【特別増刊】 続・掃 射  | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

今月5日の拙ブログでは、東京・八王子で起きた『湯の花トンネル列車銃撃事件』を取り上げました。(↓)

 

 

そして今日は、その3日後・・・1945(昭和20)年8月8日に九州で起きた同様の米軍による非戦闘員に対する機銃掃射、

 筑紫駅列車空襲事件

を取り上げます。

 

事件が起きたのは、福岡県筑紫郡筑紫村(現・筑紫野市)にある西日本鉄道(西鉄)大牟田線筑紫駅付近。

 

 

同日、西鉄福岡駅朝9時40分発の大牟田行き下り普通列車(100形)は、入営者を中心に200人近い乗客でほぼ満員状態。

        
                 

途中、空襲警報が発令されたため1時間程停車し、午前11時頃に筑紫駅に差し掛かりました。


そしてほぼ同時刻に、久留米から福岡に向かう上り列車(200形)が筑紫駅に差し掛かっていました。

       

この2列車に対し、突如上空に米軍戦闘機P-47(またはP-51)が飛来し、機銃掃射を浴びせたのです。


       

               P-47 サンダーボルト

 

八王子の場合はトンネルがありましたが、筑紫駅周辺は田園地帯で乗客の逃げ場なし。

米軍機は繰り返し機銃掃射を行い、決す両列車合わせて死者84名以上、負傷者100名以上を出しました。

 

しかも同日には、近くの宮の陣駅で列車が、また荒木駅では駅舎と停車中の車輛が機銃掃射を受けたそうですから、もう手あたり次第。

湯の花同様、この筑紫駅周辺の機銃掃射も、到底軍事拠点攻撃とは言えず、一般市民を狙た無差別攻撃と言っていいでしょう。

なお、この機銃掃射事件に関しては、戦闘機搭載のガンカメラで撮影されたカラー映像を大分県宇佐市にある『豊の国宇佐市塾』が2013年にアメリカ国立公文書館の保管資料の中から発見。

 

現在、宇佐市平和資料館で上映されていますが・・・その動画をこちらでご覧いただだけます。

 

 

襲われた乗客の皆さんの恐怖は、如何ばかりだったか・・・。

実は私の母も女学生時代、田んぼのあぜ道を歩いていた時に米軍機が突然飛来し、機銃掃射を受けて逃げ惑ったことがあると話してくれたことが。

おそらく同様の経験をした方は多数いらっしゃるはず。

あらためて終戦直前の米軍による戦争犯罪の数々を私たちは忘れてはならない、そして後世に伝える必要性を痛感します。

 

 

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