『永遠の0』が凄い、素晴らしい、と私はその後も周りの人々に吹聴して回った。
既読の方は私とほぼ共通の感想であった。
ところが、その中でひとり、こう言った男がいた。
「俺は、作者を前からテレビで観て嫌いだったので、話は良かったけど、作者が嫌いだから、作品も嫌い」
ふ~ん。
確かに私も、読後、作者のつぶやきとかユーチューブの画像とか見たら、私の勝手な想像とは全く違った人で、ある意味がっかりしたことには間違いない(ごめんなさい)。
でも、作者の人格、ここではあえて「人格」と言うが、とその作品自体は関係あるかな~?
私の最もダントツで好きなJ.Lという人は、死後、優れたマーケティングによって「愛と平和」の人に成り果てた。
しかし、彼は「愛と平和」を少なくとも、最初の家庭では実行できなかった人だ。
ったく、自分の家庭の「愛と平和」を実現できない奴が、世界のそれを祈るのか~?
ほんと、どうしようもないよ。
しかし、それでも私は彼の音楽は好きだ、サイコーだ。
その気持は全く変わらない。
『永遠の0』についても、作者のつぶやきを見るに、氏は、話も読んでいない様な輩の攻撃にいちいち返答されている。
時間の無駄だから無視すればいいのに、人のいいおじさんだということが十分に伺える。
しかし、この話をウヨクと言う人がいるのには驚いたな。
戦争が舞台の話だとウヨクになっちゃうわけ?
だっら『ディア・ハンター』もウヨクか?
そもそも、実名の相手に匿名で因縁をつけてくる輩なんて、最も「平和」とは程遠い連中だな。
以上、私の想像とは全く違った方だが、作品の素晴らしさに変わりはない。
いや待て。ここで視点を変えよう。
最初に人格ありきの場合はどうだ?
そう言えば、I.Iという作家が、『永遠の0』を「右翼エンタメ」と称したというのをネットで見た。
時折、ラジオ番組に出演されており、そのうち何か読んでみようかな~と思っていた方だ。
何故?ホントに読んだの?
さっぱりわからない。
長女にそれを伝えたら、
「へ~不思議~なんでそうなっちゃうのかね~?」
と言っていた。
彼女はI.I氏の作品を複数読んでいるそうだ。
「ほら、ドラマにもなって、父もちょっと観たでしょ?基本的に若くて可愛い子が死んじゃう話だから、悲しいに決まってるんだけどね」
なるほど、私はその手の話が駄目だ。
最初に人格ありき、だと関係あるか...
I.I氏の発言で、私は彼の作品を読むことはないだろう、と思ったから...
あ、でも、基本的に若くて可愛い子が死んじゃう話なら、人格とは関係なく、読みません。