ものかき子*クロニクル -4ページ目

ものかき子*クロニクル

主婦・母・そしてフリーライター。

3足のわらじを器用に履きこなせるのか??私!!!

「勝手に編集後記」もアリ。

昨日は仕事が思いのほか早く終わり、そのまま中華街へ寄ってみました。

聘珍楼茶楼でかなり遅めのお昼を食べて、フラっと手相を見てもらうことにしました。


観光客相手で慣れているのか、手相を見てポンポンと

「あなたはこういうところがあるわ」と言われる。

私は

「そうなんですよね~」と頷く。

まあ大体が自己分析してわかっている内容なんですけどね。


そういえば、私、仏眼紋があるんですけど、それを見て

「お墓参りに行った方がいいわよ」と言われました。

仏眼紋でそんな風に言われたのは初めて。

お墓参りに行けない場合はご先祖様に感謝の気持ちを持つとよいとのこと。

ということで、今日もお礼の言葉を。

“ご先祖様、今日もありがとうございます”


あっという間に手相鑑定は終了。

時間もあるようなので、そのまま算命学も見てもらう。

手相1000円 そのまま算命学をやってもらうとプラス2000円。 

まあ、料金的には妥当なところかしら。


椅子に座ると 「何が聞きたいの?」とおばちゃまに聞かれる。

「家族運と仕事運です」と答える。

すると、おばちゃまは子供の歳を聞き、私に話し始める。


「いい?13歳からは子育てに父親の力が必要なの。

12歳までは母親が世話をしながら現実を子供に教えるの。

13歳からは父親が精神的なことを教えていく役割があるのよ。」


初めて聞きましたよ私。

13歳と言えば、父親に対してちょっと違った感情が生まれてくる頃でしょ。

うちの娘にもその傾向が出てきたのよね。

でも、それも半分私の影響なんですって。

まあ、確かに娘の前でグチを言ってしまっていたわ。

「毎日、キムチ食べすぎ!」とか、

「毎日、ふりかけ かけすぎ!」とか。  ←我ながら小さいことだ。。。。

まあこんな小さなことから、

仕事が忙しくなるとイライラする主人の態度もどうも好きになれなくて。。。

そんな私の感情が娘に伝わってしまってたのね。


ここは私、素直に反省。


家に帰ってきてこのことをネットで検索したら、なんと「父親の役割」としてWikipediaに載っていた。

これって、私が知らないだけで、有名な話なんですか?


私のことを占う前に、すぐにこの言葉を私に言ってくださった占い師さん、

ありがとうございます。

これだけでも2000円の価値はあったわ。  ('-^*)/





母には兄がいます。



叔父夫婦には子供がいないこともあり、

私が小さい頃にはあまり会う機会もなかったのですが、

ここ数年、我が一族にも弔事が増え始め、叔父と会う機会が増えていました。

7年前、久々に再開した叔父は歳を重ねて、私のお爺ちゃんそっくりになっていました。



私の大好きだったお爺ちゃんに。



私は叔父と話すのが好きでした。

それは、お爺ちゃんの面影を重ねていただけでではなく、博学で温和な叔父の人柄がとても魅力的だったからです。



叔父の温和な人柄は昔からのようで、やんちゃだった母は随分と叔父に助けら

れていたようでした。



・ 川で泳いでいて流された時





・ こえだめに落ちてしまった時




・ 寝床に初めて食べたシュークリームを持ち込んで、朝、クリームだらけになってしまった時



・ 疎開先の親戚の家でおねしょしてしまった時




こんな母のピンチの時、救ってくれたのは叔父だったようです。
おねしょした布団を大人達に内緒に干してくれたんですって。





そんな心優しい叔父が逝ってしまいました。




「いい人から逝ってしまうね。」

電話で淋しそうに呟いた母の言葉に私も切なくなりました。






そういえば、数年前の父の葬儀の時、

ある程度きっちりと葬儀の段取りをしようと気張っていた私に

叔父が優しく笑いながら

「大丈夫だぞ。だれも文句を言うような人、ここにはいないからな~。」と言ってくれました。

その言葉に私は救われたし、同時に気づかされた。



母の話を聞いても、叔母の話を聞いても、とにかく優しい人だった叔父。



知的だけど、なんだか空気が柔らかいそんな素敵な人柄だった。



父の法事の後、みんなでお茶をする時、決まってホットチョコレートを飲んでいた叔父。



そして、子供時代の母の話をしてくれた。

またお茶しながら、私が知らない母のやんちゃぶりをもっと聞きたかったな。



残念ながら、それは叶わなくなってしまったけれど、

叔父の存在から学んだことを少しでも生かしていけるといいな。








叔父さん、今までありがとう。



そして、お疲れ様でした。



















お久しぶりです。

なんだかブログが書けずにいました。


今年の春で私の生活、価値観は一変すると感じていたのですが、

あの地震以来、3月11日を境に世の中も一変したのだと感じます。


まずは知りたくもないでしょうが、私が一変するであろう理由について。

私が個人的に変わると思っていたのは、娘が小学校を卒業すること、そして彼女の受験が終わること。


学生時代の友達に私が仕事よりも家庭、子育を優先させている状況に驚かれたことがあります。

そう、思ったよりも子育て優先人間だったんです、私。

これは母性が強いと言われる蟹座の宿命なんでしょうか。

ということで、私は娘が小学生のうちは子育てを優先させるというスタンスでやってきました。

そのスタンスから解放されるのが2011年3月だったのです。


そして、中学受験。

これは親子共々多大な時間、労力、お金を必要とします。

うちは彼女がこれからもバレエに打ち込みたいという意思が固かったこと、

あと、勉強の体制を1本化したいという思いから中学受験をしました。

中学受験をしながらも、私は中学受験に対して手放しで賛成する気には、やはりなれないのです。


小学生のうちから、夜遅くまで塾で勉強しなければいけい状況はやはり子供の正常な姿ではないと思います。

そして、偏差値重視の勉強態勢にも大きな疑問を感じます。

数字化されたもので、物事を判断するような人間にはなってほしくない!!私は切に願っていますから。。。


このように、実は子供に受験勉強をしてもらっていた3年間、私は自分の中のモラルと葛藤していました。

自分の理想とは間逆のことを子供にしてもらっていた負い目です。


そんな呪縛から解き放たれるのも2011年2月でした。


この2つのから私が自由になった時、私はどんな感覚で毎日を過ごすのだろうと。


そうすると不思議なもので、よいのか悪いのか、昨年あれだけ忙しかった仕事も2月と3月で終了してしまうことに。


心理的にも物理的にも変化を迎える2011年春を、仕事と受験のサポートに追われた忙しい日々の中、

私は待ち構えていました。