しかしながら、かといって、
落として失くした、
もしくは
あの川の向こう側に、石ころと一緒に
投げ捨ててしまった青春なり財布なり携帯通信端末なりは、2度と決して、何があろうとも
また再び
拾い、あいまみえることなど、ないのである。
これは、不可逆な現象なのである。
偶然手にしたもを失うことはあろうとも
自ら放棄したものは、たとえ戻ってくることがあったとしても前のままの姿ではない。
ならば、
そう、ズボンのポケットに縫いとめておけば良いのである。
落としたくないものは、穴から万に一つでも滑り去ることなど赦さぬように、繋ぎとめて磔にしてしまえばよい
今すぐに、そのデニムを脱いで、下着の裏側に、針と糸とセロハンと瞬間接着剤なり何なり、
好きな素材で好きなように、貼り付けてしまえばよい。
財布も、もう蝦蟇口が開かぬよう、鉄を灼いて溶接してしまえばよい。
そうした場合、中のものを取り出せなくなることを懸念する心配性もあるだろう。
だが、案ずることはない。
失うのでは、ないのだから。
紛失と、埋蔵は
地球と月ほどに
近くにありながら、決定的に隔たりのあるものである。
どんなに
太陽よりも近くとも
惑星と衛星の間には、厚さ38万キロメートルの暖かい暗闇の壁が鎮座しているではないか。
「失くすこと」と、
「隠くすこと」は、
そのような関係であってほしいものだ。
さて探し物は、なんですか?
見つけやすいものなんです、それでも
どういうわけだか見つからない。
それは
落っことしたから?
それとも
どこに置いたか、忘れているだけだから?
さあ
ユメの中へ。
※※※
だがひとつだけ、ここに救いが、あるかもしれない。
うっかり、
とっておこうと思ったのに、
つい自動販売機に投入してしまった10円玉。
次の、次の日くらいに、
きっぷ売り場で釣り銭を受け取れば、
意外と、
そこにある、などということも、よくある話。
思わぬところで、
あえるときも、あるだろう。
紛失、
それは、随分恐ろしいが、
だが、
人生は
捨てる物も
落とす物も
失くす物も
そして
拾う物も
やたらと、多い。