徳島のデザイナーすぎちゃんのブログ -246ページ目

感動のカンボジア旅行その4

1480万人いるカンボジアに救急車が全部で8台しかなく、交通死亡事故もアジアワーストワン。

2月の現地調査で分かったことだが、カンボジアはバイクの事故が多く、ひとたび事故が起きれば、重傷の確立が高い。しかも日本の119番のようなシステムが無く、救急車も足りない状況。

私立の救急車があるが、事故をし、乗せてもらうと300ドルくらい請求されるという事で、敬遠されている。

平均月収が80ドルなのに、そんな金額到底払えない。

だから、事故が起き、足が折れているにもかかわらず、バイクの荷台に乗せ病院まで走ると、足が落ちて無かったなどという事がよくあるそうだ。


そんな現状を知り、徳島から中古の救急車を我々徳島青年会議所メンバーが先月船便でカンボジアに向けて送ってあった。

しかーし、7月4日のこの贈呈式に間に合わないかもしれないとの情報が・・・

カンボジアの法律が変わり、右ハンドル車の輸入がダメになったのだ。関税でひっかかり出ない・・・

もしかしたら、救急車が無いまま、救急車贈呈式をしなければいけないかもしれない状況が続いていた。


しかし、奇跡は起きた!


ODCセントラル病院に着くと、徳島から送った救急車があったのだ!!

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奥にあるのが、徳島から送った救急車。

これで、無事贈呈式が行える。

式典には、徳島青年会議所メンバー他39名が参加。

カンボジアからは以下のすごーーい方々が出席。中でも保険省長官の出席はすごい事らしい。日本でいうと枡添厚生労働大臣。カンボジアの国営放送も取材にきてました。その後7月7日の朝のニュースで、救急車の贈呈式の様子が全国放送されたそうです。


保健省 長官 エン・フット氏 (閣下)
プノンペン市 副知事 チャン・ソム・アン氏 (閣下)
プノンペン市 保健局 局長 ソック・サクン氏
 〃     副局長 ニ・メン・ヘン氏
プノンペン市西部保健局長 イム・ソーチャット氏
プノンペン市中央保健局長 ネップ・アンケア・ボス氏
チャムカー・モーン(赤十字)病院 院長 セン・キー氏 
在カンボジア王国 日本大使館 一等書記官 松尾ひであき氏



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式典会場のステージ。保険省長官の挨拶もチビットさんが通訳している。

しかし、そのチビットさんに異変が・・・

通訳しているマイクが緊張のあまり震えている。

それを見て、すごい事なんだという事を知った。


保険省長官の挨拶の後、我が徳島青年会議所理事長の挨拶。

「チョムリアップソー」と現地の言葉で話し、大うけ。さすが我が理事長。でも最初だけ。あとは、チビットさんに通訳してもらいました。

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式典後は調印式。長官はなにやらクメール語で1頁いっぱい文章を書いてました。

その後、我が理事長もスラスラ書くのかと思いきや、緊張のあまり、ひらがなが書けなくなったそうです。


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長官から感謝状をいただく理事長。かっこええなー。

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僕ら実行委員会メンバーも記念撮影。首に巻いているのはカンボジアの特産品クロマというストール。

今回の記念品として、長官からプレゼントしていただきました。一生の宝物です。


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みんなで、救急車を見学。

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たぶん病院の院長さん。3人でパチリ。
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そしてそして、同行していた徳島商業の生徒2人は、この救急車に徳商のマークをペタリ。

カンボジアでTCSマークがついた救急車が人々を救うのを想像すると、たまらんなー。


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僕もついでに、自分がデザインした今回の事業のシンボルマーク「ファーストステップ」マークをペタリ。


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徳島商業の先生と生徒さん。

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僕の隣にいるのが、チビットさん。今回のガイドもホントはこれなかった。お母さんの容態が悪かったのだ。

でも、この事業を企画していた徳島青年会議所実行委員会メンバーから、「絶対ガイドをしてほしい。もう一度チビットさんと再会したい。」とメールを送り続けた。その熱い思いに答えてくれ今回のガイドを引き受けてくれた経緯がある。

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カンボジアには絶対いない太っている人(山本山)と僕と手のひらに乗っている独立記念塔。

19世紀中頃からフランスの植民地だったカンボジアが1949年に独立を獲得した。1953年には警察権・軍事権を回復し、完全独立を果たしたのを記念して建てられた、独立記念塔が僕の手のひらに乗っている。

激動の歴史があるカンボジアの人々にとって平和の象徴だと思う。


こんなに平和な日本をを幸せと感じた事は無かった。