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ヌートリノ
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【実存主義超市場派】
 梶が谷駅前の東急ストアのあまりの値段の高さに、とうとう実存の揺らぎを感じた。独占価格の設定の恐ろしさを日々感じている我々に死角は無い。ちなみに今日は隣駅の平均の2倍の小売価格の商品を発見した。
 高いだけなら買わなければ良いのだが、店内に延々と流れる「生活応援宣言」を聞いて、私は東急ストアには決して屈しないことを誓った。なんでも「メーカーの相次ぐ商品値上げに追随せず、特価品の設定で消費者に還元する」のだそうだが、元から2~5割は当たり前に高く、特価品が隣駅の標準価格帯というスーパーマーケット(以下、超市場)が言うにはあまりにも白々しい。
 高くとも新鮮で質が良ければ大歓迎なのだが、隣駅よりも古く、商品のラインナップも代わり映えせず、売り方にも工夫が無く、提案力も低く、このような超市場には社会的制裁が加えられるべきだと考えるに至った。それ故ほぼ隣駅の超市場やデパートに買いに行くようになっていたのだが、今日は母の荷物持ちだった為に起こった悲劇であった。
 しかし全体を俯瞰してみるなら、これは規模の問題に過ぎない。超市場が1つしか成り立たない規模の町で我々はどう生きるか、という命題を日々突きつけられているのである。

【ゲーム会雑考】
 ゲーム会における時間の浪費についてである。ゲーム会の存在自体がそれであることについては考えぬ。
 ゲーム会においては幾つかの問題点があるが、ここで問題にするのは概ね夕方5-6時の時間の使い方である。丁度この辺りになると特別だらだらとした雰囲気になる。ゲームは大抵続いているが、結局7時、8時になっても終わらぬのだから、勝敗が見えているならこの辺りで切り上げても良い。全体に見て、引き上げるかどうか計りかねる様相を呈する。
 もし会の後に夕飯を食べに行こうというなら、5時半くらいにはきっぱりと切り上げるのが良かろうと思う。またその後の処置も問題で、大抵店決めで30分は余計に消費する。だからこそ飽きない程度に候補となる複数の店を探しておくことが肝要である。また全体のフローを整理する必要があるし、夕飯を食べない(で別のことをする)等の選択肢も有り得ると感ずる。後は傍系さんの終電の問題程度か。
 なんにせよ、戦史研におけるテニサー階級(=ρ)は去ったのだから、考え直すべきことは多くある。ともあれ、まずは店を探さなくてはならないので、「探索班」を結成したいと思う。無駄に夕方渋谷をうろつくことに賛同する勢力を募集する次第である。

箱根、上連雀、田亀

 今日はちょっと事情があって箱根まで行って来た。どうせもう機会も無いだろうから自動車で行ってみたのだが、峠の下りがこれほど面白いとは。自動車は通勤用としては甚だ不便なヴィークルだが、趣味としては結構な代物であると思った。
 面白いと言っても「攻める」わけではなく、ただアクセルもブレーキも踏まずに下って行くだけだ。10kmの行程をほとんどギアと勾配に任せながら下って行くと、えも言われぬ快感に取り憑かれ、ヴィークルに必要なのは原動機ではなく「変換機」なのだと実感する。
 それにしてもDSGは優秀な機構で、ATかMTかという選択肢は無意味だと教えてくれる。要するに運転手がどう運転したいかの問題に過ぎない。きつい勾配を1速5000-6000回転(40-50km/h)で減速もなく下って行くと、徒歩の観光客は最初どんな暴走車が来たのかと振り向くのだが、唸り声をあげるだけで速度の上がらない車が脇を通り過ぎるのをただ不思議そうに眺める。これがまた面白い。

【今日知ったこと】
 三鷹市上連雀は本当に存在する地名だった。それに感心して三鷹市フォルダを作った。そして田亀源五郎や伊藤文學と分離する作業をした。
 田亀先生のサイトに行く度にトップの警告文が胸に突き刺さる。そうだ、俺が大好きな「百合声優オタ」は妄想なんだ、あれらはスパムブログの類いに過ぎないんだ、ただ上連雀先生だけが現実なんだ。そう痛感させられる。
 ところで、やまとなでシコは何時になったら単行本化するんですか。

ユダヤ人は咎無くして責められる者ではない

 もっとこうスカッとするような痛快な物語は書けないもんかね。アンチヒーローみたいなのはもうウンザリだよ。

・「カエサルの物はカエサルへ」型
 貧しい者、虐げられる者、勤勉が取り柄の者などから奪い尽くし、領主や有能な者などに還元する義賊の物語。物語後半で実はこの義賊は存在しないことが判明する場合も。劇中では、前者の享楽的で救い難いさまが強調され、対照的に後者の苦悩と諦観が描かれる。

※分類名は別に徴税権の問題とは関係ない

・ループ型
 有能で高潔で熱意ある若者が上の世代を突き上げ、満足な成果を得られぬまま穏健化し、今度は自分が突き上げられる番に回る構造の物語。いわゆるエロゲ。これをハッピーエンドの形式で描くものを「アウフヘーベン型」として区別することもある。また有限ループと無限ループは異なる概念である、数学的に、たぶん。

・アンチ・スーパーヴィーニエンス型
 物語と読者の関係において定義される、物語のある種の分類。どの2つの物語も読者にとってまったく同一の心的状態を生起せしめるように設計された物語集合の族のこと。いわゆるラノベ。主に読者の博物学的趣向を満足させる為のものだが、しばしばそうとは知らずイラストに騙されて購入する層も存在する。似たような物語群を飽きもせず買い漁る読者たちを「哲学的ゾンビ」と称することも。