57歳からのピアノ -20ページ目

57歳からのピアノ

思い切って、ここは「音楽」関係、それも、2011年から始めたピアノの話題を中心につづっていく事に。
 ★2019年1月 65歳! ピアノを始めて丸8年が経過。上達どころか後退か??ながら、少しでも前に進むよう楽しみながら継続中。

 娘は来日以来、姫路、神戸、京都、奈良、大阪とJRパスを利用して、彼氏と二人で飛び回っていましたが、昨日やっと帰京^^

これから3日間ぐらいは特に予定もないようで、これから浅草と東京スカイツリーに繰り出すそうなので、お付き合いしてきます。

 しかし毎日こんな格好でふらふらしていて、完全に「外国人」ですね、これって・・




ともあれ、この二人、将来的にどうするのか、親としてははなはだ心配ではあります。

娘は来年、大学院を卒業して、なんとアメリカ空軍に就職が決まっている。奨学金をもらっている関係で、入隊は必須。何年かは必ず勤めないといけない。

対して、この彼氏は現役の海軍士官! 当然、任地など選べないだろうから、この先どうするんだろ?


一方、息子の方は、独身を満喫中。

今は飛行機免許に夢中・・・

 今朝LINEで送って来た写真では、とうとう単独飛行をした「らしい」。



これを操縦しているのが息子「らしい」。(誰が撮ったのか知らないけど・・)

「らしい」というのは、LINEで返信したけれど、その後の返答がなく、正確な状況はわからないため。

こちらはこちらで、娘とは正反対で一人でふらふらしているので、それはそれで将来が良く見えない。

 いずれにしても、二人ともアメリカに居るので、こちらとしては何かあっても、いつも「事後報告」www

事前に相談されたこともないし、もう何があっても、逆になくても、もう完全に親の手は離れている・・・

仕方がないことではありますが・・・・心配は心配です^^



  にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ  にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
          にほんブログ村




 『天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず』

言わずと知れた福沢諭吉の「学問のすすめ」にある有名な冒頭の一節である。

この一節に「限れば」、その意味するところは良くご存知のように「人間はすべて平等であって、身分の上下、貴賎、家柄、職業などで差別されるべきではない」という、人間は生まれながらにして平等であるので差別はいけない。ということを言ってはいる。

しかし、この後の文章では、「実は、それなのに世の中は平等ではない。」と断定し、身分の違いもあるし、職業によっても差別されたり、もっと言えば金持ちかそうでないか、成功者かそうでないか、などさまざまな「違い」での差別が存在する。

この後に福沢諭吉は、これらの差別というか「違い」が何によって生み出されるか、ということに関して、

「これらの差は、生まれつきのものではなく、学問をしたか、しなかったか、による」

と言いたかったらしく、だからこその「学問のすすめ」なのだそう・・・


どうでしょう?

なんかなぁ~・・・・と、「人間は生来、平等である」という『理想論』から始まって、でも現実は・・・という『現実論』になったあげくに、その違いの原因を「学問をしたか、しなかったか」に求める、って、何か知識や身分による「差別」を肯定しているかのように感じてしまいます。

その上にたって、差別される側ではなくて、君達(慶応義塾の学生?)はもっと学問をして「差別する側」になるんだよ、と言っているようなものではないか、と思ってしまいます。

 おりしも、先般の池袋の「高齢な」ある社会的な身分のある方の暴走事故に端を発して、ありもしない「上級国民」とか「下級市民」とかの言葉が語られるようになりました。

「ありもしない」と書きましたが、もちろんそれは「制度としては」とか「確固とした身分、階級としては」ありもしない、ということであって、我々庶民は、日本においても画然としてなんらかの「差」があることを感じているからこそ、こういった言葉が出てきたんだろう、と思うわけです。

上の福沢諭吉の言葉に立ち返ってみれば、この方は「学問をし」「それなりの身分になり」(なにせ高級官僚ですから)、今の世の中では完全に「勝ち組」「成功者」の一人でしょう。

 だからと言って、この人のやってきた「学問」がこれらの差別をなくす方向に働いて、「理想論」である万民平等の方向へ人々を導く、という話ではないわけです。

こうやって見ると、世の中になぜ「差別」があるのか、というのは「学問の有無」によるのではない。

確かに「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造ら」ないかもしれませんが、人の上に人をつくるのも、人の下に人をつくるのも「人間」でしょう。

特に、「いじめ」にみられるように、人はともすると自分以外の誰かを「自分より下」に作りたがる傾向があります。

それは身分や階級の高い人間よりも、ともするとそれらが低いと思われる人に顕著に見られる傾向でもあります。

つまりは、誰しも「相対的に」自分は最下層ではない、という状況を作り出す「動機」をもっていて、それこそがこういった「差別」を生み出しているんでしょう。

そういった意味で、「ありもしない」上級国民や下級市民というのは、これからも厳然として「現実的な意味で」存在し続けるのかな、と思います。



  にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ  にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
          にほんブログ村






 「傘がない」。

言うまでもなく、井上陽水の代表作である。

この歌を聴いたのは確か学生時代だったと思うが、当時フォークギターをほそぼそと一人で弾き始めていた身には、ありふれたフォークソングの中の一曲でしかなく、特にその歌詞を考えることもなかった。

 ただ、ちょっと世の中を突き放して見て、それよりも自分のことが大事、という、いわば個人主義的な感じを出したのは、当時の世の中に対する「皮肉」なんだろうな、と感じたのは確か。

その歌詞はご存知のように

「都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども問題は今日の雨。傘がない
  (中略)
 テレビではわが国の将来の問題を
 誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
 だけども問題は今日の雨。傘がない。

 行かなくちゃ。
 君に会いに行かなくちゃ
  (以降 略)」

と言ったものですが、これを見て「社会的問題に向き合わないミーイズム(meism: 自己中心主義)の登場とも言われた」(Wikiより)し、「筑紫哲也は「傘がない」を聴いたとき、「すごいのが出てきた」と面白がった。筑紫はキャスターを務めたテレビ朝日『日曜夕刊!こちらデスク』で「傘がない」を流し、2番を歌った。筑紫は深刻な顔で自国の将来を語るような憂国の番組にしてなるものかと思ったのである」そうである(同じくWikiより抜粋)。

 このブログで、やれ「日本の将来」(日本人の勝算)やら、ましてや「人類の未来」(サピエンス全史、ホモデウス)などを憂いていても、そんなものは社会になんの影響ももたらさないし、自分の今後の生活には何の関係もない。

そんなことより、問題は、「老後の生活」であり、「健康問題」であり、「医療費や介護費用の高騰」であり、10月からの「消費税の値上げ」と、それに伴う今日・明日の生活費である・・・・

というわけだ。


 日本の「失われた10年」がいつのまにか20年になり、30年になろうとしている今、その世界でもまれな「デフレ」「大国の景気の低迷」がいつ終わるのか、未だに見えない状況が続いている。

アベノミクスなんて一時は持ち上げて騒いだけれど、その恩恵を受けたのは一部の株長者ぐらいで、一般の庶民は、「賃金が上がった」「失業率が下がった」なんて言われても、その実情は、「実質可処分所得の低下」と「非正規労働者の増加」だったことにすでに気づいている。

昨日の記事で触れたアトキンソン氏の「日本人の勝算」を読むと、明らかに上に挙げたような「個人的な問題」は、日本という国のこれからの在り方に大きく依存しているし、今のような小手先の対策・施策ではどうにもならないのがわかる。

それでも、日本人は、そして日本の政治は、「傘がない」で過ごすのだろうか?

 さて、今日のランチには何を食べようかな? そろそろ買い物に行かなくちゃ・・・

それに今日はスーパーX○では△△の特売だしね。一週間分の買いだめをしてこよう!


  にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ  にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
          にほんブログ村







 なんでこうなるの?!と言いたくなるほどタイミングが悪い!

 昨日、「日本人の勝算」という本を読んでいます、という記事を書きましたが、実はもう一冊、同時に借りている本があって、それは



お気に入り(?)の橘玲の「『リベラル』がうさんくさいのには理由がある」という本。

もうタイトルからして、貸し出し期間2週間で、この2冊読みきれるのか!という感じですが、そんな時にまたまた図書館から連絡が・・・

予約していた本が、順番が回ってきたので取りに来てください、という連絡。

実は、予約したときは35人ぐらい先約があって、まだまだ順番は回ってこないだろうな、と思っていたこの本。

    

 サピエンス全史 ー 文明の構造と人類の幸福

先日読んだ(というか途中で力尽きた^^)ホモデウスの著者ユバル・ノア・ハラリの本で、実はこちらが読みたかったのに予約が詰まっていたのでまずは読んだのが「ホモデウス」でした。

それにしても、ちらっと読んで見ましたが、こちらはホモデウス同様にかなり手ごわそうです。

先の二冊を読みながら、このサピエンス全史の上・下を全部2週間で読める気がしない^^

なんで、あんなに予約が入っていた本が、このタイミングで順番が回ってきてしまったのか・・・。まあ、これをパスするとまたまた何十人も待たなくてはならないので、仕方がありません。

 ということで、いろいろ多忙な中ではありますが(どこが!笑)、晴れた日は暑くて外に出たくないし、もちろん雨の日は外を歩き回りたくもないので、どちらにしても冷房を効かせた部屋にこもって読書三昧になりそう・・・。つまり晴耕雨読ならぬ「晴読雨読」。

「いい昼寝の材料が手に入った・・・」では終わらないようにしないと、ですね。


  にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ  にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
          にほんブログ村



  「この30年間、日本で起きたさまざまな出来事を目の当たりにしてきました。日本経済の低迷、それに伴う子供の貧困、地方の疲弊、文化の衰退ー見るに堪えなかったというのが、正直な気持ちです。」

「あつかましいといわれても、大好きな日本を何とかしたい。これが私の偽らざる本心で、本書にこめた願いです」

こういった「はじめに」にある書き出しで書かれた話題の書、



を読んでいます。

著書は数々の日本社会に対する提言で知られるデービッド・アトキンソン氏。

この方の分析はいつも『新鮮』かつ『刺激的』です。

今の日本の状況を一言で言うと「崖っぷち」。もう崖から転げ落ちる寸前のところまで来ている、というのがこの人の「観察」です。

『少子高齢化」や「人口減少」そのものの問題点は多くの書物で指摘され議論されてきていますが、この二つの「人類史上未曾有の危機」を同時に経験する日本という国に、はたして明日はあるのか?という切り口で書かれた本書。

日本の置かれた状況は、例えて見れば、

「昭和に始めた個人商店A。若い二人が夫婦で始めたこのA商店も、昭和の高度成長に乗って事業を拡大してきて、子供も三人に恵まれ、この子供たちもこの店を手伝ってくれて、ますます業容は拡大してきました。

ところが、この第1世代の老夫婦が引退して、長男夫婦が店を継いでくれたのですが、長男夫婦には残念ながら子供が一人しかいません。

でも幸い、この一人の子供、つまり第1世代からすると第3世代にあたる孫が成長して、このA商店を両親と一緒に切り盛りしてくれています。

ただ、この孫は結婚の気配がなく、つまりは第4世代がまだ期待できません。そうした中、第1世代の祖父がまず亡くなり、祖母は要介護になり、第2世代の二人が「老々介護」で世話をしていたのですが、この二人もすでに70歳前後となり、自分達の医療費もかさんでいます。

つまり、働き手が一時最大5人にまで増えたこのA商店も、今は孫の一人と時々手伝うぐらいになった第2世代の夫婦二人なのに、介護費用と医療費が膨らみ続けています。

悪いことに、この第2世代の両親も、遠からず働けなくなりそうで、そうなると孫の一人が、なんと祖母と老両親の計3人を支えていかなくてはならなくなります。

これで、このA商店の業績を拡大してゆけるでしょうか?そして、この第3世代のお孫さんは経済的にやっていけるでしょうか?」

お分かりのように、この商店Aというのが今の日本です。この上の「例」は私が今でっちあげたので(笑)、かなりの齟齬がありますが(^^)、本質的な事情はそう変わらないと思います。

未だに「景気浮揚」とGDP拡大をめざしているように見える日本ですが、はたして構造的に、原理的に、それが可能なのでしょうか? いや可能かどうか、ということ以上にその方向へ向き続けていることははたして「正しい」のでしょうか?

誰も「日本なんてどうなってもいい」なんて思っては居ないと思います。

でも、じゃあどうしたらいいか、という点で今の政治は、あまりにも今までのしがらみと目の前の利権にしばられているか、旧態依然の「政策」に終始している感があります。

 この本でアトキンソン氏が指摘しているのは、今の日本は大きなパラダイムシフトの真っ只中にあるということ。

この視点も何も目新しいものではないのですが、それに対する「対策」を考える手法に於いて、アトキンソン氏はやはり秀逸です。

 このパラダイムシフトの本質を見誤ると、意図する、しないに関わらず、日本の未来はかなり暗いものになりかねません。

好きな「日本」のため、そして次世代の「日本人」のため、今私達ができることを真剣に考えていきたいものです。



  にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ  にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
          にほんブログ村