Study Hard -244ページ目

この追試は新しい

 講義の追試と演習の追試が別々というのが新しい。対面式というのが新しい。
 この試験方式ってガロアが試験官に黒板消し投げつけたというアレだよな。フラグ立ったな。

 しかしガロアだって数学「以外」のやる気はまったくなく、コーシーに送った論文も着想は素晴らしいように思えるが洗練されておらず……全然勇気づけられないね、畜生。

「チェレンコフ光。21歳まで生きるのはとても勇気のいることなんだよ」

Fall Negima

【最初に】
 途中の数学的ジャーゴンはすべて飛ばしても何ら問題ない。最初から【総括】に飛んでも何も齟齬は来さないはず。
 laeva君に対しては、コメント欄でのご指摘に直接答えることはしないし出来ないとだけ申し述べておく。なぜなら俺にとってこの話題は理由付けを必要とせず、ただ事実を構成できれば事足りるからだ。以下の主文の内容を理解して頂ければ何を言いたいのかが自ずと理解されよう。

【主文】
 laeva君のブログにつけたコメントについて説明。覚え立ての言葉を使いたくて堪らない子どものような感じで。
 炒飯氏には以前言ったが、日常に数学的構造を入れることぐらい朝飯前だ。無意味で良ければ。そういう感じのことだ。

 第一に、私がネギまを評価していないのは「狂気」が足りないからではない。但し、「狂気が足りないので評価していないと見なされる」ことは有り得る。引き戻しの行き先の問題。
 漫画等を評価する関数一般を以下のように定められるとする。X、X'は漫画等やそれらを構成する集合。Y、Y'は漫画等に対する評価集合。

 俺:X→Y
 la:X'→Y'

 このとき「ネギま⊂Ker俺」なのであり、俺(ネギま)=0ということになる。
 一方で、Im俺\{0}からXへの引き戻しをX''と置く。ここで「la(X'∩X'')=Y''」を考えて「Y''⇒狂気∈Y'」が示せればよい。これらが成り立つときに「俺は常にlaeva君が狂気と思うものを評価する」という事実が成立する。

 上は単純な集合論的世界観であって、この場合には俺はネギまを無価値と考えていることになる。しかし実際はそうではない。下に説明する。

 同様に漫画等に対する評価一般について考えることが出来るとする。その際のlaeva君の全空間をSとし、性質の良い集合族をA、一意的にある種の評価を下す測度をμとする。同様に俺もそれぞれT、B、νと置く。
 すると測度空間(S,A,μ)においては、ネギま(Nとおく)およびそれを構成する集合は性質の良い集合として扱え、μ(N)≠0となる。一方で測度空間(T,B,ν)においては、Nやそれを生成する任意の集合は集合族Bに含まれず、M∈Bなる集合があってN⊂Mでありν(M)=0となる。

 つまりネギまは俺にとってほとんど至る所0であり、それは最低の評価を与えているというよりは「測り難い」ということを意味している。仮に個別に各点の評価を与えられるならば、あるいは0でない部分もあるかもしれない。しかし可算無限個の0でない点を集めても0にしかならない以上、全体の評価には関わらない部分に過ぎないということになる。
 具体的には、個々に兵器が描写されたとすればそれに対する0でない評価はあるが、俺の評価基準は軍事システムに対して指向しているために全体として見れば0に過ぎないというようなことだ。一方でその兵器などが組織などの中に位置付けられ、軍事システムの一部として見なし得るとき、初めて0ではない評価が全体に付与される。

【総括】
 laeva君にとってネギまは意味のある一部ないし全体を構成しているが、俺にとっては相互に影響しない幾つかの要素が単体で見られるだけであり全体としては評価不能ということになる。

 普段俺がlaeva君にしている質問は以下のような意味になる。
「おーいlaeva。ネギまなんてせいぜいティルトローター機がちょっと出てくるだけの軍事システム的には何も見るべき部分がない漫画じゃーん。お前はこれの何を評価してるわけ?」

 つまり俺はネギまを適切に評価するための基準を持ち合わせておらず、一方でネギまを高く評価するlaeva君を不思議に思い、好奇心からどのような立場からするとネギまに高い評価を与え得るのかと聞いているのみである。他意はない。

【最後に】
 俺にとってネギまは零集合である。それは現代の解析学における零集合と同様に、深淵で不可思議で興味深い対象である。零集合に深く触れないようにしながら明快な世界観を構築して行く中に、しばしばその深淵が顔を覗かせるとき、我々は捨て難い魅力を零集合に感じる。
 この得体の知れない零集合を軽々と扱う人物が出現したらどう思うだろうか。当然ながら、一体どうやって測ったのかと問うだろう。そこに何が見えたのか問うだろう。そこから何が生まれるのか問うだろう。そういうことだ。

しかし笑った

 むこうぶちという麻雀漫画があるのだが、一番最初の方のコマのセリフが話題にのぼっていたので確認した。そうしたらなんとウチのビルが描いてあって笑った。父も笑っていた。
 そこで東空紅という雀荘が出てくるのだが、どうもウチのビルの2階にあった設定らしい。幾つかのコマから推察するに裏口の方が入り口だったようだ。このビルはやや特殊な構造をしていて、2階から裏に出る道がわざわざ作られている。どうも居酒屋か何かの入り口として使われていたらしい。

【6.17追記】
 かつてウチのビルの2階には中華料理屋の方の東天紅が入っていたことがあったらしい。東空紅のモデルは雀荘の方の東天紅だということなので、これで話が繋がった。

 数学の講義で笑った。
 定理4.1.3の証明を補題4.1.7の元で行い、定理4.1.3の証明にclaimがつき、claimの証明に補題4.1.4(証明済)を使い、次に補題4.1.7の証明に補題4.1.8を利用し、補題4.1.8の証明を変形し、補題4.1.8の変形に補題4.1.5を適用すればo.k.で、補題4.1.5を定義より証明。以上で一連の証明終わり。
 数学の体系は根本的にはどれでもこういう風に出来てはいるが、1つの定理の証明が完了するまでにこんなにあちこち回るのも学部レベルでは珍しい。もちろん簡単な式変形1つにも幾つもの定義や定理を使ってはいるのだが、そういう意味ではなくて。

 なんにせよ最近笑っちゃうことが多い。