~さがしつづける旅路~ -12ページ目

~さがしつづける旅路~

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2012.5.21 父が他界しました。

自殺でした。

父を亡くした私の心の整理のために書いてます。

苦手な人は読まないでくださいm(_ _ )m


今から大阪に向かって出発します


父が最後に住んでた部屋の遺品の処分をしてきます


と言っても


先週、行ったときに遺品の整理と荷造りを済ませて来ましたので

今日は業者を呼んで処分するものを回収してもらいます



父の身の回りモノは全て


私達がよく知るモノばかり


部屋のあちこちに家族の写真が貼ってありました


いろんな思い出がたくさんありますが

今日で全てなくなります



‥‥‥‥。





父が最後に住んでた街とも


今日でお別れかな



良い街だった‥のかな



行ってきます



成功してからの祖父は

父に対して凄く厳しくなったらしい


食事のときの礼儀作法

お客様が家に来たときの立ち振る舞い

挨拶

言葉使い


そして


勉強。。。


自分が学歴で苦労した分

厳しくなるのは容易に想像できる



当時は体罰だのDVだのという言葉はなく

男だったため

父は祖父にしつけのためよく殴られた


「お父さんの小さい頃のおじいちゃんは怖かったぞ~~」と。。

食事で好き嫌いを言ったら殴られて壁まで吹っ飛んだとか

私も父からいろいろなエピソードを聞いた


父曰く

小さい頃は家で笑った顔をみたことがなかった

と言うほどであった



温かみがなく

寂しさのぬぐえない

引き締まった空気の中で父は過ごした


しかし


そんな家の中の張り詰めた雰囲気が

がらりと変わる日がくることになる


祖父が恋仲であった祖母を連れてきたのだ



父は祖父の顔を見て驚いた


祖父は

今まで息子には見せたことない笑顔で

祖母に話しかけていたという



ほどなくして


祖父は再婚することになった



父は

祖母の笑顔に

素直に応えられず


とまどっていた・・・



無理もないだろう



幼い父は


実母に「捨てられた」という想いが


胸の奥にはあるのだから・・・


実母が家を出てからは

幼い父の面倒は曾祖母がみてた



祖父、曾祖母、父の3人暮らしが

少し馴れてきたころ



学歴のないため

どこに行っても下っ端扱いされ

侘しい暮らしをしていた祖父に

転機が訪れる



祖父は大手生命保険会社の○○生命に入社する


学歴で差がでることがなく

自らの営業成績で全てが評価される生保の仕事は


祖父にうってつけの仕事だった


祖父はめきめきと営業業績を伸ばし続けた


営業成績が上がると

今までの暮らしからは考えられないような収入を得た



祖父の営業成績は瞬く間に

全国一位になり

その座を何年間も保持し続けた


大手の生保で数年間も全国一位をとり続けた祖父は

一気にお金持ちになった


貧しく社会に虐げられてきた祖父は

その反動で


非常に自己顕示欲の強い成金になった


人を信じられず

自分の力で貧しさから脱した祖父の生き様でもあったのだろう


父はそんな祖父を見ながら育ったのが

後の人格形成に大きな影響をもたらしたと思う