「ヴァーテインの奴、本気や…この辺りで、勢力版図確立して、富士の、樹海目指す気やで……あの力場やったら、パワーゲート置ける、ゆーとったや、さかい、な……」

 最上はもう一度彼女の身体を見回した。セーラー服の傷み様から、そうとう打たれていると思われた。

「済まん。……葉月ちゃん、連れて行かれてもうた…ウチ守れんかったんや…最初止めたんやけど…もうあかん…。仲間割れや」

「何!? いったい何処へ!?」

 暫く下を向いて黙っていた畠山に、最上は懇願するように何度も尋ねた。彼女は「たぶん…」と口を噤んでから

「…たぶん駐車場やろ。他やったらウチにも分からへん。…命令受けた、テイラス等の、仕業や…。堪忍な、ウチがあんさんの話、したからやろ…せやからあいつ等、人質取ろう思いついたんや…一人ちゃうであんさん…気ぃ付けぇや……」

 それだけ言うと畠山は橋の手すりにもたれつつも、崩れるようにその場に倒れていく。最上は掬(すく)い上げるように両腕を差し出しながら、彼女の身体を支えてその場に腰を下ろす。

「どうした? 最上」御柳の声だ。

 丁度そこへ御柳と岩見が現れ、二人を上から覗き込んだ。

「彼女を医務室へ!」最上はそれだけ言うと、駅の方へ向かって全力で走り出した。

「お、おい! お前学校は!!?」

岩見の言葉に返事は無い。仕方なく他校の少女を助け起こす。「おい君、大丈夫か?」

「あんさんの友達か…エヘヘヘ…おおきに…」

畠山はそう言って岩見の背中にしがみ付きながら「あー、…もう通われへんな……退学や…」と呟く。

御柳が最上のバッグを手に取って、先に学校へ走った。

制圧? パワーゲートの設置開放? 殺戮戦争?

確か自勢力以外の魔神を、このエデンから追放し、ここを掌握するのだったはずだ。

何故? すぐさま次の疑問に突き当たる。エデンという世界の力を手にする為だ。

そこまで考えて最上はまた一つの疑問に突き当たった。

“魔界気はあるのか?”

 そうである。それが無いと、自然界の火や土の力を、ある程度強化するだけだ。人間の住める世界では、魔界気の濃度はたかが知れている。だから高位魔神は戦の犠牲を思えば、降臨価値無しと判断した。

“…成る程” 最上は一人納得した。

駅へ降り改札を出る。今にも降り出しそうな空の下、他校の生徒に混じって、何人かの鳳凰生徒が同一方向へ歩いて行く。駅前の商店街はまだ眠っていた。

“このエデンを制圧する。我が軍のパワーゲートを開き、この地に現れた他勢力を駆逐する。そして力を、我が勢力を強化し……人類のエデンを守りきる!”

 本当にそんな事で良いのか? にわかに疑問が生ずる。だが、今の最上にはこれ以上の考えは浮かばなかった。

 やがて洒落た住宅街の先を公園に沿って歩いていると、気になる人影が橋の上にあった。

「畠山由梨…」

 また来るとは言っていたが、翌朝とは…。これでは人目も避けられまい。最上は用心しながら、橋の上まで近づいて声を掛けた。

 変だった。畠山は最上を見ても笑顔一つの反応で最上が近づくのを待っている。

最上は警戒しながら傍まで行った。よく見ると傷んだセーラーが土に汚れ、顔や腕に火傷を負っているようだった。周囲の白い視線を受け、平静を装ってはいるが、立っているのがやっとの様子だった。

 血相を変えて最上は走り寄った。

「畠山!」

 最上が改めて彼女を見ると、怪我は相当酷く、最上は救急車を呼ぶと言ったが、彼女は病院で身動きが取れないのは困る、と断った。

「ウチの名前、覚えてくれたんか…嬉しいわ…」

「何があった!?」最上は彼女の火傷の様子を見ながら思った。

“火傷と言えば紅獄のエルフレムか?…しかしこの痕…鞘邑ならこうはなるまい…”

すると

 十一 急襲

 昨夜はうなされていたのかも知れなかった。あんな話をしていたせいか、最上が床につくと、失われた記憶の断片が現れ、最上にかつての魔道知識を蘇らせる結果となったのである。やはり、急速に覚醒へと向かっているのだろうか。

朝シャワーを浴びると、最上はドライヤーを手に取ろうとしてふと思いついた。分子運動を活発化させる魔道法印を頭に思い浮かべる。爆発や火事などになるまいかと不安に思いながらも、次にこの世にある大自然の大地を吹き抜ける風を思い浮かべた時、夢の中で見たと思われる風の法印が思い描かれた。強くイメージすると、法印は手元に浮かび上がり、その手に突如、暖かい力の宿るのが分かった。熱と風の論理集合体。いわば二つのアプリケーションを駆使して、最上は熱と風を起こし、髪を乾かす事に成功した。便利ではある、と最上は笑った。

もう、やる気だった。元々魔神だったと言うのなら魔神なのだろう。魔神として生きてやる。それまでだ。

 満員電車に揺られながら、最上は正面に立つ若い女性が読む本の背表紙を見ていた。女性はOL風の二十代前半。余程気に入ったと見えるその本に顔を近づけて、眼をしきりに動かしていた。

 最近では有能な会社員になる為の本、財テクの本、運を集めて幸せになる本、モテる為の本等が店内の陳列棚に所狭しと並んでいるものだったが、今、最上の目前で女性の手に開かれている本は違っていた。

“シュジュ…だったか……?”

確か最近よく聞かれる名前だ。『目覚めよ! 日本人』と題した本の背表紙。その下に『朱珠』と作者名があった。

 目覚めよ…。最上は魔神として、自分がいったい何をすべきなのか、いまいち整理できていなかった。