を読む」社員が出た場合
社長「今度うちのロゴを変えようと思う。こんな感じで私は青色のロゴがいいかなと思うのだが、皆の忌憚なき意見を聞きたい」
A「青ですか、なかなかいいと思います」
B「うちの事業内容からすれば青系は無難ですね」
C「特に問題は感じません」
社長「おい、同じ意見しかないのか?アイディアが欲しいのに仕事が進まないじゃないか…」
…と思うかもしれません。まあ背景がないので実際は本音だと誤解するでしょう
以前コラムで書いたように、シンガポールの会社で円滑に仕事を進めるには声が大きくないといけません。言われた方はそれに従うか、自分の意見を主張して認めさせなければいけません。
私の知っている限り、シンガポールの会社の文化は、上下関係は希薄、横のつながりも希薄、個人プレイ重視、です。
良い、悪いの問題ではありません。文化の違いです。
若い人がのし上がっていくには、シンガポールの会社は風通しの良い文化と言えるでしょう。
しかし弱肉強食の社会で仕事ができないと、風当たりも容赦ありません。
日本のような横並び意識のない、かつ多民族な社会で「仕事がデキる」と思われるには、
自分の主張を認めさせ結果を残す、というタフさが必要ですね

本来、仕事が「デキる」条件とは、会社の売上を上げるとか煩雑な仕事を効率化するなどの明確な結果を伴うものですが、それ以前に自分の意見を形にしないといけません。そのプロセスが日本とシンガポールは違うため、仕事がデキる条件も全く違うものとなります。国境をまたいで仕事する場合は、文化への変化・対応が求められるのです