
よく分からなくなって、ミセス全く興味のない友だちにMVを観てもらった。
彼女の感想は「イオンのCMみたい。でも、歌詞の世界観はもっと違う気がする。」だった。
イオンのCM!確かに!
キラキラしてて、主人公はどの時代もめちゃくちゃ可愛い。最後はキラキラのドレスで手を繋いで回る。
過去の自分を受け入れ、感動✨️
みたいな。
周りからどんな風に見えていても、本人に葛藤や嫉妬や苦しみがあることはあるし、それが内面的なものだからこそ苦しい、というのはあるのだと思う。
その苦しさや、内面の複雑さを、主人公の生活の苦しさで表したのだとするならば、やっぱりそこだけは、私は違和感を感じてしまう。
もし、MVがなくて曲だけだったら何の引っかかりもなかったけど、MVで深刻そうな現実の描写を目にしてしまったがゆえに、どんどん感動が何から受け取る何なのか、が、分からなくなった。
私の今のところの解釈に1番近いのが、この方の解釈のような気がする。
https://x.com/nenekononeko16/status/2115051405128175870?a=u8UQ51zdCVdd5yLQ7Rc&s=19
(続き)MVの最後、アクセサリーをあえてつけず、鏡の中の自分に微笑み、パンツコーデに身を包んで歩み出した女性の姿に、私は好感を持った。彼女の内面には確かに変化が起きたけれど、それは小さな視座の転換であって彼女を永遠に救う革命ではない。大袈裟な解決はなく、社会のグロテスクな構造もその…
— ナギ👻共犯 (@nenekononeko16) 2026年10月27日
視座の違い。
例えば、現実的に借金を抱えた人が見るのと、借金を抱えた人を想像して見るのとでは、受け取り方に違いが起こるのは当然なのではないか、と思う。
それは、作者の問題ではなくて、受け取り手の問題だ。これだけMVが話題になったら、やっぱりそういう目で見つめてしまうというか。だから、大森さんがどこまで考えてこの題材を選んだかは分からないけど、センシティブな描写だったことは、そうなんじゃないかと思った。
でも、社会的な問題への解釈を短いMVに求めたり、作者が絶対に意図していないはずの差別の問題と結びつけたり、ただこの機会に誹謗中傷するのは本当におかしなことだと思う。
だから逆に、シンデレラに関しては、普段ミセスに言及することのあまりない音楽家の方々が、作品の素晴らしさを語ったりしてて、ただ叩きたい人がいかに愚かなのか、ということが明確になっているような気もする。
bubbleメッセージがなかなか衝撃だったから、作者は傷ついているだろうな、と、私もどんよりした。
本当に、人間て愚かなものだわね、と思う。
個人的に、私はこのMVが素直に受け取れない側の人間だ。それがちょっと悲しくもある。
