小説「旅人の歌ー 陶工篇」その7 新天地 | 物語書いてる?

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手に持った花を見て、陶工は海女の泣き顔を思い出した。そこに、ブン蜂と海女の弟が出てきた。
「お前、海女と喧嘩したのか?」
「ア、豈。ちょっとな」陶工は眼を宙に泳がせた。
「お前、海女に優しくしてやれよ。命の恩人だろう?」ブン蜂は弟の頭を撫でながら言った。
「この兄弟がいなかったら、俺たち此処まで、生き延びれなかった」
「ヌナ、アジョシが好きなんだ」弟は習いたての韓語を使って言った。
「オ、お前うまくなったな。俺ももっと倭語を覚えないとな」ブン蜂が倭語で切り返す。
 陶工は浜辺の方に目を凝らして見た。
「お前、追いかけろよ」ブン蜂が陶工の肩を押した。陶工は頭を掻いた。
「待って。おいらも一緒に行く」海女の弟は陶工の後を追いかけた。
 家を離れたところで、陶工はふいに松明の匂いを嗅いだ。弟に合図して、道を外れて草叢に屈みこむ。曲り辻の向こうから、松明の群れが押し寄せてきた。陶工の頭に南原に現れた倭軍の情景が浮かんだ。弟に、家に知らせる様に眼で合図して、陶工は急に立った。咄嗟に大声をあげて、群れの注意をひきつけた。
「おい、あそこだ。逃げたぞ」群れは一斉に草叢に入り込んだ。
「待て待て。松明を一旦消せ。草に火が移る」その時、強風が群れを襲った。火は瞬く間に付近の草に燃え広がった。
「ま、まずい。逃げるぞ」村人達は松明を手放して、その場を走り去っていった。火は付近の草叢を舐め、煙が立ち上った。
「火事だ。ブル。火事だよ」弟は家に走りこんで叫んだ。ブン蜂は医生、職人を呼びに戻る。家を出た時には、既に屋根に火がついていた。
「オイ、まずい。火が周りの草叢に回っている」職人が叫んだ。
「逃げるんだ。早く。陶工と海女は?」医生が顔を布で覆いながら怒鳴った。
「さっき外に出た。早くここを抜けでよう」ブン蜂も走りながら叫ぶ。
 辺り一面火の海だった。四人は口を布で覆いながら、必死で目の前の火から逃げた。
「浜だ。浜へ出るんだ」医生がむせながら言った。その視界の隅に、何か動くものが見えた。焔に包まれた家の中で、何かが動いていた。まさか?陶工が戻ったのか?思う間に屋根が燃え崩れた。
 浜に出たところで、海女の弟が言った。
「山に、山に隠れないと」ブン蜂たちの手を引っ張る。
「どうして?」医生が弟の顔を見た。弟は下を向いて、ボソッと言った。
「村人が、火をつけたんだ」
「なんだって?」職人が語気を荒げた。
「だから、村人に見つかっちゃまずい。山に、山奥に隠れないと」
「でも、陶工と海女はどうする?」ブン蜂が医生に言った。
「おいらが、探すよ。おいらなら、村人も気にしない。子供だからね」海女の弟はそう言って、明るく笑って見せた。
「なんで逃げなきゃならない?俺たちが何をした?」職人は子供の言葉を無視して吠えた。
「今は、この子の言うとおりにしよう」医生が首を振りながら言った。

 

「もう、諦めろ。陶工は死んだ。見ろ、この死体を」男はそう言って、海女の体を引きずり上げた。海女は男の顔を見て、後退った。男は海女に刺されたあの倭兵だった。
「やっとわかったようだな。お前は俺に借りがあるはずだ」そう言って、倭兵は薄く笑った。
「だがそれは、忘れてやろう。お前は俺好みの顔立ちをしているからな。どうだ、許してやる代わりに、俺の女房にならんか?」
 海女は野生動物の様に身構えた。使えない声帯を震わせて、低い唸り声を出した。倭兵は思わず一歩引いた。
「おっと、わかった。そう身構えんでもよい。お前の力は知っている。俺はこう見えて、女には甘い。特にお前のような山猫にはな。ひとつゆっくり、飼いならす事としようじゃないか」