とても久しぶりに小説を読んだ。
YouTubeで出てきた、金髪で推し活について話す人が小説家だと知って、とても興味が湧いた。
私は本物のチャーチで御ミサに参加したこともあるし、古いお寺や神社も神聖な気持ちで訪れたいタイプのため、きちんとした歴史のある宗教に対しての偏見はないと思う。何かを信じることは、きっと人を強くするし、勇気を与えると思う。そして同じものを信じる人たちは、とても心強い。推し活だって、それは同じだろうと思う。その宗派の教えが何なのか、目的はお金ではないのか見極める必要はあるし、何を信じることが自分にとって良いことなのか、判断する必要はある。
小説はとても面白くて、すぐに読んでしまった。
推し活にハマっていく人たちの描写には「そうだろうねー」「そうなるよねー」と、とても納得だったし、推し活を仕掛ける人たちの描写も同じように納得だった。そして同時に、背筋が冷たくなった。何事もバランスだ。バランスが大事なんだと思う。バランスさえ保つことが出来れは、現実から少し目を背けて熱狂や逃避をさせてくれる存在は、とても尊いものでもあるんだと思う。私は助けられてきた。
とにかく小説が面白くて、ついでに朝井リョウのエッセイもラジオもだいぶ面白い。
ところで、最近はミセスグリーンアップルにハマっている。
正確には、大森さんというギターボーカルの人に。
色々見れば見る程、Kpopアイドルばかり見ていた私には馴染みのある売り出し方で、興味が深まったし、
色々調べる程、「バンドってやっぱりいいな」と思って、サカナクションも再び聴き始めた。
コロナ禍でブログを書き始めて、SHINeeについてずっと書いていたけれど、私がファンとは少し目線が違うような、キラキラを愛でる楽しみ方が出来ない人間であることは自覚していた。私はとにかく、キラキラした作品を生み出す「人間」の方に、どうしても興味が湧いてしまうようだ。(もしかしたら、みんなもそうなの?)
この作品はどういう意味があるのかな?
この人はどういう生き方をしてきたのかな?
この人は今、楽しいのかな?苦しいのかな?充実してるのかな?疲れているのかな?
美術館で作者の人生をなぞりながら作品を見るように、その人がその作品を生み出す背景や思いを妄想することが最高に楽しいエンタメなのだと思う、私にとって。そしてなかなか愛が深いのだと思う、我ながら。
私はこの紅白歌合戦を見ながら「この歌すごく良い曲だし、親しみやすさもエンタメとしても完璧だし、若そうなのに全然かっこつけてないし、何か肝が据わり過ぎててちょっと怖いし、この真ん中の人はこれだけエンタメに振り切れるということは、何かを諦めてここまで来たんじゃないかな」ということを考えていた。(我ながら疲れそうな思考だな、と思う)
こうして自分の中で考えたり妄想したりしたことを文章にすることは、とても面白い。
SHINeeのことを書いているようで、実は自分のことを書いているというこのブログを、読んでくれる人がいるということも、ありがたいことだと思う。(いつもひっそり読んでくれてありがとうございます
)
それで、あまりにも最近は国民的バンドについての妄想が広がりすぎているので、もう一つアカウントを作ってそちらで書くことにしました。どうやって書いたらいいものかと試行錯誤しましたが、結局書いていることはSHINeeの時とそんなに変わらないな、と思いながら大森さんについて書いています。もし、興味を持ってくれる方がいれば読んでみてください。


