陰徳の労に励みし者、必ず幸の陽報あり | スパチーの独り言

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令和 6年 6月 9日 日曜日、晴れ。

今日は「勾玉の日」ということで西叶神社を再掲。

「吾れ都近き男山の峯に移座し国家を鎮護せん」

西叶神社 西叶狛犬 西叶御朱印


古事記に登場する走水に次いで地元を代表するもう一つの神社が叶神社。東の叶神社と海の対岸に西の叶神社があり両方参拝して「叶」う神社である。対岸の東叶神社へは目の前から渡し舟が出ている。神奈川県は源氏幕府が築かれたので当然多くの神社は「八幡系」だ。そもそも「八幡大明神」とは何か。はっきり言えば御祭神が誰かなんてのはどうでもいい捏造話しで、あえてヤハタなので言うまでもない。
西叶神社では水晶,瑪瑙,翡翠の3色の勾玉が授かれる。それを東叶神社の御守袋に入れて持ち歩くと縁結びに御利益があるとされる。御守袋はピンク,ブルー,グリーンの3色。自分の感性で選べばよく、色による御利益の違いは無い。勾玉に付いては後半で詳しく考察。

写真中央を見て頂くと分かるが…拝殿へ向かって階段を上がると石柱に↑狛犬が隠れていてあなたを待ち伏せしています。可愛いので見落としの無いように。もはや狛犬というより原寸大「ピカチュウのかくれんぼ」のようです。ちなみに東叶神社は400年前に西にあったこの神社を分けて勧請したもの。なんとなく東叶神社の方が凛々しく目立つ感じだが、こちらの西の方が先。
※ 毎日、寺社いずれかしつこく繰り返し掲載しますが無意味な規則のためご了承ください

さて。

おかげさまでウルシかぶれは沈静化して来ました。左手首だけがまだ痒いですが、首は落ち着いた感じ。こういった場合は市販薬だの買うと高く付くだけで治りも遅くなりますよね。健保適用の方が早く確実に安い。今年初めてウルシにヤラれたこと、そしてなぜか藤が花を咲かせなかった、紫陽花が一つしか花を咲かせなかったこと。スズメバチが巣を探して雨戸の戸袋を毎日狙ってること_いつもならブルーバードが巣を作る場所を探して盛んなはずが、見慣れない鳥がウチの周りでうるさく鳴いている。鳴いて騒がしいなら虫を沢山捕まえてくれ。


というかね、今年はあらゆる自然の流れがおかしい。昨日、今年初めてゴキブリを見た、しかも昼の暑い日差しの中で。そして駅前のコンビニの前で_何十年ぶり?だろう、ドブネズミを見た。どれも僕にすれば天変地異のよう、何かが起ころうとしてる。
まぁぶっちゃけ言えば原因はどれも「野良ネコが激減したせい」かもしれないが。ただそれだけのことだとしても生態系が狂った、と言えるのではないだろうか。普通、港町ならネコが居て当然だったはずが、屋外でこの3年、1匹もネコを見てない。警官はS級レアだがネコはUR級だ。

この街では警官には滅多に出会えないが警察と話しをする機会があった。横須賀市は交通死亡事故ゼロで通して来た_自慢の2年間。だが…今週火曜日、僕が散歩してるトンネルで事故があった。地元ならすぐピンと来るだろう、一方通行のバスが通るトンネルだ。バスが通るのも僕が使うのも、表通りや海岸通りを使うよりショートカット出来るから。しかも周囲に家も無く一方通行で「危険の無い」はずなのに。さて2年間死亡事故が無い、と書いたが正確には600数十日前のことで、もうすぐで2年を迎えるはずだった。問題は…2年間死亡事故が無かったのに「また同じ場所で事故だった」と警察は語ったこと。

飲酒運転や猛スピードでもない限り事故なんて起こり得ない場所なのに。トンネルの入り口脇には小さな祠、赤い鳥居がある。だが実は…今年初め、その現場で僕も事故った_いや事故という程のことではないのだが、トンネルに入ろうとしたとき「あ、やっぱり海岸通りに出てガソリン入れようかな」と数メートルだけバックして通りに出ようとした。トンネルの入り口には右折して海岸に出られる道がある。だが僕は何も無いところでリアを何かにぶつけた。ガシャン!小さな鉄のポールが立っていてテールレンズが割れてしまった_というそれだけの事故だった。
スピードが出ていたわけでも、他の車が居たわけでもなく、そもそも交通量も少ない。1時間に数台しか通らないトンネル。だが…車検に通らないほどレンズが割れてしまった。ルームミラーにもサイドミラーにも映らなかったポールにぶつけて。というわけでそれ以来気を付けてはいたのだが…横須賀市でこの2年間で唯一死亡事故が起こった場所。たった2回、そして亡くなられた2人とも事故の起こり得ないはずの同じトンネルの入り口。

神奈川県民なら_この辺に怪談、心霊スポットが多くあるのはご存知だろう。戦争関連だけでなく江戸時代まで刑場があったからね。もっと言えば古事記に登場するオトタチバナヒメや源平も持ち出せるけど。そんなミステリーより陽の下のGとネズミだ。おまいら禰󠄀豆子か?ネズミだけに。太陽光、紫外線を克服した魔物か?

いや…禰󠄀豆子であってほしい。現世の邪悪なものたちを葬ってくれるなら。禰󠄀豆子



[今日は勾玉の日]


勾玉を持ってる?


ロックの日ってのは何度も書いた気がする、というかロックと読むのは日本だけでロックの日は1月8日だっけ?確かプレスリーの誕生日だったはず。ロックじゃなくてシクスナインと読むならまだしも(笑) 69といえば陰陽図であって勾玉、いつも言うように日本の学者さんの推測だけは信じてはいけない。古事記では曲玉、日本書紀では勾玉、そして皇室の「三種の神器」八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。勾玉なんて世界中にありそうだが日本だけ。中国や朝鮮で発見される勾玉も日本から贈られたもの。ちなみに八咫は約140cmもある…

勾玉といえば_現代医学の知識を持つ我々から見れば胎児の形に見えるが当時そんな知識も知る機会もあるはずがない。確かに「日本がまとまりつつある時期」に大量に造られ日本各地で発見されるが、元々こんな綺麗な形のわけでなく古いほどL字,J字,C字の形も多く、また手足あるいは背ビレのような突起があるもの、あるいは二股のような形状のものもある…。

では最初は何だったのか。考古学、発掘調査に詳しい方ならご存知、こんな飛鳥時代より遥かに古くから似たようなモノは造られていて呪術や祭祀に使われて来た遺物がある。そう、石器時代から縄文時代にかけて全国で造られていた「石棒」だ。まぁ…一目見れば何だか小学生でも分かるだろう。現在手に馴染んだ愛用の品を持ってるという方も少なくないと思うが、そうゆうことだ。そもそも明治時代になるまで結婚という契約制度は特権階級だけのものだったと知れ。もちろん夫婦という単位、家族は存在したが、江戸時代まで結婚出来た女性は20%にも満たなかったと云われる。卑弥呼サマも生涯独身で石棒を愛用していたようだし。というか鬼道は拝火教であっておそらくゾロアスターの派生だろう。この石等で造られた代理品は火を使っていたことが知られている。卑弥呼サマも人肌に温めて使っていた、それが僧侶の懐石に繋がる_だろ?

Wikipedia に依れば_
「祭祀では 【勃起→性行為→射精→その後の萎縮】 という男性器の一連の状態を表し…」 だそうだ。
文化財石棒

旧石器時代(紀元前2万4千年)から造られ数万年,数千年の時を経て、女性が愛する相手の身替りとして、常に身に着けるため、あるいは現在の結婚指輪のような証しとして、夜の愛玩具とは別にどんどん小さくアクセサリーとして進化した。それこそが勾玉だろ。「ウチの旦那は右曲がりでコブがあるの♪」云々。この石棒と言われる代用品は縄文以前の旧石器時代から日本全国津々浦々の地域で発見されてる。歴史を扱う博物館なら置いてあるはずだ。当然、東京や須賀市にもあるが_長野では巨大な石棒が多くある(メートル越え)。もしアブラハムが大仏と同じ大きさだったとしたら_原寸大だったのかもしれない。最大のモノは長野県南佐久にある長さ2m23cm、太さ25cmの文化財指定番号11石棒だ。写真の下段は約40cmもある、左は水晶製…オーパーツか?
いや、かのクレオパトラさえ何本も持っていた、しかも瓢箪の中に生きた蜂を入れたバイブ仕様を造らせていた。しかし…石器時代から造っていたのは日本とドイツだけである。ドイツでも日本と同じくらい発見されている。まぁフィットするかは別として形状はそんなに難しくない、日本もドイツもよく出来ている。そう考えるとクレオパトラは研究熱心で_ある意味天才だな。

140cmもある反り返ったイチモツが八尺瓊勾玉、皇室の宝だとは_公開出来やしないのだ。
建前上?学者の公式見解は「地面を平す道具」って_子供でも信じないだろ。
イジメ、差別、偏見、足の引っ張り合い_確かに大人になって必要な術かもしれないが、子供の教育が最悪だ。現実離れ、理想論ならまだしも、ウソの歴史と政治、性教育は直りそうに無い。
子供時代からウソ、デタラメを刷り込まれる日本。ダマされるな。自分の足で目で確かめろ。

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