衣笠さんが23日夜に亡くなられました.そして,その悲報に発奮したのか,中日に3連敗した広島が,苦手横浜に敵地で3連勝しました(野球は,ホントーに分からん).ホッ!
小学4年生時から広島カープファンな昭和おやじですが,衣笠さんには監督をして欲しかったー,切実に,と思う反面,監督をしなくて良かったー,とも思っています.監督って,ある意味汚れ役ですから.資金力豊富な常勝軍団ならともかく,スター選手が監督になった場合,選手時代の栄光の経歴に傷をつけないまま監督歴をまっとうする,なんてことは見たことも聞いたこともありません.
衣笠さんが監督として非難を浴びる,そんなのは一度たりとも見たくない,そう思わせるようなナイスガイで大好きなプレイヤーでした.ただ,愛媛と東京が生活の拠点であった昭和おやじが衣笠さんのプレーを生で見たのは,旧後楽園球場と旧松山市営球場での巨人戦を2回だけでした.しかも,両試合とも負けでしたゎ.
衣笠さんの想い出と言えば,インパクト度であれば,それはもう昭和50年のオールスター戦における「浩二・祥雄」の2者連続2打席連続ホームランでしょう.テレビ観戦していました.鳥肌が立ちました.カープの初優勝を確信しました(いやっ,単純だねー).
でも,今でも脳裏に浮かぶのは,死球を受けた時に平然と立ち上がり,相手の投手に「気にするなよ」とでも言うように振る舞い,殺気立った味方には「大丈夫,大丈夫だよ」と手で制していた姿です.「なんて,イイ人なんだ,でも少しは怒れよ」と思ったことをハッキリと記憶しています.ホントに,闘争心がありながらも穏やかな紳士で,稀有な選手でした.だってこの当時は,事あるごとに暴力を前面に出すことがチーム愛と全力プレーの証し,とでも考えていたようなバカ監督・コーチ・選手が多々おりましたから.
とにかく,体が柔らかくて反射神経が良い,ぴったりな表現でしょう.野生動物のような身のこなしで危険球を避けて,まともに死球を喰らう,なんてことがなかった.そして,骨折していても試合に出続けていましたね.当時は「衣笠頑張れー」などと無邪気に応援していましたが,今思うと訳が分からん.
そして,連続試合出場の世界記録更新を受けて国民栄誉賞を受賞したのですが,これにはファンとしては複雑な気持ちでした.大々不振の時期でも,記録更新のために出場し続けていましたから.引退の前年1986年には,ほぼシーズンを通して打率2割を切っていました.優勝したから良かったのですが,正直“自ら身を処してくれないかなー”と思っていました.いやっ,ホントはもっと聞くに堪えないような悪態をついていましたけどね.
だから,衣笠さんは監督にならなくて良かった,とも思います.自分みたいに短気で,目の前の日々の結果でしか評価できないファンが多いですから.反省反省!
衣笠さん,ありがとー,安らかに!!