相変わらず早寝早起きの私は、ドミトリーのパッセンジャーたちと真逆の生活パターンを押しています。連中といえば、「遅寝遅起き」という若者にありがちなライフスタイルなのでオジサンである私には、とてもついていけないのです。そのかわり、私には、やはり「三文の得」と言うほどでもありませんけど、それなりのメリットはあるのかな、などと思わなければとてもやっていけません。朝起きて、近所のコーヒーショップの親父さんとたわいもない話しをしながらモーニングアラブコーヒーを啜るのが癖になりそうです。
そういえば、今日からこちらで大統領選挙が始まります。大統領と言えば、みんなクリスチャンですけど、これまで、たいていろくでもない奴なのかと思っていました。しかし、私の通っているテント村のアウン支持者の人たちは、彼の言う「隣国シリア」との対等な友好関係を構築してこそレバノンの自立は成り立つというのです。アウン氏は、昨日の夕方、テレビでの記者会見でも「真にターイフ合意を守らなくてはならない」と述べています。今の政府では、シリアのムハバラートや政府に替わって、CIAや米国政府のコントロールを受けているだけです。そして、一部の政治党派が利権を欲しいままにしています。というようなことを述べて記者たちから様々な質問攻めにあっていました。例えばこんなことです。「シリアはテロリスト支援国家では?」とか、「ハズボッラーなどの武装集団を放置するのですか?」とか、まるで「オウベイかよ!」と突っ込みを入れたくなるほどに米国を中心とする偏向情報を鵜呑みにしたレバノン人記者たちを観て思わず私も「クッソクト(くそったれ)」と言葉を吐き捨てました。私たちは、そんなテレビのニュース放送をホテルのロビーで観ているわけです。そして私が、上記のような内容をホテル従業員にディスカッションを試みようと途中まで自分の意見を述べたら、彼は、それをいさめるように「でも、私たちには平和が必要です。敵をつくらないことです」と言われました。ふと、彼の後ろを見るとイギリス人青年が苦い顔をしています。さらに直後、アメリカ人たちの集団5人がロビーに入ってきてその青年と握手をしているではありませんか。ある意味、このホテルは「国際中立地帯」というわけです。つい3日前までは、シリア人学生やアイルランド人、イラン人青年たち、そしてオランダ人学生が泊まっていました。彼らとちょうど入れ替わるように米英両国人たちが到着したのですから、人間関係にまで気を配るホテル従業員も大変です。
そんな調子で生活していると私も息が詰まるので、たまには息抜きをしなければと思い、夜中のハムラ市内へ友人と出かけたのでした。その友人というのは、同室のモロッコ系フランス人青年です。彼は顔つきがアラブ系なのと、アラビア語を少し話せるのですが、それよりもこの国ではフランス語を話せるほうが重要です。ダウンタウンからハムラ通りまでタクシーで行くと今の相場は6000リラです。以前の私の記憶だと5000リラだと思って「ふっかけているだろう」と言ったのですがこれがイラク戦争後の相場だそうです。やはり、こちらでもすべての経済が石油の値段に左右されてしまうのですね。私たちは、もちろん飲みに来たのです。そんなに値の張るようなBARには入れません。そう思って、最初何気なくAUB近くのこじんまりした女子大生でも友人同士で気楽に入れる居酒屋風BARに入りました。しかし、メニューの値段を見てみるとアルマザ・ビール(国産)が1本4000リラもするではないですか。普通に酒屋で買うと1本1000リラで買うことができるのです。もう、仕方ないのでビール1本だけ飲んでから店を出ました。結局、私たちはハムラ通りの端まで行って、クウェートStにある通称「コミュニストBAR」と呼ばれる店を目指したのでした。ところが最初、その店の場所がわからず途中、通行人に尋ねたりしてようやくたどり着いたのです。しかし、その日は店が閉まっていて無駄足でした。がっかりした私たちはもと来た道を歩いてメインストリートまで戻ってくると、先ほど道を尋ねたうちのひとり、初老のアルメニア人紳士が自分の行きつけの店を紹介してくれたのです。
そんなわけで、深夜まで酒を飲んでホテルに帰ってきた私たちは、当然ドミトリーの部屋に戻れるわけにも行かず、屋上にマットを敷いて腰掛け、眼下のカタイエブ党本部を眺めながら雑談をしていたのです。そのうちに彼が、「自分がシリア滞在中、ムハバラートに身柄拘束されたことがある」と言ってきました。私がその理由を尋ねると、「イラクに潜入しようとするアル・カイダのメンバーではないかと疑われた」と言うのです。たしかに彼の顔はアラブ系です。アラビア語も少し話せます。だからと言って、そのままテロリスト扱いしてしまうシリア治安機関の対応は不自然です。おそらく、彼を「アメリカ側の情報工作員」であろうと誤認したのでしょう。この時期ならありえます。
また、そんな話しをしているうちに、ふと、ホテル前の大通りを眺めてみると、いつのまにかジェネラル・セキュリティーが検問を作っていたのです。ジュニエ方面からダウンタウン側にやって来る車両全てを停止させてトランク内や運転手のチェックを行っています。これは、やはり大統領選挙が始まって再びクリスチャン地区で爆弾事件などが起る危険性を回避するための対応策なのでしょう。それにしても、レバノンではこのように有無を言わせぬ臨時検問がいつどこで作られるかわからないという怖さがあります。