リクエストいただいたので絵を描いて変わった事があるかどうかを書いてみたいと思う。
結論から言うと、絵を描いていなかったら、今もきっと苦しんでたと思う。うじうじ人見知りの人間嫌いのまま、何もかも人のせいにして、未だに引きこもっていたと思う。
絵を描くことをきっかけに、絵の勉強だけじゃなく、学ぶこと全てが絵に還元されると思い、いろいろ勉強した。
映画も絵画も、イラスト、漫画、本、音楽、ラジオ、楽器を弾いてみたり、ありとあらゆるジャンルを見たし聴いた。
そしてインプットに疲れ果てた。
だけど、そのおかげなのか、今は昔ほど苦しまずある種の開き直りなのか、さほど苦しまず生きてる。
年齢を重ねれば重ねるほど青少年の時期とは違う現実的な問題にもぶち当たり苦しんではいるけど、まぁ、それはそれでなんとか生きてる。
小学生の時から不登校を繰り返してた。
そして14になって完全に引きこもった。
そこで、苦しみや辛さを忘れるために描き始めた。
最初は漫画の模写から。
描きまくった。描いて描いて描きまくった。
「描かなきゃ、描かなきゃ」と精神的に追い詰めるくらい描いた。
自分で1ヶ月でA4のコピー用紙500枚の束描き切ると目標決めて毎日描いてた。
同情して欲しくて書くんじゃなくて事実だから書くけど、14で完全なる引きこもりになった時は、外出るのも怖くて、玄関から一歩足を踏み出す事すら怖くて、だからと言って家にいたらしんどくないと言えば嘘で、家にいるだけでも毎日吐き気と身体の怠さに襲われ、だるい身体を無理やり起こし、もう描けないと、描きたくないと思いながら、少しでも上手くなりたくて、自分の描けるタイミング見計らっては描いたてた。
描きはじめた瞬間から、吐き気も怠さも忘れて集中できるから。
唯一の救いが描くことだった。
描くことで救われたと思いたいし、描いてきたからこそ自分と向き合い、自分を知り、今の自分がある。
優しいと、良い人だと言われると頭に「???」が浮かぶが、こんな風に生きてきたからこそ、今の自分があり、人に対して優しくいられる自分がいるんだと、我思う。
オチを作るわけじゃないし、僕を評価してくれる人に対して反論するわけじゃないけど、僕が優しく見えたり、良い人に見えたりするのは、僕自身が「なるべくムカつかずに生きていたい」と手探りで探した生き方をやっているだけで、全ては自分のため。
それも、絵を描いてきたからこその思考。
全ては己を救うため。
それが、絵を描いて学んで変化したこと。
最初に書いた通り、絵を描くという現実逃避を14の頃にやらなければ、もう1つ加えるならば、17の頃にテレビで奈良美智と村上隆を観ていなければ、アートという世界を知らずに、何もかも人のせいにして、イライラしては未だに苦しんでいただろう。