徒然といろいろつづってきましたが、2月上旬にこのブログを閉鎖することに致しました
まことに勝手ながら、みなさま今までありがとうございました。
徒然といろいろつづってきましたが、2月上旬にこのブログを閉鎖することに致しました
まことに勝手ながら、みなさま今までありがとうございました。
洗練
混濁
さて。
流星の降る言葉の丘
今日はどれを手に掴むのか。
魂に着いたカビを
削ぎ 落として
むき出しに して しまおう。
------------追記----------------------
理屈はそのあとから
どうにかこうにか追いついてくる。
そう楽観したい夜もある。昼もある。
朝もある。
何を成し遂げたか、じゃない。
なにを考えて何のためにどう実行したかだ。
おまえはその程度さ、やめちまえよ。
その声と、誰もが闘ったのだろうか。
どこに繋がってんだか
どこに繋がれてんだか
どこに連れてかれるんだか
最初のうちははしゃいでいたり
地元との些細な違いをおおげさに取り上げたりして喜んで
でも騒ぎながら本当は、ああうちの近所と同じような田んぼだの店だの幅の広くてまっすぐな道だのがある
そんなのに気付いていたりして
結局日本中
地方って行ったら
どっかしら似たり寄ったりで
どこも同じ景色なんだろうけど
ちょっとずつ同じで
ちょっとずつ違う。
つながってる線路をたどって
乗り換えて切り替えて方向を縦横に向けて乗り間違えて引き返して切り返して
どこまで行けるのか
自分は。
路線図に書いてある通りに乗ったはずで全然違うところに行く。
路線図に乗ったとおりでも、落ち着かない。
目的地についても落ち着かない。
ここはまたどこかにつながっていく。
目的地だけど終着地じゃない。
ここは
自分がここで止まっただけで
ここからまたどこかにつながっている。
終着駅でも
バスで乗り換えて
どこか一町二町歩くなり山を越えるなりすると
また血管みたいにどこかがつながって
血にように何かが循環している。
時刻通りに、
あるいは遅延して
あるいは不整脈にダイヤを乱して
私はそのなかの1点にぽつりと止まっただけで
何かは流れ続けている。
慣れない駅で電車を待つ不安
空きすぎてる田舎の車両の貸切状態のボックス席
明るい地下の都心を這いずる車体が信じられない長さの地下鉄
よく慣れた私鉄の構内で疲れてる通勤通学者
つま先の冷たさ
知らない駅からの帰路
知ってる駅からの往路は
そういうエキサイティングたちをいつも一緒たに連れライトもぎらつき
ホームに、入る。
そこから前にすすんでしまえばいい
追いつけないくらい、もうどれだけの速度で追われても捕まりなんかしないところへ
そう、飛翔して、
上に、前に、空に、雲に
その向こうに、進んでのぼってしまえばいい。
もいちど地面に激突して人生終わるその日まで
あいつらは届きやしない。
雲と風と空の塵と輝きを食べて
翔び回るのさ
それを、天空への分不相応なわきまえ知らない憧憬と呼ぶかい?
それなら君はそこにいろ、
私は飛んで、落ちて死ぬ
君は
それでも、そこで這い回ってそこで死ぬか?
引力とかそういうのって、あるでしょ
ごくたまにだよ。そんなに頻繁なものじゃない。
何年間も縁がなかったとおもったら半年続くこともある。
でも、あるでしょ。
ないときなんてない。
引力の緩急の間でたまに一息入れてるだけにすぎないんだろう。
安息とか安泰とか安定とかそういうものって。
それでいいけどね。
それがいいの。
あっている時もある。
少ししかあってないときもある。
打率はそれぞれってわけだ。
前進と漸進の霜降り混在の日々、
だけど、まだ行ける。
まだ私は先に行ける。
もっと肉薄できる。
進める。
知ってるよ
わかってる。
しっている。
世の中に、2種類の人間がいるとしたら、
お決まりの型に安心してしまうタイプ、
お決まりの型を面白くないと感じるタイプ、
いやもうひとつ、
そのはざまを揺れるタイプ。