今日・5月19日は、日本人なら誰もが知っているであろう剣聖、
宮本 武蔵
の命日にあたります。
日本で最も有名な剣豪と言っていい武蔵ですが、その出自については明らかになっていません。
※自著によれば、1584年・播磨国(現・兵庫県南西部)生まれ。
父親は赤松氏の支流・新免氏の一族・新免無二とされていますが、これにも異説が。
本人曰く、13歳の時初めて新当流・有馬喜兵衛と対決して勝利して以来、29歳までに60回以上の勝負を行い、全勝だったとか。
その中には、吉岡一門との決闘や、佐々木小次郎との〝巌流島の決闘〟が含まれているのは、皆さんもご存知でしょう。
しかしあまりに有名になったためか、その戦績や試合内容に関してはかなり脚色されて伝えられていることもあり、史実としてはこれまた確定はしていません。
※『巌流島の決闘』に関する過去記事は、こちら。(↓)
しかし、その後大阪の陣で徳川方に参陣し活躍したことは、複数の資料で確認されています。
更に姫路藩主・本田忠刻との交流の中で都市計画の策定や庭造りを行ったり、尾張国周辺で剣術(円明流)を指南。
また1638年の島原の乱にも参戦した記録も残されています。
その2年後には熊本藩主・細川忠利に客分として招かれ、300石を支給されるなど破格の扱いを受けますが、その4年後・・・今から373年前の今日・1645(正保2)年5月19日、熊本城東部の千葉城にて死去。 61歳前後の生涯でした。
若い時分の戦績については詳しく分かりませんが、彼が遺した 『枯木鳴鵙図』 や 『芦雁図』 などの絵画を見ると、確かに剣術だけでなく文武両道の二刀流であったことが分かります。
芦雁図(永青文庫・蔵)
そして剣術家・兵法家としての真骨頂は、『五輪書』 を遺したことでしょう。
熊本で過ごした晩年に記されたこの書は、剣術とは無縁の私たち現代人が読んでも多くを学ばせてくれます。
何冊も関連本が出版されていますが、私がオススメするのは数年前に刊行された、こちらの一冊。
『決定版 五輪書現代語訳』 (草思社文庫・刊)
タイトルの通り現代語訳されており、原書よりもはるかに読みやすく理解しやすいものです。
単なる剣豪としてではなく、思想家・兵法家・芸術家としての武蔵に是非触れてみて下さい。