天吾「ハアッ…ハアッ…。」

天吾は、息を切らしながら必死に有紗を探している。

なんだ…なんだったんだ!?

一体、誰が何の為にあんな事をした!?

機械音痴の友子にあんな真似は出来ないだろうし、四宮はもう完全に大人しくなってた筈だ…だったら、有紗に嫌悪してる奴がまた現れたって事かよ!?

天吾「どうして…有紗ばっかり…。」

それに、有紗が吐いてしまったのは、その日体調が悪かったからだとか原因がはっきりしているものじゃなかった…傍に居た俺にも理由は分からない、本当に突発的な出来事だった筈なのに、犯人はそれを一部始終逃さずにカメラに収めてた…。

天吾「…それってつまり…有紗を貶めようと、常に付け狙ってた奴が居たって事だよな…。」

犯人をそこまで駆り立てるものが何なのか…どんな想いでそれを行ったのか…それを全く理解できない天吾の背筋に、恐怖心を孕んだ寒気が走り抜ける。

それにしても…なんで有紗は俺から逃げた?

まさか、石崎の言う事を信じた訳じゃねえよな?

駄目だ…今の俺じゃ、犯人どころか有紗の事も理解できない。

いきなりぶっ倒れそうになったのも、何の前触れも無く突然吐いたのも、俺が犯人だと疑われ逃げ出したのも、全部前に海が言ってた有紗が背負ってる暗い過去に原因があるんだろうが、今の俺にはそれを受け入れる器量も度胸も資格も無い。

この事がきっかけで、前に俺が軽々しく有紗の過去を詮索する様な真似が、どれだけ軽率な行動だったか痛感している。

とにかく今は、今有紗の身に起きてる事態をどうにかする事…それだけを考えよう。

もし有紗が俺を犯人だと思っているなら、そうじゃないと証明しよう。

俺と有紗が、この最悪の状況から脱け出すには、俺だけでも有紗だけでも叶わない…必ず二人で協力し合わないと、絶対に成功なんてしない。

天吾は、以前自分が発した運命共同体という言葉の、その重さを実感していた。

有紗を護りたいと思ったのは本当だ。

だったら、その言葉に想いを乗せるんだ。

そうすれば、きっとまた有紗も俺も笑える様になる。

有紗には辛い過去を引きずって生きてきた分、幸せそうに笑っていてほしい


天吾「だから俺はそれを護るんだ!」


数日後―。

天吾「出来たー!」

天吾は、完成した課題の資料を高々と掲げた。

それを、有紗は傍らで拍手して沸き立てる。

天吾「いやぁ、めちゃくちゃ仕事早いなお前…まさか三日で完成しちまうとは。」

有紗「そうですか?私、そんなに頑張ったつもりなかったですけど。」

天吾「…あのさ…これ、一応三週間後に発表する予定の課題なんだけど…それをたったの三日で終わらせて、頑張ったつもりないって…。」

有紗は、天吾の反応にキョトンとする。

有紗「はあ…それじゃ、発表会の間までに、もっと作品を練り上げて完成度を高めましょうか?」

天吾「え!?…いや…いいんじゃないかな…今のままで、十分完成度高いし…うん。」

うわー…それは、流石にめんどいわ…たく、これだからガリ勉は…。

有紗「…そう…ですか。」

なんか残念がっちゃってるし…。

有紗「…」

そうだよね…課題なんてすぐに終わらせたいもんね…。

私、天吾と居るのが楽しくて、時間も忘れて打ち込んでたから、ちっとも苦じゃなかったんだけどな…。

はぁ~…これで終わりか…。

有紗は、無意識に天吾を見詰める。

天吾「…ん?なんだよ。」

有紗「え!?あ、ああ…いや…。」

天吾「…」

天吾は、有紗の恥じらいに違和感を覚えた。

…なに?もしかして俺…今鼻毛出てる?

天吾は、咄嗟に口元を手で隠した。

ヤベー…なんかさっきから、チラチラチラチラ見てきてると思ったら、そういう事かよ…。

天吾「か、帰ろうか。」

有紗「…は、はい…。」

い、いつのまにか天吾の顔ジーっと見ちゃってた…どうしよう…絶対変な娘だと思われてるよ~!

なんだかんだで噛み合わない二人は、互いに恥じらいながら帰路に着いた。

そして、月日は流れ課題の発表会当日―。

各々が調べた内容を、ノートPCを介してプロジェクターに投影、スクリーンにスライドショーとして流されている。

それを、各ペアチームが順番に発表していくという形式だ。

四宮「…これで以上です。」

先生「よし、いいぞー…そんじゃ次、天照・二宮ペア。」

誉めたりとか指摘したりとか、なんか感想無いのかよ!?相変わらず適当だな…こいつ。

先生「ん?どうした、天照?」

天吾「あ、ああ…いえ…それじゃ、発表を始めます。」

天吾が、スタートボタンをクリックする。

有紗「…え、ええっと…私達が調べたのは…」

英吉「有紗ちゃん頑張れー!」

珠稀「有紗ちゃぁぁん!」

先生「お前ら黙れぇぇ!!」

有紗「…それじゃ、気を取り直して…。」

天吾「…あれ?」

すると、今度は天吾が有紗の進行を遮った。

先生「どうした?」

天吾「いや、なんか…用意してたデータと違うみたいで…。」

有紗「え?」

そうこうしている内に、違うデータがスクリーンに映し出され始める。

天吾「…これって…。」

スクリーンに映された光景は、三週間前の図書室での二人のいる風景だった。

英吉「…なんだ?これ…。」

友子「お前ら、これなんのアピールのつもりだ?」

天吾「ち、違う!」

天吾は、映像を必死に止めようとするが、何故かパソコンの機能が全て停止していて、止める事が出来ない。

マ、マズイ!!この映像がこのまま流れ続けたら…。

しかし、必死の抵抗も虚しく画面上には、デカデカと有紗の嘔吐の瞬間が映し出されてしまった。

有紗「…」

有紗はそれを、ただ呆然と見詰める。

天吾「…あ、あり…。」

英吉「…」

珠稀「…有紗…ちゃん?」

友子「マジかよ…。」

先生「…と、止めろ止めろー!」

天吾が、先生の指示に従って停止ボタンを押すと、映像は正常に停止した。

天吾「ウソ!なんで!?」

先生「天照!これは一体どういう事だ!?」

天吾「お、俺にも何がなんだかサッパリ…。」

?「それ、本当かなぁ?」

先生「…どういう事だ、石崎?」

石崎「だって、課題用の映像は各々がパスワードで管理していて、消去したり書き換えたりするのは他人には難しいですよね?それに、映像を止めればいいだけの話なのに、天吾君はそれをしなかった…一体、二宮さんになんの恨みがあって、こんな真似をしたんだか…。」

天吾「ちょ、待てよお前!!映像が流れてる間、操作が利かなくなったんだよ…俺は、必死に止めようとしてた!!」

石崎「それだって、演技かもしれない…パソコンの影に隠れて見えなかった以上、必死に止めようとしていたかどうか…それを証明するのは不可能だよね?」

天吾「え、演技なんかじゃねえよ!それに、俺は有紗になんの恨みもない!!」

石崎「私怨なんて、何処に落とし穴があるか分からないからね…人はくだらない事で恨みを持ち、くだらない理由で殺意すら抱く生き物だ…表面上、好意的に接しているように見えても、腹の底ではどう思ってるかなんて、本人以外誰も知り得ないよ。」

天吾「…お前なに言ってんだよ…そんな事言ったら、俺がやったっていう証明だって、誰にも出来ねえじゃねえか!」

石崎「ああ、だが俺は確率論の話をしているんだ…状況証拠を鑑みるに、天吾君を疑う事はそれほど的外れとは思えないが?」

友子「でも、あの映像…天吾も映ってたじゃねえかよ。」

天吾「友子…。」

石崎「映像を見る限り、あれは固定カメラで録っている筈…それなら、あとは二宮さんの体調さえ把握していれば、映像に映り込んでいる人物にでも撮影は可能だよ。」

天吾「ふざけんな!俺が、有紗の体調なんか知ってる筈ねえだろ!なあ、有紗?」

その時、有紗の脳裏にまたしても過去の記憶がフラッシュバックされる。

『友達だと思ってたのに。』

『裏切り者!』

有紗「…天吾…。」

有紗は、後退りした後逃げ出す様に走り出した。

天吾「有紗!?」

すると、有紗は躓いて英吉にぶつかりそうになる。

英吉「うお!?きたね!!」

有紗「キャッ!!」

それを、英吉が咄嗟にかわし有紗は転んでしまう。

有紗「…」

起き上がった有紗は、無言で教室を飛び出していった。

石崎「二宮さんのあの反応…やはり、犯人は君で間違いない様だね。」

天吾「…」

マジかよ…。

俺も有紗も、このままじゃ…。



有紗宅―自室。

ボフッ。

有紗は、ベットに勢いよく飛び込んだ。

有紗「…ハアアア…。」

深いため息をついた有紗は、仰向けになり腕で顔を覆う。

有紗「…今日は本当にやっちゃったな…。」

有紗は、人前で吐いてしまった事をとても悔いていた。

有紗「…それにしても…まだあの事を、こんなに引きずったままだったなんて…自分でも信じられない…。」

私が、人とも関わらずメイクやオシャレからも遠退いて、脱け殻の様な人生を選んできたのは、自分への戒めの他に安心を手に入れたかったからなのかもしれない。

そうやって、自分で自分を貶める事で、反省の色を目で見える形で表す事で、逆にあの出来事から目を背けたかったんだと思う。

しかし、その選択は間違っていた。

この三年、あの出来事と向き合おうとしなかったせいで、有紗の中にある毒素の様なドロドロとしたものは、褪せる事なく意識の外から未だに彼女を蝕み続けていた。

それが、三年前の姿を取り戻した事をきっかけに有紗に自覚を持たせ、目眩や頭痛、吐き気となって有紗を苦しめ始めたのだ。

…天吾は、気にするなって言ってくれたけど、そう言う自分はどう思ってるんだろう。

有紗「…天吾に嫌われたら…どうしよう。」

ピロリロリン♪

有紗「うわ!!何?」

有紗が、携帯の着信音に驚く。

有紗「…なんだ、メールか…あ、天吾からだ!」

天吾『大丈夫か?明日も辛い様なら無理しないで学校休めよ。それじゃ、おやすみ。』

有紗「…天吾…。」

それを読んだ有紗が、携帯を胸に抱き締める。

有紗『ありがとう。私は、もう大丈夫。また明日。おやすみなさい。』

なんでだろう。

天吾が、私に笑いかけてくれるだけで、一言声を掛けてくれるだけで、ただそれだけの事で、私は明日を信じられる気がした。

この感覚は、天吾が優くしてくれたからだとか、助けてくれるからだとか、そういう事じゃない…天吾が天吾だから、私は今生きてるこの時を信じる事が出来るんだと思う。

有紗「…私、変われる気がするよ…あの出来事から、脱け出せるかもしれない…天吾が居てくれるなら…。」

そうして、有紗はゆっくり眠りへと落ちていく。

有紗と天吾を繋ぐ携帯を握り締めながら。