スイ★スイ★スイタ

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イギリスから帰国後の生活を綴ります


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コザメはもうすぐ9ヶ月。

生後6ヶ月くらいまで、髪の毛の量も薄くてホワホワした髪型だったのが、ここ2ヶ月で体の発育と共に急激に伸びてきた。



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9月の連休に、福岡から弟夫婦と東京から夫の友人一家が遊びに来てくれることになっていたので、意を決し散髪することに。とはいっても赤ちゃんの散髪なんて生まれてこの方やったことがなく、友達に聞いたところ、普通のハサミで適当に切ったよ、とのこと。そこで我家も家の中で一番切れのよいハサミを使ってコザメの散髪を慎重にやることにした。


寝てる時以外は片時もジッとしていることはなく、常にあっちこっち動いているので、1回で散髪を終えることはまず無理だと判断し、初日は前髪、2日目は横、3日目は後ろ髪と3回に分けて切ることにした。



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前髪はハサミだけだと、こんな風にパッツンパッツンになってしまったので、考えに考えた末、夫の髭剃り器を使って段差をつけると何とか上手くいった。


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最終日の後ろ髪。

やはりハサミだとパッツンになるので、髭剃り器登場。初日に上手くいったので何とかなると思っていたのだが…、























スイ★スイ★スイタ

し、しまった…(゜д゜;)



ドングリの傘のようになってしまい焦る母シオリ。

この濃いドングリラインを何とか薄くしたいと、再び髭剃り器片手に奮闘すること20分。





















スイ★スイ★スイタ



もう泥沼……(ノДT)どうしよう…。


かくして会う人、会う人会う人に笑われる髪型になってしまった。

もうしばらくやりません、ごめんねコザメ。




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私が住んでいるマンションは分譲マンションである。

築30年と古いマンションで、私たちは賃貸でこのマンションに住んでいる。2階には大家さん一家(Nさん)が暮らしており、ご近所は私の親と同じ世代の家族が多く暮らしている。


コザメを産む前は夫の実家から野菜が送られてきたときなど、おすそ分けで持っていく程度だったが、出産してからご近所との関係がぐっと縮まった。


最初の大きなきっかけは、新型インフルエンザがパンデミック!!と大騒ぎになった時期。

コザメは生後4ヶ月とまだまだ新生児、街を歩く人の8割がマスクをしている状況で、とても外には連れ出せずに困り果てていた時に、同じ階に住んでいるⅠさんと、Nさんが心配して、スーパーに買い物に行く間など、コザメを預かって下さり、それ以降は、週に1~2回遊びに行くようになった。


Ⅰさんは長年保育園に勤めて退職されたベテラン母で、子育ての色々なアイディアを持っている。

なかなかお座りができないでいるコザメを見て、オモチャを目線よりも上にして見せ遊ぶⅠさん。私も真似して続けると3日でお座りができるようになった。オモチャもあれもこれもと買うよりも手作りした方が喜ぶのよと言われ、ダンボールに紐を通して電車を作って乗せてみたら、声を上げて喜んでいた。


大阪で暮らし始めて4年目、人情味溢れる大阪は私にとってはとても暮らしやすい。

皆よく挨拶をする。マンションのエレベーターでは声を出しての挨拶は当たり前で、小さな小学生から思春期真っ盛りの中高生の男の子もしっかり挨拶して行き先ボタンまで押してくれるのだ。ハッキリしていて裏表のない人が多いように思う。


毎日午前中と夕方に、自宅の前にある大きな公園に連れて行くのが日課になっているが、よく人に声をかけられる。この間はマンションの駐輪場で自転車に乗ったおじさんに声をかけられた。




「おっ、坊主おおきくなったなー」


「はい、ありがとうございます」


「もう歩いてるのか」


「いや、ハイハイだけですよ」


「そうか、またなー!!」パー



















えっと……どちら様…?

  ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ



マンションの駐輪場にそのまま入っていったので、おそらく同じマンションの住人だと思われるが、見覚えが全くない。こんなことは日常茶飯事で、ベビーカーで散歩をしていても、パンパンと手を叩く音が聞こえたので振り返ると、知らないおばあちゃんが「ホンマに可愛いわぁ、ちょっと抱っこさせて」と呼んでいたり、バスや電車でも沢山声をかけてくださる。


おかげさまで、8ヶ月になった今もコザメはほとんど人見知りをしない。笑顔を振りまき抱っこされても平気。

人見知りがないので、Nさん宅にはコザメ単品で遊びに行くこともできる(Nさんを見ると自ら手を伸ばし抱っこを求めるコザメ)。これは非常にありがたく、その間に夕食の支度を済ませたり、自転車に乗ってスーパーに行ったり(いつもはベビーカーを地道に押しながらの行程)ちょっとティータイムをしたりと、しばし育児から開放されるのだ。


24時間ぶっ続けで脳みそフル回転の毎日の中で、このひと時はとても貴重であり、この時間があるおかげでストレスを溜めることなく育児ができていると言っても過言ではない。ビバ大阪。


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今回は出産のことについて。


年末に出産予定だった私。9ヶ月に入って仕事を退職し、毎日体重計とのにらめっこの生活。

どうしても夫の年末年始休暇の間に産みたかった私は、どうやったら予定日通りに産まれるのか近所に住んでいる助産師の友人にメールで相談してみた。するとすぐに返信が来る。



返信とにかく歩け



そう、助産師の友人は予定日が近づいて3時間頑張って歩いたら、その日のうちに陣痛が来て出産したのだとか。ということで、嫌がる夫を伴って、予定日の2日前に私も2時間(さすがに3時間は無理だった…)歩いてみた。








その日の夜、陣痛はやってきた。((゚m゚;)す、すごい…



お腹が張るような痛みが段々と強くなり、3分間隔になって入院。

最初は陣痛の痛みってこんなもんか…ハハハッ、なんて夫とパンやジュースを飲みながら談笑。だがこんな痛み序の口で1時間後は全く喋れないくらいの激痛に変わってきたのである。何に例えれば良いのか分からないが、今思えば小玉スイカくらいのウン○が出そうで出ない痛み…だろうか(下品でゴメンナサイ)。これが私の場合12時間続いた。


友人のShinaAyuさんがブログに、出産の時に暴言を吐いて後で助産師さんに謝ったという記事があったが、「またそんな大袈裟な…」なんて軽く思っていた私。しかし、実際に自分に陣痛の痛みが襲い掛かると、あまりの痛さに発狂しそうになり、気がつけば「痛ーーーーい!!助けてーーーっ!!」を連呼する始末…嗚呼恥ずかしい。


夫は妻のあまりの変わりようにオロオロするばかりだったが、夫のことまで気遣う余裕のない私は「腰押して!!違うだろっ!!もっと上だってば!!違うっ!!もっと強く押せーっ!!」とマッサージ師と化した夫に八つ当たり。


出産前に助産師外来で、夫の立会いについて聞かれ、夫の立会いは希望しなかった。なぜなら夫は血を見るのが大の苦手であり、母親学級に参加した時も陣痛の流れについて話を聞いただけで腹痛を起こすくらいで「ホントに無理だ、ごめん!!」と宣言されていたので、はなから諦めていた。


夜中からの入院で夜が明け、助産師外来でずっとお世話になっていたN助産師から日勤のS助産師へと担当は変わり、S助産師は申し送りを聞いていなかったのか「ご主人立ち会われますよね?」と夫に聞いてきた。



「…え、い、いや…立会いはしない予定なのですが」

「えっ、立会いされないの!?立会いはとても素晴らしいものですけどね」

「は、はぁ」



S助産師はちょっと驚いた様子だったが、そのままその会話は終了となった。

あまりの痛さに理性を失いそうになると、ベテラン助産師Sさんは絶妙のタイミングで声をかける。




「大丈夫でございますよ、赤ちゃんも頑張っているのでございます。お母さんも辛いでしょうが、ここは頑張りどころでございます。もう少しの辛抱でございますよ!!」





この馬鹿丁寧な口調のおかげで、思わず暴言を吐きそうになるのをグッとこらえて、理性を取り戻すことができた。いよいよ陣痛室からすぐ隣の分娩台へ移動することになり、夫はそこで待っているものだろうと思っていたのだが、S助産師は夫に声をかけていた。



「あっ、ご主人。立会いは結構ですから、とりあえず清潔着にだけ着替えておきましょうか」

「は、はい」



「あ、ご主人。清潔スリッパにも履き替えておいて下さい」

「はい」



「ご主人、立ち会わなくても結構ですから、奥様の隣に座りましょうか」

「はいっ!!」














それを立会いというのでは…?(゚Ω゚;)だよね…?




夫はベテラン助産師さんの見事な誘導のおかげで、まんまと分娩台の横に座らされ、見事に気を失うことなく立ち会うことができたのである。S助産師さん、ありがとうドキドキ


(ちなみに、こんなに叫んだのは私だけだろうか…と不安に思っていたが、出産の夜にお向かいの部屋から「助けてーーーっ!!死ぬーーーっ!!ギャーーーッ!!」という声が聞こえてきて、私だけじゃなかったのねと、妙に安心して眠れたのだった)

ずいぶんと長いことご無沙汰していました。

去年の年末に長男を出産し、月日がたつのは早いもので息子コザメも8ヶ月になる。

出産後は嵐のように過ぎ去る毎日、そんな中でもコザメは驚くほどのスピードでグングンと成長を続けている。この間まで、やれ首が座った、やれ寝返りができた、など言っていたのに、今や超高速ハイハイで駆け寄って、抱っこちゃん人形のように足にしがみついて離れようとしない。相変わらず家事が進まない毎日である…。


コザメは1日2回昼寝をする。午前中に2時間、午後1時間半程度。

この間に何とか家事を済ませて、なおかつブログも更新できないかと、とりあえずやってみることにした。以前のようなロングなブログは書けないが、少しずつなら何とかなるだろう。


妊娠が分かった時、涙が出るのかと思いきや、なぜか私は先生に心配されるくらい額から汗が出た。


スイ★スイ★スイタ


つわりがひどく、切迫流産(流産しかかっている状態)で1ヶ月仕事を休職したものの、何とか9ヶ月頭まで働いて退職。働いてしっかり体を動かしたおかげか、はたまた体重管理に厳しかった先生のおかげか、体重の増加も7キロに抑えることができた。


それにしても今の超音波画像はすごい。

3Dならぬ4Dで、お腹にいながら顔の輪郭まではっきりと見て取れる。


スイ★スイ★スイタ  スイ★スイ★スイタ


お腹も大きくなり…


スイ★スイ★スイタ


そして生まれてきたのがこれ↓


スイ★スイ★スイタ


…って、そのまんまやーんっΣ(゚д゚;)



皆様、ご無沙汰しております。

楽しかった夏休み以降、だんだんと忙しくなりブログ更新がかなり遅れてしまいました。


6月から病院で看護師として働き始めて、気がつけば7ヶ月。

もうすっかり病棟にも馴染み、年末は今年入職した人達で一芸ご披露して無事に年越しができそうである(まさか31歳にもなって芸をするなんて思ってなかったが…)。


一昨日は看護課長(昔で言えば婦長)のご自宅のクリスマスパーティーにお招きいただいた。

課長には2人の小学生の娘さんがいて、当日は娘さんたちの子供達も参加して、7人の看護師と課長の愛猫2匹でごった返す室内。おかげでご主人は、台所の隅っこでビールをちびちびする羽目に…。


はじめはお互いに初対面でもあり、一様に緊張した雰囲気が漂っていたが、やはりここは女同士。一緒にクッキーを焼いたり、クリスマスケーキを作ったりするうちに、すっかり意気投合して楽しいひと時を過ごすことができた。


普段小学生と関わることがないだけに、話の内容も聞いているとかなり新鮮。

上の娘さんは小学高学年なのだが、もう既に携帯を持っている子もいるそうで、一番早い子で小学3年生で携帯を持っているらしい。


「お姉ちゃんが携帯電話を持ったのは、大学4年生だよ」


と言うと、本気で驚かれてしまった。

課長さん曰く、もう今の子供たちは中学生ぐらいには大抵携帯を持っているらしく、いつから携帯を持たせるか、今から頭を悩ませているそうだ。


クリスマスパーティーの最後に、我々看護師も課長さん一家からプレゼントをいただいた。



可愛いぶたのルームシューズ。思いがけないプレゼントに胸が熱くなってしまう私。

最近、あまりの忙しさに家事と仕事の両立が難しくなった時期があり、夫と大喧嘩をしてしまったこともあったが、課長さんがお母さんとして、台所で奮闘している姿を見ると、私はまだまだ甘いなと考えを改めさせられたのだった。