今日5月2日は薪割り機を使っての薪割り。直径3,40センチの松を長さも3,40センチに玉切りし、薪割り機にかけます。40個ほどを割って、軽トラに積んで、家に運んで薪置き場におさめました。自分がやったように書きましたが、私は味噌汁を作っていただけでした。息子がやった仕事です。雨がひどくなる前に終わってよかったです。

 庭のもっこうバラがアーチをつくりました。モミジが実をつけた。

 

 

 

 ご存知ない方もおいでかもしれませんか、これをつけた方が困っていたら助けてあげてください。

見た目はなんともなくても、体のどこかに故障や病気をもっていたり、目や耳が不自由であったりします。

このマークを知らないことでのトラブルもいろいろ起きているようです。

 このタグをお持ちの方はぜひ連絡先と悪いところを書いておいてください。倒れた時に素早い対応ができます。

覚えておいてください。

 

 28日は中京学院大学の健康栄養学科の先生と生徒さんたちと私たち観光協会の「域学連携事業」で一日交流会を行った。

午前中は坂下地域の歴史、現地見学。午後からはきりら坂下でそば打ち。食事には、イノシシのミンチを使った料理もくわわり、午後からは交流会でした。若い人たちの関心はインスタ、ライン。その視点からの発言も多く、面白く、勉強になった。かわいい、おしゃれという言葉が飛び交った。

 29日は「第6回もったいな市」お天気に恵まれ、大盛況でした。私も小物を並べたり、q+(キュウプラス)のユニット名で三曲。また藤井さんに助けてもらいました。

先日の新聞記事「復活展 みっつ」と「土器を焼く」の新聞記事を載せておきます。

朝日新聞、中日新聞、恵峰ホーム・ニュース二つです。

 

 今日は少し寒かったので、ギャラリーのストーブをたいた。昨日きたけどしまっていたので今日来たよ。という方が最初のお客さんだった。ありがたい話です。

 午前中に坂下の歴史に詳しい方が見え、とても興味深い話ができた。12000年前の話から、阿寺断層、河岸段丘などの地勢学の観点から見た坂下という場所の話。私の家は阿寺断層上にあるのでとても面白かった。私の家の畑の東南の道は古道(こどう)という道で、中山道が妻籠を通る以前の主要な道のひとつだったこと。そして道は一つではなかったこと。目的によっていろいろな道があったこと。雨が降ったらこっちを通る、あのお寺へはこの道、あの神社へはこの道というように違う道を歩いていたという話。

 一番面白かったのは、その時代の人がどう考えて動いていたのか、今の見方でその時代を見ないこと、など。

 私も土器づくりの教室の時にこんな質問を受けたことがある。「縄文時代はどんな人が作っていたんでしょう?、アマチュアの人も作っていたんですか?教室みたいなものはあったんですか?」というものだった。

 そのストーブで筍をゆでた。