★ 「ふつうの子」として育ち、実はADHDだった!?
☆発達凸凹一家は個性濃いめで大変だけど面白い
★我慢して、頑張り続けてメンタル病んだわたしが、パニック・うつ・カサンドラから抜けられた!
☆【自分発掘】で自分を知ったことで生きやすくなった
何かができるようになることは
とても嬉しいし、自信となる☆
でも、
人から褒められた時に感じる
このモヤザワする気持ちは
何なのだろうか…
何事を為すのにも人一倍大変で
器用に出来ないニャオこは、
褒められると、
それはそれは嬉しい![]()
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(みんなも、そうかもしれないけど)
実際パフォーマンスも上がる⤴️
それが…
その後、なんとなく憂鬱になり
なんなら不安になってくる![]()
この気持ちは・・・なぜなのか?
で、そこを深堀りしていくと
ナント
子どもの時に
母から褒められる=もっと頑張らなきゃ![]()
に、ガッツリ繋がっていたのだ![]()
更に掘っていくと
こんな気持ちも出てきた![]()
こんなに出来ないわたしが
褒めてもらえたのだから、
更に頑張って成果を出して応えなきゃ!
こうなると、
追い詰められてくるパターンだよね![]()
そして、
全部これは、母親に対して思っていた
気持ち、、、だったと気づいた
つまり、
子どもの時から
不器用で、凸凹あって
現在ADHDが判明したのにも関わらず
学生の間は勉強で評価され
できる部分凸は、できたせいか
割と優劣にこだわる
母親も、なんとか凹の部分を
埋めようとしたし、
人並に出来ないのは
恥ずかしいことであるという
気持ちが刷り込まれた気がする
わたしにとっては、それが負担で、
何より
出来ても出来なくても、
どちらでもいいという風に認められた
かったのだと思う
凸凹族の
父親に似て、超不器用で
挑戦や経験も足りていないけれど
それでも
ようやく見つけた
アートといった世界で
自分を表現するということが喜びで、
純粋に楽しいと思えることが嬉しい!
そのために、大変でもがんばっている✨
それを自分で勝手に濁してまで
周りや人からの評価に
一喜一憂して
優劣の世界に縛られて
不安にならなくても
もう
自分に優劣をつけるような(○✕評価)
の世界から、
自分で自分を解放したら
いいよね!✨


