最近、カミングアウトしてから

友人と毒親の捨て方について

語り合ったりしています。

 

数年前なら想像もできなかった事です。

 

 

友人の一人がこんな事を言いました。

「親が毒だと結婚にも影響するんだよ。」

 

「でさ、親が毒って気付くまで

結婚生活が地獄だったりしてさ

でも、今になってみれば

悪いのは相手じゃなくて毒親だったんだなって。」

 

彼女と私は同じような事を毒母からされて

育っています。

 

彼女にも私にも弟がいて

溺愛されていました。

 

食事の後で、自分の食器だけをシンクに持っていけば

意地が悪いと責められ「弟の分もやって当たり前」

一事が万事。

 

最初に話した時に、お互いびっくりしましたが

最近、ネットで読む毒親の記事にも

同じことが書かれていて

毒母っていうのは皆同じなんだと驚きました。

 

もう一つ、彼女と私が共通でされた事は

家事の強要でした。

 

洗米、後片付け、洗濯ものを取り込んで畳む。

それを忘れると発狂されることも同じ。

 

彼女は部活の前にダッシュで家に帰り

洗濯ものを取り込んでいたんだそうです。

 

そして私にはなかったのが

おばあちゃんの介護です。

 

父方のおばあちゃんなので母親にとっては姑。

二言目には「あんたのおばあちゃんでしょ」と

言われたそうです。

弟にとってもおばあちゃんだ!と言い返したら

いきなり往復ビンタされたと言います。

 

その彼女が「毒親と結婚離婚」についての考察を

語ってくれて、ブログに書いていいよと言うので

続きをまた書こうと思います。

 

最初は身体が蝕まれるほどの辛さに耐えかねて

少しでも吐き出すために始めたブログ。

 

書くという行為は、癒しになるのか

少しずつ気持ちが楽になり

「今」の辛さが「過去」の辛さになり

自分がされて来た事は決して躾ではなく

虐待だったと認識し

我が親は毒親、それも猛毒親だと理解でき

あの暴力の数々は間違いなく犯罪だと確認できたのに

 

それでも親を捨てることは罪悪なのだと

そういう思いは払拭出来ないままでした。

 

虐待をカミングアウトしていない人たちからは

親不孝だと責められ

話した人たちの中でさえ

「それでも生んでくれた親」

「育ててもらった恩がある」

「親だってあなたの為を思って」

「どんな親でも年を取れば丸くなるんだから」

そんな言葉を言われるたびに

正直、辛いと感じました。

 

友達や周囲の人が

モラハラ男やDV男と付き合っていたら

絶対に別れなよ、と助言するはず。

旦那さんがDV男なら、逃げるように言うはず。

 

それなのにDVやモラハラが親の行為になった途端

我慢するのが正しい、赦すのが正しいって

なるのはなぜなんだろう?

 

最初は「今の辛さ」を吐き出すためだったブログ。

それから「過去の現実」を直視したり

「親が毒」なことを客観的に認めたり

ここに書き出すことで

そういう事が出来るようになり

いまは「親を捨てる自分を許す」ためのブログに

なったように思います。

 

暴行も暴言も

親が子を虐待することはすべて犯罪。

 

少なくとも、過去に私がされたことは

現時点では犯罪です。

 

だからそんな毒家族を捨てても

全然悪くない。

むしろ正しい。

だから罪悪感なんて持たなくていい。

軽やかに親を捨てていいんだ。

 

そう自分に理解させたい今日この頃です。

「おじちゃん」が癌でホスピスに入った時。

私は毒母に呼ばれまだよちよち歩きの子を連れて

お見舞いに行きました。

 

もう意識はなく

ただそこに横たわっている「おじちゃん」を前に

私は言葉もありませんでした。

 

「W子が来たよ。」

「〇〇(毒弟)は連れてこれなかったよ、

ごめんね。

でも孫が一緒だよ」

 

 

私はその「孫」という言い回しが少し嫌でした。

 

「おじちゃん」は確かに毒父より優しかった。

でも、あの幼い日の毒母が口に咥えて火をつけた煙草を

「おじちゃん」に渡した淫靡な光景が脳裏に浮かんで

なんだか我が子が汚されたようで。

その事ばかりに気が行って、なぜ毒弟が来なかったことを

毒母が謝罪したのかにまで気が回りませんでした。

 

 

後から考えるとおかしな話です。

毒弟が物心ついてからは

決しておじちゃんと私たちが一緒に出掛けることは

なかったのに。

 

 

おじちゃんの病室で

毒母はすぐに私に「しばらくおじちゃんと二人きりにして」

と言って、部屋から出ていくように言われました。

 

高台のホスピスで周囲にはなにもなく

病院内を勝手に歩き回るのも憚られ

途方にくれながら毒母を待ちました。

 

何時間も小さなこどもを連れて

なにもないホスピスの周囲を歩き回り

疲れた子を抱っこして

そうこうする内に辺りは真っ暗に。

眼下に広がる夜景はとてもきれいだったけれど

寒くて、なんだか我が子に申し訳なくて

一体、何時間あんなところに居たんだろう。

 

それでも、当時はまだ母親を好きで

味方でいたかった私は気持ちを慮り

何も言わずに待ち続けたのでした。

 

 

数年前からなんとなくモヤモヤした感じがして

いろんなことを整理してみたら

毒弟は父親は私とは違うのではないかと

考えるようになりました。

これはもう女の勘です。(笑)

 

毒母は夫に実の娘を甚振らせる一方で

愛人の息子を溺愛させた。

 

散々、浮気された事への復習でしょうか?

 

そう考えると、私を陥れるためには

手段を択ばず、嘘をつき演技をして

息子には常軌を逸した溺愛ぶりをみせたことにも

納得がいくのです。

 

私の子には強引に自分で名前を付けた毒母。

毒弟の名前は毒父とその父親である毒祖父が

名付けました。

三代で同じ漢字を受け継ぐキラキラネーム。

三人お揃いです。

 

その名の由来を誇らしげに人に披露する陰で

本当は不本意だったのかもしれません。

 

だから毒母は三人お揃いの部分は呼ばずに

「○○」とあだ名をつけ

おじちゃんもその名で呼んだのでしょう。

 

いつか、毒父そっくりの言い回しで

「てめえの実の子を虐待して

愛人のこどもを溺愛するなんて

てめえは馬鹿か?

ノータリンじゃねえのか?

ま、せいぜい血の繋がらねえ息子に可愛がってもらうんだな」

 

なーんて言ってやりたいと少しだけ思う私なのです。