気 魄 | ナベちゃんの徒然草

ナベちゃんの徒然草

還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

今日は、我が愛読誌・月刊 『致知』 4月号より、藤尾秀昭発行人による巻頭エッセーを一部編集により以下にご紹介致します。

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先日ある人から、晩年の松下幸之助氏が、自宅玄関の壁に画家・中川一政氏の手による〝気魄(きはく)〟という書を掲げ、その書を毎朝拝んで会社に向かうのが習わしだったという話を伺って、深い感動を覚えた。

松下氏は九十歳を超えてなお、山また山を登らんとする日々であったことを、その事実が物語っていると思われるからである。

山上山又山(さんじょう やままたやま)・・・この言葉の出典は不明だが、古来この言葉に励まされ、命ある限り自己の向上に生きんとした方は多い。

中川一政氏もその一人である。 こういう言葉がある。

「一つ山を登れば、彼方にまた大きな山が控えている。
それをまた登ろうとする。 力尽きるまで。」

氏は九十七歳まで生きた。
死ぬまで進歩することを考えて前進していた人生であった。

    

功成り名を遂げた方は皆、常に目指すものを持って歩み続ける・・・即ち山上山また山を人生のテーマに歩み続けた人たちであった、ということだ。

さらに見逃せないのは、山また山を目指して歩んでいる人は、例外なく自らを律する信条・気概を備えていたということである。

百歳を超えて、千人の聴衆を前に講演して下さった方が2人いる。

一人は禅の高僧・松原泰道氏。 
もう一人は安岡正篤師の高弟・伊與田覺氏。

松原氏は言う。

「佐藤一斎が 『言志晩録』 の中で、例え視力や聴力が落ちても、見える限り聴こえる限り学を廃すべからず、と言っている。

私も老いてきましたが、この言葉を糧として死ぬ間際まで読むこと、書くこと、話すことは続けていきたい。」

伊與田氏の言葉。

「東洋の老いは人間完成に向けた熟成期なのです。
年を取るほど立派になり、息を引き取る時にもっとも完熟した人格を備える。 そういう人生でありたい。」

 

今年没後30年を迎える森信三師にもこういう言葉がある。

「八十歳を境にして私が実践面で第一に取り組むことにしたのは、日常生活における挙止動作の俊敏さです。」

「五十にして四十九年の非を知り、六十にして六十化す。」

孔子も称賛した慮白玉の言葉である。
これを安岡正篤師が解説し、力強く呼びかけている。

「五十になってこれまでの半生を悪かったと改め、六十になったら六十になっただけ自己を変化創造していく。

七十にして七十化し、八十にして八十化す。

生きている限りは創造変化してやまない。
これで良いと留まるところがない。

大自然は造化だから頑なにならず、一生自己を進化して行こう。」

最後に、今年数え百歳になる千玄室氏。

溌剌・颯爽としてその姿は老いを全く感じさせない。

「死んでからも修行だぞ」という先代の言葉を日々反芻して生きんとする気魄と精進が、この若さを生んでいるのだろう。

 

齢百にして山上山また山を歩んでいる人の姿をここに見る。

以って範としたい。


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『四十、五十は洟垂れ小僧、 六十、七十は働き盛り、 九十になって迎えが来たら、 百まで待てと追い返せ。』


澁澤栄一氏の至言です。

 

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