霜月の最後ですので、騒動を考えてみようと思いまして。。。 | プログレス学習教室 橿原市

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11月30日

 

 

きょうで、霜月も終了。。。

なんだか早いですねー

 

霜月といえば、鎌倉時代の「霜月騒動

(弘安合戦とか安達泰盛の乱とか秋田城介の乱とかともいうそうです)

日本史には必出ですが、

「騒動」という言葉から思い浮かべるよりも、はるかに陰惨な事件ですびっくりガーン

ごくごく簡単にいうと、

改革で身が危うくなりそうな家臣(平頼綱)が、

殿(北条)の有力な同僚(安達泰盛:改革推進派)を、

やられる前にやっちゃえとばかりに攻め、

安達一族を滅ぼした(死者500人超ゲッソリ!!)

ものです

全国規模にまで広がったそうですが、「米騒動」とはレベルのちがう「騒動」

もののふは、かくも荒々しく、血の気が多く、命が軽いものだったのですね

 

ところで、北条の有力家臣(御内人)の筆頭を内管領といいます

元寇以降(正確には霜月騒動以降)、執権の下に内管領がいて、幕府を牛耳っていました

中学生のみなさんは、各幕府の組織図を勉強しますねウインク

そこで、わけのわからないままに、

鎌倉幕府は、将軍-執権-侍所、政所、問注所…

室町幕府は、将軍-管領-侍所、政所、問注所…

と、いっしょうけんめい覚えますよね!?

鎌倉幕府の執権と室町幕府の管領、どうちがうの?名前だけ?なんて思うひともいるよね?

(無関心みたいでほとんど聞かれないけど、ごくごくたまに聞かれる)

名前だけちがうんだったら、べつに名前を変える必要もないわけで、

じつは、ちがうのは「将軍-執権」そのものなんですよねーニコニコ

鎌倉の「将軍」は飾り物ですが、室町の「将軍」は実権を持ちました

そして、御家人(家来)はいなくなって、大名はみんな将軍の同僚

だから、ざっくり言うと、

鎌倉の飾り物「将軍」が吹っ飛ばされて、執権→将軍に出世、

鎌倉で内管領と呼ばれていた執事の「内」が取れて、晴れて「管領」という身分になった

ようなものでしょうか

鎌倉から室町にかけて、武士の政治の仕組みに大きな変革があったわけではないんです

だから、鎌倉時代と室町時代をあわせて、おおきく「中世」とくくることができるんですね

そして、戦国の変動期を経て、近世へと移っていくわけです

歴史って、時代時代でパキっと分かれているわけではなくて、徐々に変遷していくものなんです

これ、テストとはぜーんぜん関係ないけど、歴史を勉強するうえでけっこう大事なこと!

細かいところばっかり必死こいて覚えてたら、全体がわかんなくなっちゃうよ!!

 

中学校の教科書では、「元寇」が強調されて、

鎌倉幕府滅亡の原因のような印象を受けるのですが(じっさいそう習った気もする)、

たしかにターニングポイントではあるんですけど、

それに、「そののち北条氏の専制が強まって」みたいなことも書かれているのですけどね、

弘安の役が1281年、鎌倉幕府ができて100年弱、

滅亡は1333年、文永・弘安の役から50年以上あとなんですね

これで幕府滅亡の原因にされてしまったら、

元軍と必死に戦った御家人さんたち気の毒じゃない?

鎌倉幕府が終了した原因は、元寇じゃなくて、

霜月騒動みたいな乱のひとつが、たまたまうまくいって鎌倉幕府を転覆させてしまっただけなのではないかと、

ちょっと思ったりするんですけど。。。??

歴史には、これが正しいってのがなくて、おもしろいですよねウインク

 

あした1日期末をまだ残しているのに、ぜんぜんかけ離れた内容になっちゃったてへぺろ

 

今日も、

早寝zzz・早起き目・しっかり朝ご飯パンおにぎりバナナコーヒー!!

 

とってつけた!