頭が良く洞察力の高い人ほど、複数の事象を繋ぎ合わせて論理的で蓋然性の高そうな説明を行うことができるし、本人も自分の説の正しさを信じてしまうものだろう。そんな人ほど本書で解説される、ランダムネスの概念を念頭に置いておくべきである。本書は確率・統計学の歴史を紹介しながら、ランダムネスの重要性を強く主張している。
「日常」の何が1番難しいかというと、全てを正確に数値化することは不可能であることだ。今月、渋谷のスクランブル交差点を何人が横断したか。カウントすれば数値は出せる。ただ、恐らくその数値は実際の数値とは若干の誤差がある。あるいは、バルセロナの選手のサッカー力と浦和レッズの選手のサッカー力、どっちが高いかなど、到底数値化して比べられるものではない。
加えて、全てのことを正確に数値化として把握できないことから、我々から見た事象にはランダム性がある。コイントス、ギャンブル、スポーツ…ランダムな事象を目にする機会には事欠かない。あらゆる事象にはランダム性が含まれている。
さてしかし、この森羅万象のランダム性に共通している部分があるとしたら、それを発見することはとんでもないことではないか。そしてそれは、統計の歴史の中で明らかになっている。つまり、正規分布というのはこの世のあらゆるランダムネスの共通パーツであると考えることができるのである。
数値化できないことが多い、ランダムと正規分布は親友、というだけでこの世界を知った気になるのは恐ろしいことだ。なぜなら、ほぼ正確に数値化できることですら、人間は認識を誤るのである。
いつも通りの朝、あなたのクラスメイトの財前くんが登校してきた。財前君はいつもピカピカの靴にお洒落なスーツを着ている。校門をくぐった財前くんの後方には、高級感満載のリムジンが止まっている。さて以下のうち蓋然性が高いのはどちらだろうか。
1.財前くんは金持ちだ
2.財前くんは金持ちで今朝リムジンに乗って登校してきた
より直感的に選ぶほど、人は認識を誤る。上の問題は、少し考えれば財前くんが金持ちでリムジンに乗ってきた確率よりも、財前くんが金持ちである確率の方が高いと気づけるはずだ。
つまり、確率論や統計学は単なる数字オタク達の遊びではない。直感的に捉えがち(人間の本能として、事象を直感的に認識しがちなのだ)なこの世のあらゆる出来事・情報を、いかに論理的に受け止めるか、それによって世界の真の姿にいかに近づくかという、知的生物的使命感を帯びた真の学問の1つなのである。