協会誌巻頭言 会長 山崎  學

精神科医療の将来展望

2010/08

 現在,精神科医療は大きな時代の転換点に立たされていると思う。なぜなら,ここ50年間に国が行ってきた低医療費・収容型の精神科医療が大きく見直され始めているからである。

 平成16年9月に,おおむね10年間をかけて精神保健医療福祉改革の具体的な方向性を明らかにするとして「精神保健医療福祉の改革ビジョン」が取りまとめられた。このなかで「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本理念が掲げられ,障害者自立支援法の制定や診療報酬の改定で具体的な施策が行われてきた。その中間点にあたる平成21年9月に,今後の精神医療福祉のあり方検討会が,「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」という報告書をまとめた。報告書のなかで「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本理念の推進,精神疾患にかかった場合でも質の高い医療,症状・希望等に応じた適切な医療・福祉サービスを受け,地域で安心して自立した生活を継続できる社会,精神保健医療福祉を実現するといった考え方が提案されている。そして,この報告書の考え方をふまえて平成22年診療報酬の改正が行われたことは周知の事実である。

 急速な精神科医療体制の改革は,医療提供体制を含めて大きな混乱を引き起こすと思う。今回の診療報酬改定においても現場を知らない政治家や官僚の意見に動かされ,政府与党を応援する医療連,自治労の加盟する公立・自治体立病院の急性期に,引き上げ財源のほとんどを使われている。

 一方で,慢性期での精神療養病床は減点され,認知症疾患治療病棟も期間短縮で実質的には減収になっている。外国の医療提供体制をみても,入院医療から地域医療に転換していく方向性を否定するものではない。しかし,民間精神科病院は急性期・慢性期病床を含めた形でかろうじて黒字経営の努力をしているのであって,税金で病院を建て,固定資産税の免除を受け,赤字は単年度に税金で補填して帳尻を合わせてしまう国立・公立病院と同じスピードで転換ができるわけはないし,慢性期の精神科病床の細かい機能分化,地域医療に転換するためのきめ細かいツールの検討が行われなければならないと思っている。 また,現在検討されている精神科病床の機能分化は,統合失調症・気分障害に焦点を合わせて検討が進んでいるように思えてならないし,長期入院患者問題や,これから急速に増大する認知症患者を精神科病床のなかで急性期・慢性期を含めてどのように扱っていくのかも併せて検討しなければならない。

 7月に行われた第22回参議院選挙は与党民主党が自滅した結果,自民党が議席を伸ばしたが,政局の混乱はしばらく続くと思われる。われわれはいま精神科医療の現場で何をしなければいけないのか考え,将来ビジョン戦略会議を通して主張していかなくてはならないと思っている。

精神科病院に関する全国統計調査である「精神保健福祉資料調査」の最新結果が9月13日に発表され、衝撃的な事実が判明しました。それは、精神科病院で縛り付けなどの行動制限が激増しているということです。



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身体拘束が原則禁止とされている高齢者の介護施設では、身体拘束を減らす努力がされており、厚生労働省研究班の全国調査によると全体の拘束率が下がっていることが確認されています。

身体拘束については、身体的弊害、精神的弊害、社会的弊害があるとする認識が高まり、介護の現場で原則禁止が徹底的に指導されてきたため、安易な身体拘束が行われなくなりました。介護施設における身体拘束の定義とは、縛り付けだけではなく、向精神薬による過鎮静や隔離も含まれます。これらの行為が原則的に禁止です。

一方、精神科病院においては原則禁止という概念がそこにはありません。縛り付けや隔離は、精神保健指定医の裁量次第です。懲罰的に隔離・拘束をされた、暴れていないのに入院時から何週間にも渡る隔離・拘束をされた、縛り付けられてわいせつ行為をされたなど、私のところには不適切な行動制限の被害が多数報告されています。行政の実地指導や精神医療審査会が十分に機能していないことを示しています。

問題は隔離や拘束だけではありません。介護施設において原則禁止とされる過鎮静を目的とした向精神薬の過剰投与については、禁止どころかむしろ大多数で行われています。効果の科学的裏付けがなく、過鎮静を引き起こす危険性のある「多剤大量処方」の風習が日本の精神科病院で根深く残っている事実を示す調査はいくつも存在します。

精神病院における犯罪や人権侵害が次々と摘発され、社会的入院が国の社会保障を圧迫するようになった結果、国は隔離収容に偏った精神保健のあり方を反省し、方向転換してきたはずでした。ところが、最新の統計とその4年前の統計の比較から浮かび上がってきたのは、入院患者や精神病床の微減という見せ掛けの地域精神保健の移行ではなく、隔離収容型への逆戻りでした。
  
                         平成19年6月30日 平成15年6月30日
精神科病院数           1,642 1,662
精神病床数           346,525        353,805
終日閉鎖の精神病床数           202,763        152,038
終日閉鎖の閉鎖病棟数           3,763          2,814
入院患者数                  316,109        329,096
終日閉鎖処遇の入院患者数        188,149        140,075
終日閉鎖処遇患者の割合         59.5%         42.6%
終日閉鎖処遇の任意入院患者数     88,597         62,016
夜間外開放処遇の任意入院患者数 86,217 96,301
保護室の隔離患者数 8,247 7,741
身体的拘束を行っている患者数 6,786 5,109

精神科病院という密室で一体何が起きているのでしょうか。自殺予防デーが始まる前日、国は自殺対策の一環として、向精神薬の大量処方について対策に乗り出す方針を決めましたが、日本の精神科病院こそが、悪しき風習である多剤大量処方の温床なのです。死を招くような安易な縛り付け、隔離、向精神薬投与がされていないでしょうか。

精神保健福祉資料調査からは、精神科病院における1ヶ月の死亡退院患者数が1,374人にも上り(一年に換算すると16488人)、うち半数以上の713人が入院して一年以内に亡くなっていることがわかります。このうち、自殺者は何人でしょうか。向精神薬の副作用による死亡は何例でしょうか。実態を早急に把握する必要があります。

介護施設と同じくらいの規制や指導監査、職員への啓発が精神科病院に対して行われなければ、急速に隔離収容時代に戻ろうとするこの流れを止めることができません。自殺対策として、障がい者制度改革として、メンタルヘルス対策として、実態調査と規制、啓発が急務です。

向精神薬:薬物依存に占める割合「10年で2倍」

外来を受診した女性に最近の様子を聞く成瀬医師=埼玉県伊奈町の県立精神医療センターで2010年7月14日、江刺正嘉撮影
外来を受診した女性に最近の様子を聞く成瀬医師=埼玉県伊奈町の県立精神医療センターで2010年7月14日、江刺正嘉撮影

 薬物依存症患者の中で医師の処方する向精神薬によって依存症になった人の割合が、ここ10年余りで2倍になっていることが、国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)の調べで分かった。依存症患者は自殺リスクが高いとされる。全国でも数少ない薬物依存症の専門治療施設、埼玉県立精神医療センター(同県伊奈町)で現状を取材した。【江刺正嘉】

 ◇「自殺リスク周知を」

 医師「お変わりありませんか」

 患者「高校生の長男が進学か就職かで悩み、私によく当たるんです」

 7月中旬、外来を受診した女性(41)と成瀬暢也(のぶや)副病院長(50)の診察室でのやり取りを、双方の了解を得て取材した。

 女性は向精神薬の依存症と診断され、08年7月から5カ月間、センターの依存症病棟に入院。専門治療を受けて少しずつ回復し、今は3週間に1度の通院を続ける。

 「以前なら悩みがあると薬を飲んで紛らわしていたのに、今は人に相談しながら問題に向き合えるようになった。よく頑張っているね」。成瀬医師がほめると、女性は笑顔でうなずいた。

 女性は夫の暴力や浮気がきっかけで眠れなくなり、27歳のころ精神科病院に通い始めた。

 睡眠薬を処方されたが症状は改善せず、大学病院に転院。「眠れないのでもっと薬を出して」と求めると、副作用が強い睡眠薬など10種類が出されるようになった。

 女性がさらに薬を要求したため、病院は「手に負えない」と別の精神科病院を紹介。転院先の医師は女性の求めに応じ、一日分が約40錠にまで増えていったという。

 女性は薬が増えるにつれて薬が効きにくくなり、すぐに現実のつらさと直面して「死にたい」と思うようになり、処方された薬を一気に飲む自殺未遂を繰り返した。3カ所目の病院でも「薬のコントロールが不能」と判断され、センターを紹介された。

 センターの依存症病棟(40床)では酒や薬物をやめる集団治療が行われ、外来では海外で治療効果が認められている新しい心理療法にも取り組んでいる。09年度は入院患者が213人(アルコール152人、薬物61人)。依存症外来の新規患者は310人で5年前(04年度)より57人増え、薬物依存が外来患者の3分の1を占めている。

 成瀬医師は「患者はもちろん、医師でも依存症について十分な知識を持たない人が多いのではないか。過量服薬による自殺や自殺未遂を防ぐためには、依存症の危険性をもっと周知する必要がある」と指摘する。

 ◇じわじわ上昇…08年は13%に

 国立精神・神経医療研究センターは精神科病床がある全国の全医療施設を対象に、87年からほぼ隔年で9~10月の期間にアルコールを除く薬物依存症で入院か通院をした患者について、どの薬物が原因か調査を実施している。シンナーなどの有機溶剤は91年の40・7%をピークに減少。

 一方、向精神薬(睡眠薬と抗不安薬)は96年に5.6%と最低だったが、じわじわ上昇し08年は13.0%で有機溶剤とほぼ並んだ。最も多い覚せい剤は同年、全体の半分を占めた。

毎日新聞 2010年7月28日 2時35分