皆さんは 『破壊活動防止法』、一般的に破防法と呼ばれる法律をニュース等で目にしたことがあるでしょう。
同法に関しては、こちらの過去記事をお読みいただくとして・・・
上記過去記事にも触れていますが、同法が初めて適用された
さんゆう
三 無 事 件
が発覚したのが、今からちょうど60年前の今日のことでした。
1961(昭和36)年12月12日、無税・無戦争・無失業の〝三無〟をスローガンに掲げ、国会を占拠し自衛隊と呼応して国家革新・クーデターを計画していたとして、旧軍人や学生らのグループ13人が、警視庁公安部に逮捕されたのです。
首謀者は、戦時中特需で急成長しながらも敗戦によって1955年に倒産した長崎の造船会社・川南工業の元社長・川南豊作(当時59歳)。
彼は、60年安保闘争以降勢力を増した左翼・共産革命への危機感と政府に対する不満から、元陸軍少将や五・一五事件に関与した軍人らと共謀し、国会の占拠・池田首相の暗殺や政府要人の監禁・戒厳令の布告と新政府の樹立等を画策。
密かに武器と同志を集めていましたが、公安部が事前に彼らの動きを察知しており、未然に防ぐ形となりました。
当初は機関銃などの調達も考えていたようですがうまくいかず、家宅捜索によって押収された武器はライフル数丁と日本刀が数本のみ。
後は戦闘帽99・鉄兜300・ガスマスク150程度。
最終的に32名が逮捕され、うち12名が破防法39・40条に基づき起訴されました。
東京地裁は、そのうちの8名に有罪判決を下したのですが・・・一体どれくらいの量刑だったと思いますか?
首謀者の川南元社長に懲役2年、その他のメンバーに懲役1年前後だったのです。
政府転覆のクーデターを企てた割には、随分と軽いと感じる方が多いと思います。
刑が軽かった理由は、簡単・・・要は未遂だったことと、最終的に適用されたのが破防法ではなく殺人予備・銃刀法違反だったから。
でもこの量刑に納得する国民は、少ないでしょう。
破防法では、国内で現実に発生している組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪について、例えば共謀に参加した者が自首した場合など確実な証拠が入手された場合であっても,実際に犯罪が実行されなければ検挙・処罰することができません。
そしてあのオウム真理教にすら適用できない以上、実質的にその効力は至極限定的。
日本国内で外国人を含めたテロ・破壊活動が危惧される中、こんな野放し・ザル法状態では治安は保てない・・・ということで、以前から持ち上がっていたのが、『共謀罪』 の新設。
この構成要件を含めた 『テロ等準備罪』 が、4年前にようやく国会で成立しました。
これによってテロを実行せずとも共謀段階での検挙・処罰が可能となり、組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪を未然に防ぐことが出来るように。
もちろん同法を適用すべき事件が起きないことがベストですが、万一起きてしまった場合、破防法同様実際にこの法律を適用できなければ、絵に描いた餅に終わってしまいますが・・・。
それにしても、『テロ等準備罪』に反対した特定野党や反対声明を出した日弁連って・・・テロ活動を支援しているのか?