国家とは何か。経済とは何か。人類の最大幸福に必要なのは、安定した国家運営なのか、安定した経済成長なのか。

共同体形成における地域ごとの特性として、核家族型(アングロサクソン世界)と直系家族型という分類が知られる。アングロサクソンが個人主義+平等主義、直系家族型が集団主義+不平等主義というイメージが近い。

階級を超えた縦の繋がりとしては、歴史上キーとなっていたのは宗教などの思想だ。人々は自分の仕事の他に何らかの思想を持ち、それが個人の属性を特徴付けていて、また共同体における繋がりの重要なファクターとなっていた。

上記のような共同体形成の特徴がある中で国家というシステムが成り立っている。そしてここに、自由貿易に伴う資本家階級の特権的資産拡大、貨幣の一神化と教育水準格差の拡大に起因する思想の共同体形成能力の低下、などの(経済発展に伴う)スパイスが加わることで、国家の共同体的システムが機能しなくなっていく。

トッドとしては、日独などの直系家族型の国家は保護貿易に伴うセイの法則による国内需給拡大が経済成長を牽引していたのであり、自由貿易から保護貿易へのシフトが国家システムの健全性を守る上で重要であることを説いている。

本書出版から20年経った現在、そのシフトが起こりそうな雰囲気は些かも感じない。逆にトランプ政権時代にアメリカが保護主義的政策に走った際のバッシングの多さは、グローバリズム資本主義の信奉者が依然として圧倒的多数であることの表れであると言える(もっとも、バッシングの対象は移民関連の過激な発言や政策に対するものが多かったが)。

また、貨幣一神教に加え、地球保全至上主義のようなものが台頭してきている。後者についても、自分達が地球市民であるという思想をベースとしているという意味では国家共同体思想にやや霧をかけている。

思想の反転により、再び「国家」の枠組みが常に意識され、社会共同体の健全な再構築が発生するとしたら、それはいつになることだろう。将来、貨幣的幸福と共同体構造的幸福のどちらがより求められてくるのか、そこで答えがわかるだろうか。