翌日―。

海「ちょ、どうしたんだその顔!?」

有紗「…何か変ですか?」

海「…いや、変…っていうより…なんだか…昔の姿にまた戻ってきてないかい?」

有紗「あれ、そうですか?まいったなぁ…自分では、なにも変わってないと思ってたんですが…。」

海が驚いた様に、有紗の容姿はみるみると以前の様相を呈してきていた。

髪は傷んでボサボサに、泣きすぎで腫れ上がった目にはクッキリとクマが浮かび上がり、肌は荒れて纏う覇気からも生気が失われていた。

海「…君に起こった事は、風の噂で聞いている…学校側も、犯人探しに躍起になっている様だが、如何せん手掛かりと呼べるものが何も無いらしいから、このまま進展がなければ最終的には、事件が起こった状況で判断されてしまうだろう…そうなれば、確実に矛先は天照へと向けられる。」

それを聞いた有紗はビクッと肩をびくつかせ、無意識に天吾の席を見詰める。

海「天照、今日も休みか…。」

有紗「…はい。」

海「…やはり、君が心を取り乱してる一番の原因は、天照の事なんだね。」

有紗「い、いえ…その…。」

海「違ったかな?」

有紗「…神奈さんは…どう思いますか?」

海「…何が?僕はてっきり、君は天照の事が気になってたのかと…。」

有紗「ち、違います!そっちじゃなくて…その…て、天吾が…本当に犯人だと思いますか?」

その質問に、海は笑顔で即答する。

海「いいや、全然。」

有紗「え?」

海「確かにあいつは、上手く取り繕ってはいるが、人一倍コンプレックスが強く、劣等感に苛まれやすい負の思考を持ってはいると思うし、下手したら今回の犯人と同じタイプだったから、今回標的にされてしまったのかもしれない…だけど、さっきも言ったようにあいつはそれを上手く取り繕っているんだ…それを表に出したり形にするなんて、恐らく天照には考えにも及ばないと思うよ。」

有紗「…はあ。」

海「それに僕が天照を見る限り、あいつは有紗ちゃんを好きにはなれど、嫌いになったりはしないと思うんだけどなぁ…。」

有紗「え、えぇ!?」

有紗は、顔を真っ赤にしながら過剰にリアクションをとる。

有紗「で、でも…天吾は、私に素っ気ないっていうか…冷たい態度っていうか…他の人達と私に対する態度が全然違うんです…とても、好かれているとは…むしろ、嫌われてるとしか思えないんですけど…。」

海「…プッ、アハハハ!」

それを聞いた海は、一瞬キョトンとした後、いきなり笑いだした。

有紗「ど、どうして笑うんですか?」

海「いや、ごめんごめん…あれだけ長い時間一緒にいて、天照の事をそんな風に思ってたのかと思って、つい…。」

有紗「どういう事ですか?」

海「天照は、誰かに命令されて無理矢理君と一緒に居た訳じゃないだろ?自主的に、君との接点を求めたから一緒に居たんだ…そんな彼が、有紗ちゃんの事を嫌ってる訳が無いと思うんだけど?」

有紗「で、でも…天吾は、私に優しくないし…。」

海「それって、君にとっては喜ばしい事かもしれないよ。」

有紗「なんでですか!?」

海「何度も言うようだが、彼は普段自分を取り繕って生きている…だから、人前では当たり障りの無い人間を演じて過ごしてる様に僕は見ている…それが、君に対してはその必要が無いと判断したんだろう…いつも感じるが、天照は君と居る時だけ凄く自然体に見えるんだ。」

有紗「私と…居る時だけ…。」

海「そう、つまり天照は君にだけは心を許せるんだと思う…だから、本音でぶつかってるからこそ、語感が強くなってしまったりするんじゃない?ま、その事に彼自信気付いてるかどうかは、いささか疑問だけどね…以上!僕の個人的な憶測でした。」

有紗「…天吾。」

海「どう?まだ天照が犯人かもしれないと思う?」

有紗「…いえ…。」

有紗は、考える様に一瞬俯くと、すぐさま海を見詰めてこう答えた。

有紗「全っ然思いません!」

海「うん。」

有紗「神奈さん、ありがとうございます!」

海「良かった、これでようやく覇気が戻ったね。」

有紗は、天吾への疑惑をぬぐい去り、また前を向き始めた。
天吾宅―。

学校に引き返さず、そのまま自宅に戻った天吾は、制服姿のままベットに横たわり、何時間もの間天井のシミをただ眺めていた。

その時の天吾の心中は、例に漏れずモヤモヤと黒い霧がかかった状態だった。

自分のしてしまった事、言ってしまった事、しなかった事、言わなかった事。

あの場に限っては、それら全てが真逆の行為だった事に、ただひたすら為す術なく心をうちひしがれていた。

有紗を見付けたら言ってやろうと心に留めた言葉は、天吾の口から一言一句すら発せられる事はなく、その代わり考えなくても分かるような禁句が口を突いた。

挙げ句は、一時の感情に任せか弱い少女の胸ぐらに掴みかかるという、半ば暴力まがいの行為にまで及んでしまった。

自分の中でも、本当に最悪の行動だったと、戻らない時間の中天吾は自責する他なかった。

何故自分は有紗に対して、あの様な傍若無人な態度をとってしまうのか、自分の中に答えを見出だす事が出来ず、モヤモヤとただ頭の中を疑問符が堂々巡りを繰り返していた。

そんな中、ある事だけは明確な認識と確信を以て、思考の中に鎮座し続けている。

天吾「…これで、俺は有紗に完璧に嫌われた訳だ…学校で冤罪を受けてる今、唯一の味方になってくれる筈の相手を、俺は自分の手で敵に回したんだな…最低すぎる…マジで最悪だ…。」

…いっそ俺なんか、死ねばいいのに。

翌日―。

天吾は学校を無断欠席した。

有紗の隣には一席、誰もいない空間がぽっかりと空いている。

それどころか、いつもは有紗を取り囲んでいるクラスメイトすら姿が見えない。

有紗の汚い面を見知った、うわべだけしか見ようとしない連中は、さもそれが自然かのように有紗の周りから遠退いていってしまった。

有紗は、再び孤立した存在に逆戻りしていた。

そして、有紗の周りからはヒソヒソと陰口らしき言葉が耳を掠めては消えていく。

容姿が端麗な程、周りの人間から求められる在り方というのは、強く大きく厳しくなっていく。

そんななかで、有紗の失敗は余りにも
イメージというものを、著しく悪い方へ崩してしまった。

心の拠り所を無くした彼女にとって、この状況は筆舌に尽くしがたく辛いものとなっていた。

心の拠り所とは、勿論天吾の事だ。

天吾に見放された有紗は、あれから夜通し泣きじゃくり、今では目の周りが酷く腫れ上がり、今日の有紗はまるで別人の様だった。

その姿が更に、有紗の評価を下げていく。

悪循環は、こうして出来上がっていった。

英吉「二宮…犯人の野郎はどうした?」

何時ものように茶化しにやってきた英吉は、もう有紗ちゃんとは呼ばなくなっていた。

有紗「…英吉君。」

英吉「あの野郎もひでえことするよな…二宮と仲良いフリしといて、最後は手のひら返しだもんな。」

それは自分も同じである。

有紗「…」

珠稀「有紗ちゃん、気にする事ないよ!テンテンだって、流石にもう学校に顔出せないでしょ?」

有紗「…うん。」

違うよ!天吾はそんな事してない…してないよ!多分…。

なのに、なんでそれを言えないの?

私は…まだ天吾の事を信じていて…良いのかな?

有紗の苦い過去は、今信じるべき人間は誰なのか、それすらをも惑わし…有紗を、そして天吾を追い詰めていく。
天吾「ハアッ…ハアッ…こんな所に居たのか…。」

有紗は学校を抜け出し、いつもの公園のベンチに腰掛けていた。

天吾「…どうして俺から逃げた?」

その問いに、有紗は無言のままだ。

天吾「最悪だぞ!お前が逃げ出すから、今頃学校では俺が犯人に祭り上げられてる!!これじゃ、本当の犯人の思うつぼだ!」

有紗は依然口を開かず、気の抜けた表情で一点を見詰めている。

天吾「…お前もこれからどうする?あの場から逃げ出すって事は、自分の居場所を放棄したって事と一緒だぞ?せっかくクラスの皆とも打ち解けてきたのに…もう、皆の顔を見るのが怖くて、教室にすら入れなくなったかもな…。」

何も話そうとしない有紗に、苛立った天吾の口調は若干強い。

なに言ってんだよ俺…?

確かに頭にきてないって言ったら嘘だけど、今はどう考えたって有紗に説教垂れる空気じゃねえだろ!

この状況を一番苦しんでるのは、間違いなく有紗なんだ…今はこいつがどんな態度をとろうが、何を言いだそうが、俺のこの大きな器で…

有紗「……天吾は…。」

天吾「…ん?」

すると、有紗が沈黙を破り何かを語り始めた。

天吾「…どうした?」

天吾が寛容な心で、尚且つ最大限の優しいオーラで有紗に訊ねる。

有紗「…いえ…。」

天吾「…なんだ?ほら、言ってみな…なにがあっても怒んねえから。」

有紗「…そ、それじゃあ…。」

…と、言いつつまた暫くの間が空く。

天吾「…だ、か、らぁ…なんなんだよ…!?」

このうだつの上がらない空気感に、三秒前の誓いも忘れて頭に血がのぼり始める天吾。

そして…。

有紗「…天吾は…本当に、やってないんですか?」

有紗は、気まずそうに顔を背けながら天吾に問いただした。

…ブッチーン…。

その問いに、天吾は思わず有紗の胸ぐらに掴みかかり恫喝する。

天吾「てめえそれ本気で言ってんのか!?なんで?なんで俺がお前にそんな事すると思う!?なんの為だ!?お前がゲロ吐いてるとこ皆に見せて何が楽しいんだよ!あんな事して俺に何の得があるってんだよ!?なめんじゃねえよクソが!!」

今にも殴られそうな勢いで掴みかかられた有紗は、手で顔を隠しガタガタと震えながら怯えている。

有紗「…ご…ごめんなさい…。」

…やっちまった。

ブチギレちまった…まさか、本当に有紗が俺を疑ってたなんて…だけど、全く予想出来なかった訳じゃない…ある程度想定はしていた筈なのに…なのに、有紗の口から直接聞いた途端、一も二もなく一瞬で理性がブッ飛んだ…。

そ、そうだ!取り敢えず謝っとこう。

天吾「…俺だって相当ギリギリなんだ…あんまり的外れな事言うんじゃねえ …。」

謝れよ!!

なんでこの期に及んで上から目線なんだよ!?

有紗「…だって…石崎君のいう通り、あの状況で細工が出来るとしたら…それは…。」

天吾の顔が、ブルドックの様にしわくちゃに歪み始める。

確かに…それぞれの課題は、発表会が始まる直前にPCに取り込んだ…要するに、情報が俺の手から離れ発表会が始まるまでのブランクはほぼゼロ…犯人がいつ、どのタイミングで映像をすり替えPCに細工までしたのか、当事者の俺ですら検討が付かない。

だけど…だからって…俺より石崎を信じたのか…あのすかしたインテリ気取りのナルシスト野郎を…。

天吾「…有紗…。」

有紗「…はい…。」

天吾「…俺から逃げたのは…てっきり、またお前の過去に何かあるんだと思ってた。」

有紗「…え?」

天吾「だけど違ったんだな…わりいけど、もう付き合ってらんねえわ…俺はもうお前を助けるのを止めた。」

有紗「て、天吾…違うのあのね

天吾「違わねえ!何も違わねえよ…お前だって、このまま犯人かもしれない奴に傍に居られちゃ気が気じゃないだろ?だから、これからは信頼出来る海にでも頼れ。」

有紗「不安だったの!天吾のいう通り…私…昔に

天吾「聞きたかねえんだ、そんな身の上話!知らねえよお前の過去なんか!つうより、いつまでズルズル引きずるつもりだ!?今回みたいな事が起こるたんびにいちいち発作起こす気かよ!?勘弁してくれよ…その度にまた俺は犯人扱いか!やってられるか…こんな事。」

天吾は、捨て台詞を吐くと自宅方向に向かって歩きだした。

天吾「今のお前なら、まだ求心力は残ってっかもしんねえから…あとは自力で頑張れよ。」

そして天吾は、有紗の前から姿を消す。

有紗「…う…うわああぁぁぁん…。」

その状況に、有紗は声をあげ子供の様に泣きじゃくった。