その29:胸腔ドレナージを考える | 国家試験後の臨床 書籍化しました! (旧)研修医が学んでおくべき100のこと

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全ての医療者にとって、医学を理解する手助けになれば幸いです。

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▼先に結論

・挿入するドレーンにはトロッカーとアスピレーションがある

・チェストドレーンバッグの水封室では呼吸性変動とエアリークの有無を評価する

・吸引圧制御ボトルに入れる水の量で陰圧の強さを調整

・再膨張性肺水腫の予防のために、急激な排液/排気は避ける

 

 

体内ドレーンを留置することはしばしばあるかと思います。なかでも胸腔ドレーンは目にする機会も多いと思うのですが、パッと見た感じが難解なので、理解していないとさっぱりわかりません。

 

他部位に挿入するドレナージは体液を排出するのが目的ですが、胸腔ドレーンは空気を抜くこともあるというのが最大の違いでしょうか。というわけで、始めてみます。

 

 

1. トロッカーとアスピレーション

胸腔ドレナージの目的は大きく分けて2つあり、排液と排気(もしくはその両方)になります。挿入するデバイスはトロッカーですが、比較的細くて弁がついているアスピレーションというものもあります。見たことがなければ想像するのは難しいですが、ともにチューブみたいなものだと思ってください。アスピレーションは俗称であり、正確にはトロッカー・アスピレーション・キットと言いますが、以下は便宜的にトロッカー、アスピレーションとして区別します。

 

トロッカーはアスピレーションと比較して太いのが長所であり、粘稠度の高い膿胸とか、外傷に伴う血胸などにはこちらでなければなりません。側管がついていないものがシングルルーメン、ついているものをダブルルーメンといいます。側管があると薬物を胸腔内に投与することができるため、非常に有用です。個人的にはほぼ全例でダブルルーメンのトロッカーを挿入しています。投薬する薬物は膿胸で形成された隔壁を破壊するためのウロキナーゼや、胸膜癒着に用いるOK432(ピシバニール)などです。余談ですがOK432は製造過程でペニシリンを含むので、ペニシリンアレルギーの方には禁忌です。

 

アスピレーションは細いので侵襲は低く、手技も容易という意見があります(個人的には十分開いてから挿入するトロッカーの方が安心感があります)。しかし粘稠度の高い廃液では不十分であり、気胸でも循環が不安定ならばトロッカーでの排気が必要になります。二股の弁がついており、シリンジ操作により積極的な排液、もしくは排気を行うことができます。しかし後述する再膨張性肺水腫の懸念から、急いで胸腔内から排出をしなければならない状況は限られます。

 

侵襲が低いのはアスピレーションですが、やはりある程度の太さが必要になるケースは多いので、迷ったらトロッカーを挿入する方が無難でしょう。

 

 

胸腔ドレナージには排液と排気の2つの目的があると書きました。この2つを完全に分けて考える事がまず必要じゃないかと思うのです。排液は胸水や膿を抜くために、脱気はもちろん気胸に対して行います。まず最初の分岐として、そもそもドレーンを挿入する部位が違います。

 

人間は概ね仰臥位か立位、座位で生活します。胸腔内においても液体は下方、気体は情報にたまります。ドレナージしたい内容物が貯まる部位にドレーンの先端を持ってくるようにしましょう。

※しかしここに先端を置くのが難しい

 

脱気の場合は前~中腋窩線の第5・6肋間から挿入、排液の場合は中~後腋窩線の第7・8肋間から挿入というのが基本です。しかしCOPD患者の気胸なら肺が胸壁に癒着していたり、細菌性膿胸であれば隔壁構造により限局していたりしますから症例によって挿入部位は異なると考えてください。

 

 

2. チェスト・ドレーン・バッグ ①水封室
このブログでは手技に関する話はしませんから、挿入方法は割愛します。胸腔内にトロッカーとかアスピレーションを挿入すると、こんな機械に繋ぎます。

※アバウトに書けばこんな感じ


チェスト・ドレーン・バッグといいます。理解してしまえば簡単なのですが、最初の段階ではとっつきにくいので解説していきます。

 

図の一番右が排液バッグです。血性の体液を模して、赤褐色の液体を書いておきました。底には青いゴムがあり、穿刺することで検体が採取できます。その左にある青い水が入っているのが水封室、一番左の黄色いものが吸引圧制御ボトルです。ボトルに色素が仕込まれていて、蒸留水を入れると青とか黄色の水に変わります。

 

まず水封室の話をしましょう。この役目は二つです。

①弁の代わりをする ②肺瘻の評価をする

 

まず弁の代わりをするというのが重要です。生理的に胸腔内が陰圧である、というのは有名な話ですが、そもそも陰圧とは何でしょうか。名前の通りマイナスの圧がかかっている状況ですが、何に対しマイナスか、というのが重要です。もちろん大気圧です。人工呼吸器の時にも触れましたが、空気の流れはその格差によって生じます。

その25:人工呼吸器を考える ①簡単な生理学を

 

胸腔ドレーンが挿入されている状況はつまり、胸腔に穴が空いているということです。大気圧の方が高いということは、ほっとけば空気がどんどん胸腔に流れます。気胸の治療を目的としたはずなのに、結果として気胸は悪化します。従って空気は出るけど入っていかない、そんな弁が必要になるのですが、その役割を担うのが水封室です。ピンときにくいと思いますが、模式的に書くと以下の感じになります。

※水封室の原理

 

胸腔内圧は胸郭の動きによって圧が変わります。胸郭が広がると、その分空気が薄まるので陰圧は強くなります。その時が-10cmH2Oくらいとされます。逆に胸腔を縮めると、圧は上がりますが、その状況でも-2cmH20程度、まだ陰圧です。呼吸によって圧が変動するするため、水封室の水位は伴って変動しますが、それを呼吸性変動といいます。これは重要なサインであり、呼吸性変動がなければ胸腔内圧の変動がチェスト・ドレーン・バッグに反映されていないことになります。呼吸性変動が消失しているなら、ほぼチューブの閉塞があると予想されます

 

気胸の場合、肺から漏れた空気がどんどん溜まって胸腔内がパンパンになります。この場合、胸腔内は陽圧です。トロッカーを挿入すべく胸腔に穴を開けると、プシュッと空気が外に漏れる音がします。気体が胸腔から大気に出ていくということは、胸腔内圧が大気圧より大きいということに他なりません。

 

穴が空いているうちは、胸腔内圧は上がる一方ですから、ドレーンから空気は外に出続けます。しかし穴が塞がれば、胸腔内は本来の陰圧に戻っていきます。そんな時に弁がなければ胸腔内に空気が流入し、治るものも治りません。前述したようにアスピレーションには弁があるので、水封も不要です(ただし弁は取り外しができるので注意が必要です)。

 

 

②の話に移りましょう。青い水を弁の代わりにする利点としては、空気がボコボコ出ていくのが目に見えるので、穴が空いたか塞がったかの評価がしやすいことになります。この空気のボコボコを、エアリークと言います。

 

図に書いたように、胸腔内圧に関しては呼気でも陰圧なので、青い水の水位は肺側が少し上がっているはずです。にも関わらずエアリークがあるというのは、胸腔内圧が上がっている、つまり肺に穴が空いていることを意味します。先ほど肺瘻という聞き馴染みのない言葉を書きましたが、気胸は胸腔内に気体がある状態に過ぎないので(膿胸や血胸という言葉と比較するとわかりやすいかもしれません)、肺に穴が空いているということを示すために肺瘻という言葉を用いました。

 

水封の原理はこんな感じになります。胸腔ドレーンの代わりにハイムリッヒ弁というものがあり、これを装着することで場合によっては外出も可能です。

 


2. チェスト・ドレーン・バッグ ②吸引圧制御ボトル

さて、軽い排気や排液では水封のみで様子を見ます。漏れているものは穴を開ければ出て行きますから、これだけで改善することも多いです。

 

しばらく様子を見て改善が乏しければ、胸腔に対してさらに陰圧をかけます。陰圧をかければ排気は進みますが、再膨張性肺水腫に注意する必要があります。これはしぼんでいた肺を急に膨らませることで、肺に損傷が起こるものです。しぼんでいた期間が長いほど、その負担が大きいとされます。したがって長期間貯留していた胸水を一気に抜く場合は注意が必要で、1日の排液量を1000ml程度に止めます

 

気胸に関しては、普通穴が空いてすぐに受診しますから、急激に脱気しても問題になることはありません。稀に一週間くらい経ってから受診する人がいますが、その場合は虚脱している期間が長く注意が必要です。ドレナージによって空気は急激に抜けていくので肺の膨らみを人為的に調整するのは難しいですが、間違っても陰圧をかけてはいけません

 

 

では具体的に陰圧をかけてみましょう。実は、チェストドレーンバッグに装着し、設定した陰圧をかけてくれる機械も存在します。というか、そっちが主流かもしれません。しかしそんな機械がない場合に備えて、吸引圧制御ボトルの解説はしておきます。

 

そもそも持続で吸引している状況を考えてみましょう。下に模式図を載せておきますが、吸引圧制御ボトルは3つの管があるものと考えてください。

※難しいので頑張ってください

 

①から一定の力で吸引をかけているような状況です。突然ですが、②をクランプした状況を思い浮かべてください。回路内は陰圧になるので徐々に③内の水位が下がり、ある程度の段階で管からポコポコと空気が入ってくるのが想像できるかと思います。さらに①からの陰圧を強めれば、③から入ってくる空気は増えますが、気体の出入りがあるので内部の圧力は変わらないことがわかるかと思います。回路内の圧は、大気圧から黄色い水の水位を下げるのに必要な圧を引いた圧になります。

 

同一空間の圧が等しくなる、ということも人工呼吸器の項で触れました。従って②を解放すれば、胸腔内もその圧に等しくなります。ただし注意が必要なのは、③から気泡が出ている状況を維持しなければならない点です。そうでなければ設定した圧が十分かかりません。

 

ということで話は前後しますが、設定したい圧の量だけ水を注ぎ、水位を調整します。水を注いだ後の圧設定ですが、無駄に圧を増やすと機械音もうるさくなりますし。水の蒸発も早まります。気泡が出る分だけ最低限にかけましょう。

 

 

今日の記事には多くの図を載せましたので、作成するのは大変でしたが、皆さんのお役に立てれば嬉しく思います。慣れるまでは難しいと思うのですが、最低限水封室の「呼吸性変動・エアリークの有無」と、吸引圧制御ボトルはちゃんと気泡を出しているか、という点だけでも確認できるようにしてください。