57歳からのピアノ -23ページ目

57歳からのピアノ

思い切って、ここは「音楽」関係、それも、2011年から始めたピアノの話題を中心につづっていく事に。
 ★2019年1月 65歳! ピアノを始めて丸8年が経過。上達どころか後退か??ながら、少しでも前に進むよう楽しみながら継続中。

 何年経っても上手くならないピアノですが、平均すると一日30分も練習していないのは確実なんで、これも仕方がないことでしょう^^

ただ、練習環境「だけ」は、非常に恵まれていることは確かです。

なにせ、弾きたければいつでも弾ける、という時間に恵まれています。まあ定年後でヒマだ、ということですがこれが一番。ただあまりにもヒマすぎるとなかなか弾く気にならない、という欠点もありますけどね^^

そして、ピアノは、と言えば、(強引に)弾こうと思えば、いつでも、毎日でもスタインウェイのグランドで練習できるし、一週間に一度はベーゼンドルファーを弾いているし、これまた(強引に)拝み倒せば、お友達のベヒシュタインも(たまには?)弾く事ができる(かな?)ということで、この世界三大ピアノと言われるこれらの三つをちょこちょこ弾ける、という、これはもう理想的と言うかほとんどありえない環境ではあるわけです^^

ただ残念なのは、その「素晴らしい」ハズの三大ピアノの「良さ」「素晴らしさ」を本人はよく分かっていない、と言う点でしょうか^^

だってですよ、一方ではヤマハとかカワイのグランドピアノに触る機会は滅多にないので、これらが『どれだけ素晴らしいか』ということを比較する機会もないわけです。

その代わり(?)自分用には3万円ほどで買ったカシオの電子ピアノPX-160という強い(?)味方がいます。

これはもう、一目瞭然、弾けばてき面にその違いがわかります(⇒当たり前か。笑)

でもどちらが「いい」というのではなく、「違い」がわかる、ということ。

 電子ピアノのいいところは、上記の三大ピアノというのはなかなか無造作に弾けないし、手荒に扱うなんてとんでもないわけですが、こちらのカシオはその点、何の遠慮(?)もなく、いろいろと遊べるという点でしょうか^^

曲に合わせて、ピアノだけではなく、ハープシコードや電子ピアノ、時にはフルートやストリングスなどの楽器の音色で弾くと、いかにも曲の雰囲気が出ている「気がして」グッドですしね。

自分にはもしかすると、安い電子ピアノの方が性に合っているのかもしれません(笑)

根が貧乏性なのかしらん?^^


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 大したことではありませんが、お気づきの方も居るかもしれませんが昨日より、本ブログで一部変更をしました。

その「変更」したのは、日本ブログ村の参加カテゴリーの「初心者ピアノ」をやめて「ピアノ」にした、という一点です^^

今のところ、「万年初級」のピアノではあるけれども、こう8年もやっているとさすがに「初心者」はまずいだろう(笑)、というだけの理由で他意はありませんが・・・

ただ、この日本ブログ村の参加カテゴリー、どうもピッタリのものがないんですよね。

このピアノにしても「音楽」というカテゴリーの中にはあるのですが、なんと「クラシック」というサブカテゴリーの下にしかない!!

他のピアノ、例えばポピュラーとかジャズの場合は、「ポピュラーピアノ」とか「ジャズピアノ」というのが別にあるのですが、これらは何故か全く別のジャンルにある・・・

私のように、クラシックを中心にピアノを「練習」しているけれど、弾きたいのは別にクラシックに限らずポピュラーでも、映画音楽でも、昔のニューミュージックでも、なんでもあり、という人の「ピアノ」というカテゴリーがない^^

今までの「初心者ピアノ」にしても「クラシック」の中のサブカテゴリーで、じゃあクラシックを弾かない、例えばコード奏法なんかでピアノを弾き始めた「初心者」はどこに参加したらいいか?と言うと、適当な参加カテゴリーがない!


ということで、この「ピアノ」にしても依然として「クラシック」の中のサブカテゴリーではあるのですが、他に適当なものがないので仕方がありません。

今までの「初心者ピアノ」は、アクティブに参加している人は20人も居なかったと思うので、いつもベスト3ぐらいに入っていて(毎日ブログを更新するだけでベスト3には入る^^)非常~~に後ろめたかったのですが(^^)、今度ははるか下位のほうになるので目立たずに深く静かに潜行運用していこうと思いますwww


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 前に一度、サウナの健康へのリスク、ということでチラッと記事を書いたことがあります。 まあ、その時の内容はあまり覚えていませんが、「多分」大丈夫らしい、という結論であったように記憶しています(笑)

ただ、最近のこの暑さで熱中症で倒れる人が激増しているようなニュースを聞くと、またまたサウナって大丈夫なの?という不安が出てきます。なので、いろいろとサウナの健康上のリスクについて調べて見ました。

熱中症というと、いくつかの型がありますが、大きくは次の4タイプらしい。

熱失神
皮膚血管が拡張することにより血圧が低下し、脳の血流が少なくなるために、めまい、失神などの症状が現れます。顔色が真っ青になり、呼吸回数が増え、脈は速く、しかし弱くなり、唇のしびれがおこることもあります。長時間立っていたり、座った姿勢から立ち上がったとき、運動の後にも起こります。

熱疲労
大量の汗をかいて体内の水が失われ、水分の補給が追いつかずに脱水を起こしたときの症状で、脱力感、倦怠感、めまい、頭痛、吐き気などが見られます。汗からは塩分も失われますから、水だけを飲んでもなかなか回復しません。

熱けいれん
大量に汗をかいたとき、血液の塩分濃度は高くなります。しかし水だけを補給すると、血液の塩分濃度は反対に低くなり、その結果として足、腕、腹などの筋肉に痛みを伴ったけいれんが起こります。暑い環境下で長時間の運動をするなどで、大量の汗をかいたとき起こることがあります。

熱射病
高温環境下で激しい運動をするなどで、体温が高くなって(40℃以上)脳の温度も上昇し、中枢の神経機能が異常を起こした状態です。頭痛、吐き気、めまいなどに続き、何かを聞かれても反応が鈍くなったり、おかしな言動や行動が見られたり、意識がなくなったりします。全身の臓器に障害が起こったり、死亡の危険性も高い状態です。

この4つの中で、サウナの場合は、主に二番目と三番目の「大量の汗をかくと・・」というものでしょうか。

確かにサウナに入る前と後とでは、確実に1kgぐらい体重が違います。つまり、1Lの汗が出て行っている、ということで、これはまさしく「大量の汗」に相当しそうです。

ただ、身体に熱がこもってしまう、という状態は、サウナに入っている時間のコントロールと、出た後のシャワーや水風呂などで適度に身体を冷やすことで、そのリスクは避けられそう。

サウナに入っている時間は長くとも10分以内にし、毎日入るのではなく、せいぜい週に二、三回ぐらいに抑える事が推奨されていました。

水分補給も必須ですが、これも単なる水ではなく、塩分やナトリウムなどを適度に含んだものがよいのでしょう。

また水風呂に入るのも、これは常識的に考えてその時の体調や、水の温度などによって適切に利用することも不可欠でしょう。

要は、サウナそのものが身体にいいとか悪いとかではなくて、利用の仕方によってメリットもあればデメリットもある、ということで、利用方法には注意していきたいものです。


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 先日、「最近横文字ばかりで・・・云々」という記事を書いておきながら、またまた横文字で申し訳ありません^^

先日の記事は、SDGs、つまり「持続可能な開発目標」というものについてでした。

この「持続可能性」について調べていると、この「エコロジカル・フットプリント」という言葉にぶつかります。

これはSDGsに比べて、日本語に直訳するのが少し難しい言葉ですが、あえて直訳すると「生態学的な必要面積」という感じでしょうか。フットプリント自体は「足跡」という意味ですが、工学の分野でも「xxに必要な広さや面積」という意味で使われます。

このエコロジカル・フットプリントというのは、Wikiによれば、

「地球の環境容量をあらわしている指標で、人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産および廃棄物の浄化に必要な面積として示した数値である。通常は、生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積として示される。」

ということで、つまりエネルギー消費にしろ、二酸化炭素の排出量にしろ、地球の限られた資源を使い、限られた「地球」という惑星に廃棄物が垂れ流されたときに、どの程度の「負荷」つまり「負担」を担わせるか、ということを、それらがきちんと吸収されるのに必要な地球面積(フットプリント)として表しています。

 これで言うと、もちろん資源の消費が盛んで、廃棄物(排出ガスも含めて)が多いほどこのフットプリントが大きいわけで、勢い、先進国のフットプリントは相対的に大きくなる。 

国としてのフットプリントは、この「一人当たり」のフットプリントx人口なので、国によっては大きくなるところがありますが、基本的には一人当たりのフットプリントを評価することで、その国のエネルギー消費と廃棄物の量が「持続可能」か、ということを判断する指標とするわけです。

これによると、すでに人類は「持続可能な」数値を超えるフットプリントに達していることが明らかになっていて、今のこの世界の人類が今のままの生活を送ろうとすると、地球がいくつあっても足りないほどの「負荷」を与えていることがはっきりしています。

つまり簡単に言えば、今のままの状態ではすでに「持続可能ではない」、地球環境は維持できない、ということ。

昨日の「王侯・貴族以上の生活」ということで書いた「現代の」私達の生活は、この持続可能性の犠牲の上に成り立っているわけです。

 持続可能性については、経済学者のハーマン・ディリーが、次の三つの簡単な定義を示しています。

1.土壌、水、森林、魚など「再生可能な資源」の持続可能な利用の速度は、その供給源の再生速度を超えてはならない。
 ⇒ つまり、例えば魚を取る場合、その魚がどんどん数が減っていくようなとり方をしてはいけない。

2.化石燃料、高品位の鉱石、化石地下水など「再生不可能な資源」の持続可能な利用速度は、持続可能なペースで利用する再生可能な資源への転換する速度を超えてはならない。 
 ⇒ つまり代替手段が開発されるまでもたせなければならない。

3.「汚染物質」の持続可能な排出速度は、環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を超えてはならない。
 ⇒ つまり環境汚染がどんどん蓄積するようなことがあってはならない。

定義としては単純ですが、この三つの「持続可能性」のどれ一つとっても、今の人類は守れて居ないことは明らかですよね。

リサイクルにしても、ただ単にリサイクルすればいい、というものではなくて、それが環境負荷を軽減する方向に行くだけの「実際の効果」を上げなければ単なるポーズか自己満足に過ぎない、ということでしょう。

この現状を本当に突き詰めて考えると、もう「経済が発展する」「成長する」という今まで「善」とされていたものも見直さなければいけないのかもしれません。

そう言えば、先般の参議院選挙の候補者たちの「公約」やら「取り組み」の中身は、すべて「生活を向上」させ、「経済を発展」させ、より「豊かな」国を作る、ということに関してはどの政党も候補者も同じでしたね、手段が違うだけで・・・・。

 もちろんこれ等は私達有権者の望みではあるにしても、それでなおかつ「持続可能な地球」をつくることができなければ、長い目で見たときにはこれらは「善」とは言えなくなる、ということでしょう。




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 またまた記録的な暑さの「夏」がやってきましたね。

昨年のように、また35度越えの日が続きそうで、異常気象がだんだんと「普通」になってきているような感じです。

おりしもヨーロッパでは各国が軒並み記録的な暑さに見舞われ、例年それほどの暑さでないところでは冷房設備もないところも多く、ある意味「殺人的な」暑さのようです。

 ヨーロッパなどに旅行すると、バッキンガム宮殿を初めとして、いろいろと昔のxx家の宮殿やら別荘などを見学する機会があります。

確かにものすごく贅沢な作りで、広大な邸宅と庭園と、荘厳な室内装飾や美術・絵画のオンパレードには圧倒されます。さすがに「王侯・貴族」という名にふさわしい、豪華絢爛たる建物ではあります。

・・・・が、そこに住んでみる気が起きるか?と言うと、絶対にNOですね(住めるわけもないけど・・・笑)

もちろん、こんな館には「冷房」はありませんし、暖房にしてもだだっぴろい部屋に暖炉が一つのような感じで、とても暖かくなるとは思えないような・・・。

一方で現代の家は、と言うと

 アメリカに住んでいた頃は、中流家庭の家らしく、4ベッドルーム・2.5バスルーム(お風呂付が二部屋、トイレだけが一部屋、という意味)の家に住んでいましたが、広さこそ200㎡を超えていましたし、集中冷暖房でほぼ一年中全館冷房か暖房が入っている、という家でした。どこかしら安っぽい作りではありましたが^^

 また日本に住んで見ると、広さこそ100平米そこそこの二階建てですが、キッチンや風呂、トイレなどの設備はアメリカよりも立派。 冷房・暖房は個別の部屋のエアコンなので、全館冷暖房というわけではありませんが、それでも必要に応じて使えることは使えます。

昔は今のような「異常」気象もなく、多少過ごしやすかったのかもしれませんが、そういう意味では、現代の「家」の方が過ごしやすいのかもしれません。

そう言えば、家だけではなく、食事なんかは、例えば昔の日本の大名や、将軍ですら、今の私達のような食事はしてなかったのでは、と思います。将軍などは、いちいち「お毒見役」が先に毒見をしてから食べていたらしいので、暖かい食事もなかったかもしれません。

そう考えると、衣食住のうち、「衣」はまあ時代によって異なるから仕方がないにしても、残りの「食」と「住」に関しては、現代の私達は、下手をすると昔の「王侯・貴族」「大名」以上の「生活の質」を享受出来ているのかもしれません。

これで不平・不満を言ったらバチがあたる?(笑)


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