したりげな口上にイラつく本当の思いとは | 春はあけぼの 女は美学

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50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。伏見美帆子です。



アラカンオンナが、
感じるままに綴るブログです。

 

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後出しジャンケンが嫌いだ。


好きな人はいないと思うが。


ここでワタシが言っているのは

本当のじゃんけんの後出しというよりも、


後から

「ほーら、ワタシはそう思っていたのよ」

「ワタシは知っていたのよ」

「そうなると思っていた」


という、

したりげな口上がイヤなのだ。



このところ、

SNSを見ていて、

イラッとすることが何度もあった。

 

怒り、

というか、なんだろう、

不快な感情。

 

 

 今、大変な状況にある能登半島の地震の被害。

その地震について、

スピ系の方々がおっしゃっているこのセリフ。



 

「地震が起こることを随分前から予測していました」

「そろそろあの辺りに起こることだと思っていました」

「悲しいことに、ワタシが察知していたことが起こってしまいました」


云々…



へー。

そうなんですね、

ご存知だったんですね。

だったら大々的に呟けばいいのに。

アンチが来たって

それでも

前から言い続けていればいいのに。


いやいやそもそも、


被害に遭って辛い状況下にいる方々が

たくさんいらっしゃるのに、


なぜにそんなことを言うのかっ?


黙ってろや!



そこまでして

マウント取りたいのか?


 

いやしかし、

自分の中で

こんなにも嫌悪感があるのはなぜだろうと

じっくりと自分の感情を掘り下げてみるに…


気付いたのは


ほんの数日前にも友人に気付かされたこと…



母から言われ続けてきた言葉だった…




思っていた通りだわ…

こうなるんじゃないかと

ずっと心配だったのよ…

ワタシの言うことさえ聞いていればよかったのに…



このところ、

こんな母の言葉がグルグルして

自分が暗い沼の淵から

いまだに抜け出れないような気になる。



母の言葉に取り憑かれているのはワタシで

でも母はとっくにいない。


抜け出れないで

勝手にもがいているのはワタシで

でも母はもういない。


それなのになぁ…。




まだまだ言い訳しつつ

しがらみから抜け出ないワタシは、


そこにいるのがきっと

心地よいのだわ。


だって、

自分の感情を

全て母のせいにできるから。




前回の友人の言葉にしろ、

今回のSNS上での投稿やつぶやきにしろ、


周りの人たちのことばで

自分を知っていくのだなぁ

 

どんなに自分がイラついても

そこから自分に気づいていく。

 

 

そう考えると

世の中は

自分の内面を教えてくれる

優しいありがたい存在なのかもしれない。

 

母も含めて。