2016年1月31日のリブログ。

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風邪薬が効いたのか、体調が良くなったので、前回のブログの続きを書いています。
先日、『現代語古語類語辞典』(三省堂2015)の著者 芹生公男(せりふ・きみお)先生から私に、アメブロのメッセージ機能を介して、極めて長文のお手紙をいただきました。
芹生先生がお手紙をくださったきっかけとなったのが、昨年、私が書いた2回のブログでした。
その2つのブログの表題と概要を以下にまとめておきます。

興味深い辞書を見つけた。」 2015.09.12
新聞の書籍広告で『現代語古語類語辞典』を見つけたことを書いた。
三省堂のホームページにある内館牧子氏の本辞書に対する推薦文を紹介した。
私は次のように書いた。
--ここから
三省堂のホームページやアマゾンを読むと、この辞書は違う書名で出ていた辞書の改訂版のようです。今回の最新版の編著者は芹生公男氏おひとりになっていますが、以下の2冊の旧版には芹生公男氏とともに金田一春彦氏のお名前もあります。
私は、ご本人がお亡くなりになっても、編著者として辞書に名前を残して顕彰すべきだと思うのですが、現役の三省堂辞書編纂者の皆さんは、どうも先輩諸賢に対して冷たいような気がしてなりません。
--ここまで

我慢できずに買ってしまった!」 2015.09.16
私が『現代語古語類語辞典』を買ったことを告げ、次のように書いた。
--ここから
2つほど苦言を述べておきます。
① 価格が普通の小型辞書の倍近くします。小遣いの工面が大変でした。高額ですから迷ったのです。
② 帯に「初めての総合類語辞典」と大書されていますが、この辞書には書名がそれぞれ異なる旧版が2つもあります。「初めての」というのはどうかな?と思いました。
この辞書に限らず、『三省堂現代新国語辞典 五版』など、どうも帯広告というものは少々大袈裟になるようです。どれだけ売れるかがかかっているのですから、多少、誇大広告じゃないのかな?と思われるくらいでちょうどよいのでしょうか。
(略)
私は、日本語の変遷を学ぶための本として通読しようかと考えています。
--ここまで

芹生先生は、上記の私のブログを読んで長文のメッセージをくださったのです。
この辞書の著者としての、読者(私・素人学者)への熱いメッセージでした。
芹生先生の文章は丁寧語をお使いになり、一流の学者らしく理路整然と論を展開していらっしゃいました。
以下、長文のメッセージから要点のみを箇条書きで抜き出して紹介します。(文責 素人学者)

--ここから

①金田一先生のお名前について
・私(芹生先生)が著した辞書はすべて一人で編んだもので、監修者も協力者もいませんでした。
・金田一先生は、出版社の依頼によって私の自費出版本(1994年刊)を見て原稿用紙3枚半の感想をお書きになり、それが商業出版本の序文になりました。
・編著者名の横に序文を書いた人の名を並記するのは異例だし誤解を生みそうですが、この序文を是非読んでもらいたいという出版社の意図があったと思われます。
②価格について
・この辞典はいくら高くても買う人は買うし、いくら安くても買わない人は買わない、そういう辞典だと思います。
・ハードカバーの本にして1万数千円ぐらいの値段にしてはどうかという案を出したこともありましたが、今回は前の『古語類語辞典』と違って、普通の「類語辞典」としてより多くの人に利用してもらいたいという願いからこの値段になりました。本の大きさや売れ行きの予想などからこれがぎりぎりの価格らしいです。
・2000ページを越えていますが、最高級の用紙を使っているのでそれほどの厚みもなく、小型で扱いやすい本になっています。そのためもっと安くてもいいのではないかという印象を与えたのでしょう。
・活字も小さい字でぎっしり印刷してあるのに、読みやすい文字になっていて、出版社の技術に感心し、ここまでしてくれた出版社の努力に感謝しています。
③「初めての」について
・ 「まえがき」や書名、あるいは三省堂のサイトなどを改めて見直すと、誤解されても仕方がないと思いました。
・確かに今回の辞典は『古語類語辞典』の改訂ということから始めてそれで終わったように見えます。しかし、20年の編集作業は、全然別の辞典に変えてしまいました。「まえがき」その他でそのことをあまり強調しなかったのが失敗でした。
・この辞典には二つの「初めて」があります。
・一つは、古事記・万葉集の時代から現代に至るまですべての時代の語を延べ32万語も集めていることです。
・そしてもう一つ、それらの語がいつごろ使われたのか一語一語に注記したことです。
・その二つの「初めて」によって「初めての日本語総合類語辞典」と言える辞典になりました。(そういう書名にしてもよかったかなと今思います。)

・私(芹生先生)は、『古語類語辞典』が出版された時、これで自分の長年の夢が叶ったと思いました。若いときから欲しい欲しいと思っていた辞典を、書店で買うのではなく、また図書館で借りるのではなく、自分で作ってしまったわけなので、例えようもない大きな喜びでした。
・後は穏やかな老後を夢を見て定年退職を楽しみにしていました。ところが、金田一先生が序文で二つの注文を付けられたのです。

①現代語でも古典で使われている語は記載すべきだ。でないと、例えば「雨」や「風」などの基本語が万葉集の頃に使われていなかったということになる。
②集められた語は時代順に並べる方がいい。そして「上代」とか「中古」とか、だいたいの時代を注記すべきだ。

・「古語」を集めた辞典なので「雨」や「風」などを入れる必要はないのですが、②は自分でも考えていたことだし、古典文に使われている現代語を収録するのもいいことだと思い、しぶしぶ新たな仕事に取り掛かりました。そして、少しでも早く完成したいという思いから、定年を待たず1年早く公職を退いたのです。
・しかし、日本で「初めて」の辞典の作業を始めて程なく大仕事だということが分かりました。
・『日本類語大辞典』(1909年刊)の編者志田義秀の「自序」に、「事全く創始に係り、…此間に於ける苦心と労力とは、到底完成せる本書のみを看ては測知すべからざる」とあるが、『現代語古語類語辞典』も片手でパラパラとページをめくっただけでは、編集の「苦心と労苦」はとても一般の人には想像できないだろうと思います。
・①の現代語を集めることからして大変です。
・普通は、全ての古典・古書を調べて、そこにある現代語を拾い上げることから始めますが、古語と現代語の区別が付きにくいから、結局すべての言葉を拾い出すことになりました。
・既存の辞典から現代語を抜き出す手もありますが、既刊の『古語類語辞典』の中へどの現代語を入れるのか、一つひとつ見極めていくのは大変です。
・現代の辞典だけでなく、『大言海』や『大日本國語辭典』も調べたくなりました。
・②も大変です。言葉が使われた時代はいつからいつまでという幅があり、意味も変化するし、書き言葉、話し言葉でも違うし、都と地方でも当然違います。
・金田一先生はこのことをどのようにお考えだったのでしょうか。一度お話を伺いたいと出版社を通じてお会い出来る日を決めてもらった(21年前の1月18日)のですが、前日未明の阪神淡路大震災で交通機関が乱れて、先生とお会いする機会を逸してしまいました。
・量的な「労力」も大変だった。睡魔と戦い、もどかしさや焦りなど、交錯する様々な思いを払拭しながら、一人黙々とキーボードをたたき続けました。
・他の仕事をして(させられて)編集に専念できない状況が数年続いた時には、心筋梗塞、肺炎、帯状疱疹など次々と患って入退院を繰り返し、半分死にかけました。今も心臓の一部が正常でなく、不整脈、慢性の心房細動で不安を抱えています。
・5年ほどで済ませるつもりが、気が付けば20年も経っていました。しかしこうして日本で「初めて」の辞典が完成し、喜びも一入です。

・私(芹生先生)の辞典は、3、4月に学生たちがどっと買うような辞典と違って、ごく一部の人しか買わない辞典なので、素人学者さんのように高く評価して下さるお言葉は大変ありがたく嬉しく読ませていただきました。
・ブログの紹介もたいへんありがたく思います。一人でも多くの人にこの辞典のことを知ってもらいたいと願っています。

--ここまで

私は昨年のブログで「2つほど苦言を述べておきます」などと、辞書編纂の苦労を知らない素人のくせに、ずいぶん失礼なことを書いてしまったと、猛省し、穴があったら入りたいと痛切に思いました。

そんな反省から、芹生先生に、以下のメッセージを返信した次第です。
--ここから
芹生公男 様

 

長文の、そして渾身のメッセージを拝読いたしました。
いただいたメッセージの一字一句を恐縮しながら読みました。
一生をかけた大仕事を達成されたことに、ただただ敬服するのみです。
私は、教師をしていた身の上で、子供の頃から辞書を読むことが好きでした。
小遣いを貯めては辞書を買って読みました。中学生の頃から「辞書の良し悪しは序文を読めばわかる」ということを体験的に知っておりました。(ブログにも書いた覚えがあります)
それにしましても、素人の「軽い興味関心」で辞書の感想を述べていたことを深く反省しました。
今後は、手に取った辞書の、物質的重み(重量)を感じながら、編著者や出版社のご労苦を読み取れるように精進したいと思います。
『現代語古語類語辞典』は長く手許に置いて愛読させていただきます。
頂いたメッセージから芹生先生のご体調を推察し、心配しております。どうぞ、いつまでもご壮健でご研究を継続してくださいますよう、一読者としてお祈りしております。
私は、次の世というものがあれば、生まれ変わって辞書編纂者になりたいと真剣に思っています。
いただいたメッセージはパソコンにコピーして宝物といたします。
以上、取り急ぎ返信させていただきました。
          素人学者※1

--ここまで

※1現在は「わさん先生」