Study Hard -123ページ目

一週間を四日

 俺のあるべき生活リズムが構築できる気がするんだ。農業全盛期は一日と十五日だったわけで、一週間が七日である必然性はない。個人的にちょうど四日周期くらいが理想の気がしている。
 旧約聖書を書き換えるのは難しいが、付け加えるのは認められている(遡る方向のみ)。つまり創造の前の章を作ってもいいわけだ。創造以前の章をこうしよう。

・現行の創造主は、相対的な創造主だったことにする。
・創造主の創造主は、一日目(と後に呼ばれる何か)に世界一般の原理を創造し、二日目に創造主を創造し、三日目にある世界の構造を被造物の創造主に与え、四日目に飽きた。

 旧約聖書に付け加えるなんて許されないと思う人がほとんどだろうが、実際はみな大いに付け加える作業を行っているのだ。単に聖書がその発表の場でなくなっただけで。というのは8割程度の冗談。

【構造主義の悪影響】
 朝、知り合いの大学生から父に電話がかかってきた。文化人類学と構造主義(ないしレヴィ・ストロースの神話に関する著作)について教えてくれというのだ。すぐにそのお鉢が私に回って来た。
 詳細は故意に省くが、要するに構造主義に対する俯瞰的な理解が無い上に、対象の話題に関する知識がまるで無いという二重苦に陥っていたようだ。構造主義と言うから「またか」と思ったのだが、レヴィ・ストロースの話だと聞いて安心して説明した次第だ。
 婚姻制度とその(数理)モデルが各種教科書に散見されるのは、彼の偉大なる功績に依る所が大きいよね。関係ないけど。

 しかしただでさえ忙しい朝っぱらにその説明に時間をとられたせいで、必要だったはずの調整が行われず、結果として家と駒場の間を二往復する羽目になった。
 どう取り繕おうと、構造主義が私の行動と精神に悪影響を与えたのは否めない。その後のゲーム会がもはやゲーム会の様相を呈さず、単なるPCゲーム会と化していたのもその影響だろう。

【メールアドレス案募集】
 どうもS竹先生は私の暫定メールアドレスが甚く気に入らないらしく変更を要求してきた。善処すると言ったので、善処することにする。
 彼もようよう戦史研に愛想が尽きたようだが、私などは3年前にとうに尽きているのであって、随分と時間がかかったなと思うばかりだ。
 念のため言っておくが、募集するだけで、変えるかどうかは知らない。

【新メールアドレス案】
 1.山田洋行社員用
 "Think-Act-Contribute.Yamada_Corporetion"

 2.1916
 "meat-grinder_feat.Verdun"

 3.すべての戦史研を終わらせる戦史研
 "The_Whr_To_End_All_Whrs"

 4.親中派
 "The_United_Kingdom_of_Great_China_and_Northern_Korea"

 5.親米派
 "The_United_States_of_Great_China_and_Northern_Korea"

しまった・・・

 俺の嫁の俺の嫁が俺の嫁かどうかは未検証だった・・・

機会主義者の饗宴

 無知と善良さとやる気が重なると最悪の結果をもたらすのは周知であるが、考えてみればそんなものは所詮個人の為しうる最悪に過ぎないのだから、兎角目くじらを立てる必要もあるまいと思えるようになってきた。

 ところで無知についてだが、日本の中等教育は少々経済史などを無視しすぎではないだろうか。公民などと称して他科目と一緒くたにされるのは致し方ないとしても、憲法なんぞに大いに時間を割きその前文を詠唱させたりしておいて、もっと大切なことである国富の概念についてまともに教えないのは片手落ちどころか両手落ちだ。

 私が「皆さんが仰る所の『左翼』」の話を多く聞きながら思ったのは、彼らが本質的に左翼思想と無関係である以上に、彼らは重農主義者であり重商主義者だということだった。ただ、同じ人物でも場合によって重農主義から重商主義に転換したりするので、「一日重商主義者」などと呼称した方が良いとは思うが。

 重農主義も重商主義も根本にあるのは、富の源泉は何か、何の蓄積が富か、といった考えである。これらの命題に対する感覚は誰しもが直感・直観的に持っているものなので、単純にこれらに対する考え方を以て政治的な左右とされるわけではない。しかし常々、当然ではあるが、政治的な対立軸よりも一層根本的な層にある概念だと感じている。またガチガチの「古典的」な重農主義や重商主義は言われなくなったが、その根本的な思索はどのような時代にも存在し、一定の存在感を保っている。

 私が問題に感じているのは、先程の「一日重商主義者」たちのことだ。重商主義的言動を弄した返す刀で(重商主義から連なる)植民地主義を非難したりする。重農主義者なのかと思いきや「"生産過程"において利益が発生することを否定(!!!?)」したりとやりたい放題だ。

 しかし理解できないでもない。重農主義や重商主義というのはヨーロッパ的な分類に過ぎず、重農主義は江戸時代的な感覚と合い易いし、ちょっと話はずれるがアナーキズムは中国における理想の統治形態と馴染み易い。そうだとすれば、中国の影響を受け続け、ヨーロッパの影響を受け、"アジア"で最初に工業化の道を歩み、しかも個々の生活圏の環境がそれなりに多様であるこの国の個人の言うことが「ヨーロッパ的概念からして意味不明」であったとしてもおかしくはない。むしろそれを無知と切り捨てる方が非学問的だ。それにしても、彼らにあと少し、いま少しの学術知識があれば、こんな不幸は起こらなかったのにと思ってしまう。

 教育はとても大切だ。教育の目的は、知識や技術や考え方以前に、根本命題を提示し発見せしめることだ。だから彼らに足りなかったのはやっぱり教育なのだ。マーシャルの言を待つでもなく。

【処世術】
 そんな風情がすっかり嫌になったが、伍子胥を尊敬するがあまり上手く引っ込んでみせることも出来ずに困ったことだ。張良のような処世術を身につけたいものだ。
 色々と「現代的お話」を聞いていると、こいつ法家のことも知らないんだなあと思うことが良くある。まあ今どき中国史でもないんだろう。困ったことだ。せめて商鞅と韓非くらいは知っていて貰いたいよ。ペーパーテストで秦の法制度について問われても困るけどな。