「…人間界ランディオンを制圧したと聞いたが……畜生! まさかこのエデンに自ら乗り込んでくるとは!!」

更に別の厳城大附属の少年が口惜しそうに地団駄を踏んだ。柔道部員のような横にガッチリとした体格で頬の肉が鼻より前に突き出たような四角い顔付きだった。

「クウェイラ、取り乱すな……く、来るぞ!……」四角い顔をクウェイラと呼んだこの少年も、やはり厳城大附属の制服を着ており、短髪で顎鬚(あごひげ)を生やしていた。

「レイデランタス、我等で何とかする! お前はその隙をついて奴を仕留めろ! いいな? テイラス、クウェイラ援護するぞ!」スターシフと言ったか? 眼鏡の少年が叫ぶ。

「親人派っぽい事を!」末氏だった。

「つべこべ言うなテイラス!」レイデランタスと呼ばれた顎鬚の少年が押し殺したような声で叫んだ。

「お前等どうかしてる!! 俺達だけでやるつもりか!!?」悲鳴に近い声を上げるのは四角い顔の、確かクウェイラだ。

「ならば!…ならばどうするのだ!!!?」身をかがめ、表情を崩したスターシフは、額に汗を浮かべて歯を噛み締めた。

 最上はここで周囲を見渡した。末氏と、眼鏡のスターシフ、四角い顔のクウェイラに顎鬚のレイデランタス。これを倒せば残りは指揮官を失った兵士に等しいと思われた。

「クソ! 喰らえ!」

 その手に法印を出現させた末氏の一声に突然、ズドン! という轟音が響く。だがそれは藤堂の魔力により、天井付近に出現した紫雷の網によって、最上の頭上で放散した。

「雷鳴のテイラス…話に聞く程も無いですね」藤堂は自信を感じさせる物腰で、堂々と言い放った。

「紫色の雷壁…紫雷の…軍神フロリア!」

 桜木が藤堂の正体に気付いたのは、今しがたのようだった。

「話は後だヘイラム」七海が横目で、辺りに気を配れと合図する。

「最上、あの結界…」七海の声を聞いた末氏が、最上に向かってこんな事を言う。

「最上とやら、知ってたか? こいつこれ自分で張ったんだぜ? 姦(や)っちまおうと思った瞬間に発動しやがった。魔法も効かないような完全結界だ。どうやら、無意識だったらしいぜ? お陰で未遂に終わっちまったよ。気に入ると思ったんだがなぁ…ククク…。」

 最上はゆっくり歩み出した。その瞬間また一人灰となる。今の彼にとって、水鏡解放以外の事実は全て不要であった。

末氏達は、最上に一切の会話工作が通用しないと悟ったようだった。既に自己防衛用と思われる魔力の結界を張っているつもりだったらしいが、力の弱い者が作る結界が敵の魔力に食い破られて目的を成さなかったのを見た為に、自分の結界への不安が生じたのか、動揺が感じられる。

「そうか」

最上は更に一歩出た。すると今度は別の一人の頭部が灰となり、残された身体は、首から血液を噴き上げて手前に倒れた。流れ出る夥(おびただ)しい量の血液が辺りに嫌な臭いを漂わせた。

「………」

静かだが強暴な最上の言動が、末氏達に沈黙を余儀なくさせた。

仰け反り後退(あとずさ)る末氏からは、恐怖に支配された表情が見て取れる。

「…き、貴様…その力…」

それは眼鏡を掛けた少年だった。秀才じみた風格が、インテリを気取って見えた。やはり末氏と同じ制服を着ている。彼は最上の力について何か知っているのだろうか。

「ほう…雑魚ばかりではないようだな。濁流のスターシフか?」

そう言った桜木も、今の最上に畏怖を感じずにはおれず、横目でチラッと最上を盗み見る。

「葉月!!」

 地下四階へ着くと、その対角の辺りに十数名はいるだろうか、人の姿があった。その奥に、光り輝く結界が地面の上に半球を描いていた。

 最上が走り寄って行く。それに注意を促す代わりに、藤堂は周囲に気を配りながら後を追った。二人は余計な間合いを詰めて、凡そ二十メートル程の所で再び立ち止まった。

結界の中には、両膝を地に付け、腕をだらりと下げ、天井を見上げるような格好で眼をカッと見開いた水鏡の姿があった。剥き出したような白目が宙を睨んでいる。

人質を捕られて、最上の怒りは既に限界を越えていた。目前の敵を、全て塵に変えたいような、破壊的衝動が支配しつつも、僅かながら失えない理性が、最上を辛うじて人に留めていた。

「葉月に何をした?」

「まだ、何もしてねぇよ」

水鏡の傍らに立ち、それを聞いていた男が口元を歪めて答えた。そして厳城大附属の学ラン…。

彼の手下と見られる、最も手前に立っていた少年が、

「皆で可愛がってやろうかと思ったのによぉ、ヘッヘッヘ…」と品の無い笑いを浮かべる。

 その瞬間、最上はその少年に強烈な視線を放つ。

 少年は白く瞬いて塵になった。

 瞬く間に空気が変わり、先程、口を開いた水鏡に最も近い少年が驚愕の顔を浮かべて、思わず一歩前に踏み出す。

「末氏琢也はお前か?」

 最上がその少年に尋ねた時、後ろに新たな足音がした。気の性質を感じ取った最上は、それが七海のものと判断した。

 桜木も例の移動法であろう。いつの間にか地下四階に来ている。役者は揃っていた。

桜木、藤堂、七海の三人は最上の後ろで凛として立っていた。

「そうだ。…四人で俺達全員殺る気か?」

「一人でやればいいのか?」桜木が涼しい声で尋ね返す。まるで何でもないぞ、というような冷ややかな声だった。