「ゼンジン未到とイ/ミュータブル〜間奏編」のアーカイブを観た。

 

前の記事で、大森さんの目が「凪」に見えたことを書いたのだけど、本当に感慨深く感動していたんだな、と改めて思った。とても冷静にも見える静かな目で、来てくれている人たちを見ていて、あれは感謝の目だったんだな、と私は思った。

 

途中何度か大森さんは泣きそうな表情をしていて、ゼンジンというライブが始まった12年前を思うと、きっと込み上げるものがあるのだろうと思う。

 

NHKの18祭という番組に書き下ろされたという「ダーリン」。

私は2025年の年末にレコード大賞を受賞した時の放送で初めて聞いた。

ミセスグリーンアップルは、ほぼ知らなくて、でもみんな好きだから、どんな人たちなんだろうと思いながら見ていた。

 

私の私で居てもいいの?

あの子にはなれないし 

なる必要も無いから

 

なるほど、自分を好きになりたい人の歌なんだな、と思った。

青春っぽいな、と。

若い人に向けて作った曲なのかな、とあまり興味が湧かなかったのだけど、これは大森さんの曲なのか。

思春期に自信のなさや心細さを抱える人にも響くけど、社会で責任を負いながら歯を食いしばっている大人たちにも優しく響く。

 

そして何より、いつも不安で孤独で自分を疑っているであろう大森さんの、心からの言葉たちなんだろうな、と、涙ぐみながらダーリンを歌う大森さんを観て、私は初めて思った。

 

限りある世の中で、今ある幸せはずっと続くものではない。だからこそ、狂ったように今できる全てを捧げて作品を作り続けてしまう。

 

そして時間は果てしなく続いていく。

だからどんなに頑張って上って行っても、果てしない時間軸の中で自分は燻っているように思えてしまう。

 

Darling.darling

Darling,darling

 

愛しい人として呼びかけているのは、必死に闘っている自分自身なのではないかな、と思って聴いていた。

そう妄想しながら。


そして、何となく、大森さんが泣きたくなったのは、感謝が溢れてきたからなのではないかな、と思った。

ダーリンめちゃくちゃいい曲じゃん。