ブルマはベッドのそばにたつ。
髪が乱れ
左手にかすり傷を負っていた。
静かな寝息が聞こえる。
トランクスは深く眠っていた。
鎮静剤を投与されているのだ。
…仕方がないことだった。
あのままにしておけば彼は
自分で自分の身体を傷つけるかもしれなかったのだから。

いったい死んでしまうとはどういうことなのだろう。

ブルマは繰り返し考えていた。

死ぬってなんだろう?

ドラゴンボールがあったときはこんなことは考えてもみなかった。
失われた命を再び手に入れることも出来るドラゴンボール。
その玉の力でブルマ達は何度か奇跡を経験した。
孫君もヤムチャもベジータも恩恵を受けたのだ。

でも。
今この世界にはドラゴンボールはもうない。
奇跡は二度とおきない。

眠りは死に似ている。
現実の肉体から思念が隔離されて
ぽっかり闇の中に漂っていく。
そしてもしそのまま目覚めなければ
それが死という事なのだろうか?
朝が永遠にこなければ。

人間は眠りにつくたび
死の世界に接触しているのかもしれない。
だけどやはり終りのない眠りというのは恐ろしい。
理不尽に命をうばわれる事などあってはならないのだ。

おそらく。
今回死の淵に向かい合ったトランクスは
更にパワーアップしているのだろう。
死に直面する度に強くなる。
それがサイヤ人の特性なのだ。

ベジータはそれを子どものときから知っていた。
だから自分を追い詰めた。
傷つき傷つけられながらベジータは強くなってきた。
完全な強さを追い求めて。

そのことをトランクスは知らない。
ブルマも悟飯もそのことにはわざと触れなかったのだ。
トランクスはベジータじゃない。
地球で生まれた地球人だ。
自分の体を傷つけて強くなる、
そんな生き方はさせたくないのだ。

悟空が超サイヤ人に目覚めたのはクリリンの死がきっかけだった。

愛する仲間と引き換えに得る力。
絶望によって目覚める力。
自分の命を削りに削って
肉を切り、骨を砕き、
血を流すことによって得られるパワーアップ。

そんなの悲しすぎる。

ブルマはベジータを愛していたがサイヤ人は愛せなかった。
彼の去り方はもっと許せなかった。

自らを破滅させる道をなぜ選ぶのか?

選択肢は他にもあったはずなのだ。
それ以外の生き方を考えようとしないサイヤ人は
取り付かれているのだ。
戦闘民族という言葉に。

サイヤ人だから
殺戮と破壊の中でしか生きられないというのか?

悟空の笑顔を思い出す。
底抜けに明るい笑顔だった。

孫君は違った。
彼の心は温かかった。
いつも前向きにものごとを捕らえていた。
疑うことも迷うこともなかった。
彼がいるだけでこの世界は明るかったのだ。

サイヤ人だから残酷なのでも非情なのでもない。
悟空がいたではないか。
宇宙一強く
心温かいサイヤ人が。

もしも彼が生きていたらベジータは死ななかっただろう。
そしてトランクスも一人で戦わなくて済んだのだ。
悟飯だって。

私たちは誰一人失わないで済んだのではないか??

もう少し。
もう少しでタイムマシンのチャージが完了する。
そしたら孫君にトランクスは会うことが出来る。
勿論あの人にも。

ブルマはトランクスをこの世界で死なせるわけにはいけなかった。
トランクスはもう一人で闘ってきたのだ、ずっと。
トランクスはあまりに孤独すぎた。

この世界にいればトランクスは必ず殺されてしまうだろう。
ブルマにはそう思えた。
だからタイムマシンに望みをかけたのだ。
もちろん
過去に遡るタイムマシンに危険がないわけではなかった。
が、それでも悟空や、…ベジータにトランクスが出会える、
そのほうにかけたのだ。

ブルマは息子の顔を覗き込む。
そっと目じりの涙をぬぐってやった。

ベジータ。
トランクスは連れて行かないでよ。


何も残っていなかった。
本当に何も。
トランクスに言葉はなかった。
真の前に広がる光景は
一面焼けただれた
荒れ放題の土地。
まさに地獄の様相だったから。

「信じられない・・・」

それだけいうのが精一杯だった。

なぜここまで荒らす必要があるのか?
こんなに徹底的に?

生き物の気配など感じない。

トランクスは手足が冷たくなるのを感じた。
指先から血が引いてどんどん感覚がなくなっていく。
唇が乾いて
どうしても言葉が出なかった。

もちろん大体の話は聞いていた。
テレビでも映像は見た。
新聞でも読んだ。
それでも…。
それでも体が震えた。
トランクスの手から力がぬける。
持ってきた菓子袋が手から落ち、
暗い穴に音も立てずに吸い込まれていった。
その場所にはスタジアムが4個は入ると思われるほどの
大きな暗い穴が口を開けていた。
底は深くて何も見えない。
そしてその表面の土は真っ黒に焼かれていた。
草の一本も残っていなかった。
わずかに残った鉄筋の建物。
壁の部分はすべて焼け落ち骨の部分は溶けて崩れていた。
思うが侭に破壊した後
面白半分で放火したのだろう。
あの2人が。


その日退院の決まったトランクスは
こっそり病院をそっと抜け出したのであった。
そして迷わずこの場所に向かった。
一人でこの場所を訪れたかったのだ。
その現場を見たとき自分がどう反応するかは判らなかった。
でも多分自分は取り乱すだろう。
それはわかっていた。
母親にその乱れた姿を見られたくなかったのもある。
トランクスは母親が買物にでたのを見計らって
窓から外へ飛び出した。
手にいくつかの菓子袋を持って。
菓子袋。
それはやはり
トランクスのかすかな希望だったのだ。
自分が倒れていた場所にはっきりとした記憶はなかった。
が、ブルマが救急隊員に確認をとってくれた。
それがこの場所のはずだった。

緑の草のびっしり生えた空き地だった気がする。
青い草の香りがしていた。
そしてここにたくさんの子ども達がいたはずだった。
うっすら覚えている。
あの子供たちの顔を。
力尽きた自分を心配していた小さな顔が
たくさんあったはずなのだ。

「痛くても泣かないでね。」

あの女の子はどうしたのだろう?
髪の長い黒い瞳の少女は。

トランクスはきびすを返す。
西の都の中央部に戻るのだ。
トランクスは少女達の手がかりを知りたくて方々歩き
聞きまわった。
が誰も詳しいことを知らなかった。

「わからないよ。」
「あっという間だったからなあ。」

トランクスは混乱した。
どうして誰も知らないんだろう??
唇をかんだ。
向かったのは警察署。
それで西の都の警察署で説明を求めたのだ。
そこで彼は理解した。
地区そのものが消えたことを。
なにもかも…消えていたのだった。
学校も
住宅地も
関係するもの
すべて。
みんないなくなったのだ、
当時の事を直接知るものたちが。

何もない。
誰もいない。

みんな死んでしまったのか?

あの小さな子ども達は!

めまいがした。
トランクスは軽く頭を下げ警察署を出ると
またもとの場所におりかえし戻った。
唇が小さく震えた。
警察の中では自分を抑えているつもりであった。
それでも時折体から火花が飛び出した。
トランクスの中にエネルギーが溜まっていく。
それは熱いうねりとなって
彼の全身を駆け抜けようとする。

耐えられなかった。

痛かったろう
怖かっただろう
君達は…

トランクスは飛んだ。
脂汗がにじみ出て
叫びたい衝動で胸が苦しい。
人目に付かないところまでくると
トランクスの身体は音を立てて一気に超化した。

「うわあああああああああああっ!!!!!!!!」

もう抑え切れなかった。
刃物のように髪が逆立ち天をつく。
透明なブルーグリーンの瞳が冷たく輝きだした。
体中から溢れる気が暴走しそうになる。
自分がどうなってしまうのか見当がつかなかった。
空に向かってトランクスは気弾を発する。
何本も何本も。
勿論そんなことで彼の暴走がおさまるはずがなかった。
彼の体は怒りをぶつける対象を求めていた。

トランクスは地面に手をつくと突然頭を地表にうちつけ始めた。
鈍い音があたりに響き渡る。
何度も何度も繰り返す。
繰り返す。
いくらぶつけてもぶつけても
トランクスの気はおさまらなかった。

自分が許せなかった。
子供たちに助けられながら
子供たちを見殺しにした自分。

弱い自分が許せなかったのだ。

額がわれ血が流れても
トランクスは自分を責め続けたのである。

流れる血液が目に入る。
脈打つ音が頭に響く。

トランクスの目の前が赤く染まる。
見たことのない世界が広がった。
トランクスの
深層に突き刺さるような
赤い世界。

彼は知らない。
これが血のビジョンであるということを。
サイヤ人だけに見える血に飢えた戦士の証であることを。

彼の心に明確な殺意が始めて芽生えたとき
彼は目覚めたのだ。
サイヤ人の戦士として。
本当のサイヤ人の生き残りとして。

「殺してやる。
殺してやるぞ。
人造人間は俺がこの手で殺してやる!!」

光の柱後半に続きます。span>



それから何年かの月日が流れて
トランクスの孤独な戦いは
終わった。

ブルマの作ったタイムマシンで
過去に行ったトランクスである。
過去で彼は父親であるベジータにあった。
夢にまで見た父親のはずだった。
あいたくてあいたくて仕方がなかった父親だった。

しかしその印象は最低最悪であった。

ベジータ。
人を寄せ付けようともせず
他人には全く関心がない。
人の話に耳を傾けることなく
自分が強くなること以外に全く興味を待たない。
何より彼が傷ついたのは
人造人間に幼い自分と母親の載った乗り物が
撃ち落されたときのことである。
黒煙をはきながら落ちていく物体。
若い母親の顔がはっきり見えた。
なのに。

ベジータは眉ひとつ動かさなかった。

その時の氷のように冷たい瞳を
トランクスはどうしても忘れられなかった。

どうして母さんはこんな人と?
こんな奴
人間じゃない!

正直な気持だった。
人と組むことも出来ず
勝手気ままに闘うその姿も嫌悪の対象となった。

しかしベジータとトランクスは
ともに精神と時の部屋で暮らした。
その二人だけの時間が徐徐にトランクスの気持を開いた。
ベジータの寂しさが
白い世界の空気を伝わって
トランクスの身体に染みとおっていく。
強い人ほど哀しいのだ…。
そしてトランクスは気づいたのだった。

やはり俺たちは親子なのだ、と。

そして迎えた決戦の日。
自分の身体を貫いたセルの攻撃。
トランクスは全くよけられなかった。
死んだ、と自分で思った。
その時のベジータの表情。
ほんの一瞬だったがトランクスはその父親の顔を見た。
それは初めてみる怒り以外の彼の表情だった。
大きく見開いた目が
トランクスを、見た。
唇が振るえ
ベジータは初めて感情のある声で息子の名を呼んだ。

「トランクス…」

トランクスはそのときはじめて
ベジータの裸の心に触れたと思った。

孫悟空は死んでしまったけれどベジータや、
若い母親や、そしてまだ幼い悟飯に囲まれて
トランクスは成長したのだった。
Z戦士たちとともに戦ってきた彼は絶対の自信を持って戻ってきた。
自分の世界に。
それはブルマの期待通りの結果であった。
一段とたくましくなったトランクスは
人造人間たちとセルを打ち倒したのである。

それですべてが終わり
すべてが始まるはずであった。

然しものごとはそう簡単に終わらなかったのだ。

平和になって喜ぶ群集。
しばらくはあちこちでお祝いのイベントがあった。
勿論誰がセルたちを倒したというのは誰も知らない。
それでトランクスは満足だったのだ。
なのに。
彼の中で何かくすぶり続ける思いがあった。

それは
むなしさ。
そうとしか言いようがなかった。

激しい戦いの後に突然きた空虚。

ものごころがついたときから張り詰めていた緊張の糸。
それがぷっつり切れて…
トランクスは自分の立つべき場所を見失ったのだった。

これから俺は
どう生きたら
いい?