【連載】『令和5年度卒業記念特集』第56回 伊藤大祐/ラグビー | 早スポオフィシャルブログ

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天才のさらなる飛躍へ

 

 第99回全国高等学校ラグビーフットボール大会、​​伊藤大祐(スポ=神奈川・桐蔭学園)は高校ラグビーの名門・桐蔭学園を率いると、チーム初となる単独優勝へと導いた。その年の桐蔭学園は、高校ラグビーの主要な全国大会で3冠を達成。最強世代のチームを才能あふれるプレーで引っ張る1人の天才に、多くのラグビーファンが魅了された。

 あの栄冠から約3年後、伊藤は再び名門を率いることになる。赤黒のジャージーを身にまとい、大学ラグビーの世界で日本一を目指して戦った。早大の主将として、「優勝したいという気持ちを出し続け」奮闘した1年間。しかし待っていたのは準々決勝敗退という結末だった。そして伊藤のラグビー人生は次の舞台、プロの道へ。

 

 

 高校ラグビーのスターは大学でもその才能を遺憾なく発揮する。多くの期待を背に進んだ早大ラグビー部では、1年時から赤黒のジャージーに身を包み最前線で戦った。精度の高いハンドリングスキルや、敵ディフェンスを貫く鋭いランスキルを持ち合わせた大学屈指のバックス。チャンスメイクの能力に長け、一度ボールを持てばチームに勢いをもたらす存在。SOやFBなどのポジションを高いレベルでこなすユーティリティプレイヤーとして、4年間早大の攻撃を牽引してきた。チームの中心選手として、そして第106代主将として、早大ラグビー部での経験は伊藤の目にどう映っているのだろうか。

 

関東大学対抗戦(対抗戦)・慶大戦にて、国立の舞台で躍動する伊藤

 

 「勝ちきれなかったことに自分の弱さをしみじみ感じた」。悔しさを滲ませながら、伊藤は早大での4年間をそう振り返る。中心選手として試合に出続けながらも、早大を日本一の座につかせることは難しい。チーム伊藤もなかなか思うような結果を残すことができなかった。

 ラストシーズン、伊藤は対抗戦では初戦からCTBで出場し、開幕から4連勝と順調にシーズンを進めた。5戦目に迎えたのは強敵、帝京大。夏合宿での対戦ではわずか1トライに抑えられ完敗を喫していた。早大は大一番に向けてコンタクトの部分を徹底的に見直し、さらに直前のポジション変更を行なった。伊藤はFBに移動。「FB はチームの勝敗を左右する」、伊藤本人も重要視しているポジションであり、より自由度が高く持ち味の起点となるプレーを存分に発揮できる。迎えた本番、早大は伊藤のキックを絡めたプレーからトライを奪うなど7点差で試合を折り返すと、その後も昨年の王者に一歩も引くことなく一時3点差まで追い上げる。その後引き離され敗戦となるも、大きな手応えを掴む試合になった。しかし、7戦目となる早明戦では、明大伝統の前に出るプレーで試合の序盤から攻め込まれ、前半で大量リードを奪われる展開に。後半怒涛の追い上げを見せるも、「前半で勝負が決まっていた」と最終戦を落とし、対抗戦を3位で通過することになった。

 

対抗戦・帝京大戦にて、味方のトライをキックで演出した伊藤

 

 リベンジを誓い、『荒ぶる』へ向けて臨んだ全国大学選手権。初戦の法大戦では54得点で快勝を収め順調に走り出す。しかし続く準々決勝、京産大との対戦。関西王者の強力な攻撃を止めることができず、終始流れに乗れなかった早大は年越しを果たせずシーズンを終えた。「自分たちがやってはいけないことをやってしまった」。「早大の弱いところを突かれ続けた」。「スピリッツが僕たちには足りなかった」。まさかのベスト8敗退、最後の試合を振り返りその結果を悔いる言葉は絶えなかった。それでも伊藤は「この4年間があってよかったと思える人生にしたい」と前を向く。

 

対抗戦・慶大戦にて、グラウンドの仲間を見守る伊藤

 

 「厳しい現在の大学ラグビーの世界で、言い訳をせずに全員で日本一を目指している」。それが早大ラグビー部の強みであると伊藤は語った。帝京大や明大などの強豪校は有力選手を推薦制度などで多く獲得している。早大はそのような他の強豪校と比較して推薦枠が少ない。その分一般受験や内部進学で入部する選手がAチームで活躍する姿が多くみられる。それでも名門の名を落とすことなく毎年結果を残し続けている。その伝統に憧れ、浪人期間を経ても早大でラグビーがしたいと目指す選手も多い。

 その環境でラグビーに打ち込んだことが、伊藤にとって早大で得られた大きな経験になっている。父と2人の兄弟がラグビー経験者であり、小さい頃からテレビで流れているものはラグビーというほどのラグビー一家。高校時代も周りにはラグビーエリートばかり。同期の仲間も多くが強豪校へ推薦入学を果たしている。その中で伊藤が選んだ早大という環境は今まで経験のない世界だった。「自分が持っていないものを持っている人がたくさんいる」。様々な境遇の中集まった仲間と、『荒ぶる』という1つの目標に向けて走り続けた4年間は、伊藤のラグビーへの向き合い方を変えたに違いない。「芯としていいところは変えず、自分のダメなところを変えていきたいと思えるようになった」。その言葉からは苦楽を共にした仲間への思いも感じさせる。ラグビー選手として突き進む伊藤の歩みは止まらない。

 

追い出し試合で笑顔の独走トライを挙げた伊藤

 

 早大を去る伊藤の次の舞台はリーグワンだ。所属するのはコベルコ神戸スティーラーズ。各国の代表経験者も多く所属する強豪チームだ。1月中旬にチームに合流した伊藤は、早くも練習に参加しレベルの高さを目の当たりにしている。世界的選手がどのようにしてトップレベルのプレーを出しているのか、間近で感じることができる世界に「すごく楽しい」と目を輝かせた。「全てのレベルを上げなくてはいけない。これだけやっていればいいという世界ではない」とプロチームの厳しさも語る。それでも「プロの世界で大成し、長く安定して試合に出続けることができるように」と話す伊藤の言葉からは強い覚悟を感じることができた。

 この先伊藤がより一層の飛躍を遂げるきっかけとして、「他の大学では絶対に経験できなかった」早大での4年間はまさに財産と言えるほどの時間になるだろう。早大での経験を糧にその才能に磨きをかけ、「自分の世界を持ったラグビー選手」として躍動する姿を期待せずにはいられない。

 

(記事 西川龍佑、写真 川上璃々、清水浬央、西川龍佑)