こんにちは。個別指導Wam香川、東山崎校副教室長です。

 

 

 

 

先生と言われる職業は多くあります。学校や塾は勿論のこと医者や弁護士、議員まで先生といわれます。

 

「先生」とは便利な言葉で、尊敬や敬意を示す意味でも使われています。

 

先生と言われる職業は多くの場合、人に指示することが多いためか自分が偉くなったかのような錯覚に陥ります。

 

例えば、次のような言葉を聞いたことはありますか。

 

「議員は選挙に落ちればただの人」

 

議員の時は「先生、先生」と人が寄って来るが、議員でなくなると誰からも相手にされなくなる人が多くいます。実際にニュースや意見で議員本人が、その旨を言っている光景を目にします。

 

 

しかし、議員でなくなっても周りから慕われ、多くの人に指示される人もいるのも事実です。この違いは何なのか考えると議員の時に、「先生」といわれることに勘違いをせず、どれだけ多くの人に影響を与えたかということだと思います。

 

これは、議員に特有のものではないです。

 

 

多くの場合、先生と慕われるのは「肩書」であって「人」ではないということです。

肩書がなくなった時、つまり「ただの人になった時」にその人の真価が問われるのです。

 

 

肩書には「権威」や「威厳」があると言われています。どちらも、似たようなものだと思われていますが、全くの別物です。

 

国語辞典では、次のように意味が示されています。

 

「権威」とは『自発的に同意・服従を促すような能力や関係のこと』

 

 

「威厳」とは『近寄りがたいほど堂々としておごそかなさま』

 

 

 

 

権威は相手を従属させるために得たものです。

威厳は他者に評価された結果、得られるものです。

 

 

権威に頼った行動をとれば、権威がなくなれば人は離れます。後ろ盾がなければ何もできない寂しい人になります。これは先生業に限ったことではないです。社会人だけでなく、学生にも当てはまります。

 

企業では社長・部長など、学生では部活の部長やキャプテンなどがそれです。自分には、権威は関係ないと思っていても身近なところに権威に関係しています。

そして、権威の象徴が「肩書」なのです。

 

「〇〇長の△△です。」と言うように肩書を名乗って名乗ります。そして、他社との交渉を行う場合など肩書を同格にすることも例の一つです。

 

 

 

 

それに対して、威厳は『近寄りがたいほど堂々としているさま』とあるように内面から発せられる自信や行動が他者へ影響を与えているということです。

 

威厳のある人は、総じて謙虚だと思います。そして、全ての責任を最終的に引き受けてくれるという安心感を与えてくれます。

『聡明にして重厚、威厳にして謙沖。人の上たる者は、当に此の如くなるべし。』という言葉があります。意味は「人の上に立つ者は、物事の理解がはやく堂々と落ち着き、控えめであるべきだ。」ということです。

威厳がありそして謙虚であることが昔から求められています。これは、不易流行ですね。

 

このように、「権威」と「威厳」は全く別物であり、本質が異なります。先生にとって必要なのは威厳です。

 

肩書がなくなっても動じないのが「威厳」であり、肩書がなくなると動じるのが「権威」です。言葉の使われ方で、「権威にすがる」と言われるが「威厳にすがるとは言わないですよね。

 

己を磨いて、威厳と謙虚さを兼ね備えることが必要です。

肩書は権威で、威厳を得たと勘違いしやすいです。威張り、他者を支配することが先生に求められているものではないです。

 

私自身も、先生と言われる立場です。この文章を書くにあたり、自戒を込めて言い聞かせています。

 

 

 

 

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