小説「旅人の歌ー 陶工篇」その2 - 禍客 | 物語書いてる?

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禍客 

遠くに黒い船影が見えた。水面が無数の魚の鱗のように眩しい。息を切らして高台まで駆け上ってきた子供が、額に手を翳して、その船団を不思議そうに見下ろした。日差しが暑い。汗が顎を伝って滴り落ちる。目を細めてじっと見る。船影が次第に目の前の海を埋めていった。首の後ろにチリチリと、掻きたくなるような痛がゆさを感じた。
(あれは・・・戦さ船だな。)
 自分の独り言が、どこか遠くから響いて来たかのように感じた。すると船の中の人影がふいに見えた。
(角がある・・・人?)
 子供は高台を転げるようにして駆け降りた。遠目に今見たものは何だったのか

「村長、そんちょお。だからさ」
「この忙しい時に何を寝坊けたことを言ってるんだ」
 食膳の手配をしていた村長の横に貼り付くようにして、子供は今見てきた情景を話しだした。村長は子供を横目で見ては、その話が頭に入りきらない内に配膳の女性に声をかける。
「ああそこじゃなくて、それはこっちだ。そうそう・・・」
 子供はふいに口を止めた。これは本気になって聞いてもらえない。このおめでたい日にヌナに話をするのは気が引けるが、今一番話を聞いてもらえそうなのは、たった一人の肉親しかいない。
「ヌナ。どこ行ったのさ。ヌナ」
 バタバタと騒々しく出ていった子供の後を振り返りながら、村長はふと指示の手を止めた。
(角がある人とか言っていたな。はて、何を見たのやら。)
 子供は、なかなかヌナに話す暇が見つからなかった。しょっちゅう人が来ては、話が始まる。こういう時はもうちょっと気をきかして、姉弟二人きりにしてくれれば良いものをと、話しかける人を恨めしそうに見上げる。しまいには甕の水でもかけてやろうかと、ふと寂しくなって、家を駆け出して行った。
 花嫁は弟の後ろ姿を目で追いながら、声をかけ損なった事が気になった。
「やあ、今日はよい天気になった。ホントホント、よかったよかった」
「ええ」(あの子何を言いに来たのかしら?)
 花嫁はそれきり弟の姿を見なかった。
 草の靡く高台に登った子供は、こわごわと入江に目を向けた。既に見知らぬ軍勢の上陸が始まっていた。軍勢・・・これは明らかに異国の軍だった。見慣れない旗がへんぽんと翻り、三角の笠を着けた兵隊たちが、とても長い一本槍を竹林のように立てている。馬に乗った指揮官らしき人影は、鹿や牛のように角で頭部を覆っている。
(獣の軍団・・・。)
 子供は夢中になって観察するあまり、後方の物音に気がつかなかった。
 振り返った時には、子供の首と胴が離れていた。
 意識の残骸の中で、髑髏のような黒い顔が見えた。
(黒鬼・・・。)
 異形の軍団が村を襲ったのは、ちょうど新郎新婦が互いに礼を交わした時だった。人々は祝いの笑顔を顔に張り付かせたまま、見慣れぬ甲冑と黒い仮面の群れを茫然と見ていた。陽光にきらめく異様に長い槍の穂先、獣の角のような兜。そして兵たちは横一列に膝をつき、一斉に鳥銃を構えた。
 陽炎が揺れた。次の瞬間、爆竹のような音が鳴り響き、前方にいた村人たちの体が血煙を上げて倒れていった。新郎はとっさに新婦の上に覆いかぶさった。鈍い衝撃が伝わり、新郎の体が、急に重くなった。新婦の顔に汗とは違う液体が流れた。首をめぐらすと、新郎の口から大量の血がごぼごぼと噴出していた。
「ヨボ、ヨボ」新婦はあわてて起き上った。
 新郎は、荷物のように崩れ落ちた。
 そこへ、周囲から鬼のような黒い面を着けた兵たちが近づいてきた。
 花嫁には、口々に叫ぶその異様な言葉の意味が、はっきり分かっていた。