古葉竹識監督,監督はツライよ | 昭和を懐古する部屋(パニック障害と共に歩むじじぃの話)

前回は,先日亡くなられた衣笠さんを懐古しましたが,多くのゆかりのある方達がテレビでコメントされておりました.山本浩二さんに大下剛さんに高橋義彦さん,そして盟友の江夏豊さんなど,お久しぶりの方の顔も懐かしく拝見したのですが,古葉監督もコメント,というか絶句されておりました.泣いていましたね(私もつられて・・・).

 

古葉監督について以前にも懐古しましたが(ココ),広島カープ史上,間違いなく最高の指揮官でした(他球団の監督のことはあまり知らんので,プロ野球史上とは言いません).ルーツ監督の電撃退団の後を継いで初優勝を成し遂げたのは39歳,まさに沈着冷静な青年監督でした(でも,今と違って当時の39歳は貫禄があった).で,今日は,古葉監督と衣笠さんとの想い出について少しだけ.

 

なぜ,古葉さんが史上最高監督なのか,成績はもちろんですが,あの百戦錬磨で一匹狼な選手達の指揮官だった,そして成績も残した.理由はこれだけで充分でしょう.大下さんに,浩二・祥雄の両巨頭,そしてまさに一匹狼な江夏さんと,もぉすでに,お腹ははち切れそうです.それに加えて,年上のコーチもいたでしょう.想像するだけで,胃が痛くなります.

 

昭和おやじはこれでも,現時点で部下8人を持つGMなのですよ(グループマネジャーです,ゼネラルマネジャーではありません.悪しからず).出来の良い人,そうでない人,年上の人,気の合わない人,等々,過去を含めて色々な人がいました.「やってらんねぇなぁー」と思うことも多々ありましたが,そんな時は,古葉監督をよく想い出しました.「古葉ちゃん,すごすぎる」ってね.イヤ,昭和おやじの大変さなんて監督の足元にも及びませんです.比較すること自体,心からスンマセン.

 

で,古葉監督と衣笠さんの想い出と言えば,江夏投手を含めた3者3様のドラマで知られる,あの余りにも有名な1979年,近鉄との日本シリーズ第7戦の9回裏における江夏豊の救援準備事件(抑えのエース江夏の投入後さらに,池谷と北別府に救援準備をさせたことに江夏がキレた)でしょう.至る所で,あらゆる評論家によって,ごまんと語り尽くされております.出色は江夏の21球,山際淳司であることに異論はないでしょう.

 

なので,自分の文章では陳腐になってしまうので詳細はスルーしますが,リアルタイムでテレビ観戦していました.心臓が止まるかと思いました.あの時,古葉さんの寿命は何年くらい縮んだんでしょうか.さらには,11年間の監督生活で,どれほど?と想ってしまいます.

 

現在は,東京国際大学野球部の名誉監督をされているとのこと.長生きされて,カープ何回目かの黄金時代?を堪能して欲しいものです.