トランクスは考え続けていた。
白い天井と点滴のボトル。
管を滴り流れる液体。
見えるものがそればかりの毎日では
考えることしかできなかった。

悔しさは尽きることがない。
そして自分に対する怒りの気持も。
答えの出ない思い。
そんなことを考えたところで
どうなるわけでもない。
しかし考えずにいられなかった。

生きているということに
果たして意味があるのだろうか?
助かったことは嬉しかった。
しかしそれと同時に恥ずかしくもあった。

ちっぽけな自分の力。
この手でいったい何ができるというのだろう?

信じるんだ、
トランクス君、大丈夫だよ。

そう言い聞かせてくれた悟飯も今はいないではないか。
本当に
努力すれば夢はかなうのか?
世のなかにはかなわない思いもあるということは
わかっている。
なのになぜ自分は
ここにいるのか?

それは多分
誰にもわからない。
トンネルの出口は見えないのだ。
無駄かもしれない。
そう思い出すと
生きていくのも辛くなる。

だが
それが生か。
それが生きていくということなのか?
強くなれない自分。
情けない自分
恐らく自分がいなくてもこの世界はそれなりに回るのだ。

なんのために
俺は
生き続けるのだろう?
悔しい思いをかみ締めながら。

悔しかった。
弱い自分が。
強くなれない自分が。
本当に…悔しかった。

「本当に良く生きて帰れたものね。」

ブルマがりんごをすりおろしながら呟くように言った。
トランクスは、はっとする。

ここは西の都の病院である。
トランクスの部屋は一階の
ナースセンターに近いところにあった。
開かれた窓からは
冷たいけれどさわやかな空気がはいってくる。
しかし窓から見える光景は荒れ果てていた。
なおしても
作り直しても
また壊される町並みに
人の心は荒んでいた。
しかし
今はほとんど壊滅状態の都であるが
それでも良心ある人間達は
細々と自らの役割を果たしているのである。

トランクスは眉も動かせない状態だった。
全身を激しく打撲し内臓が破裂し何箇所も骨折をしている。
肋骨が右の肺を貫通していた。
彼にサイヤ人の
ベジータの血が流れていなければ
とても生きてはいなかっただろう。

サイヤ人の血。
ベジータに取り付いていたこの戦士の血は
彼女の息子にもうけつがれていた。
トランクスを産んだ時
ブルマは真っ先に彼の臀部に目をやった。
そこにはやはり彼女が予想していたように
茶色の長い尻尾が生えていたのである。

それは間違いなくベジータの子
サイヤ人の証であった。
トランクスの愛らしい表情と
くるりと巻いたその尻尾。
ブルマが複雑な気持になったということは間違いない。

「ベジータ…」

ブルマはある日決心を固めた。
思いつめた表情で重力室に向かおうとするベジータに言葉をかける。

「…トランクスの尻尾
切っていい??」
「いいぜ」

意外だった。
ブルマは何度もベジータの顔を見た。
そう。
ベジータはあっさりそう答えたのだ。

「本当?」

言葉に詰まるブルマ。
ベジータはそんなブルマの様子はお構いなしのようだった。

「俺はあの大猿の姿は醜くて気に入らない。」
「ベジータ…」
「尻尾は弱点でもあるしな。
なくてもかまわん。
切りたきゃ切るんだな。
…それとも俺がとってやろうか?」

そしてベジータはいとも簡単にトランクスの尻尾を切断したのである。

ベジータは最後までトランクスを抱かなかった。
最後の最後まで抱きしめなかった。
彼はいった。

「この手では抱けない」と。

しかしブルマは気づいていたのだ。
トランクスを見るベジータの瞳が
いつもかすかに微笑んでいたのを。

ベジータは多分
人に愛された事がなかったのだ。
だから知らなかったのだ。
大事な人ができたとき
自分がどうしたらいいのかを。

ベジータは
自分の血を引くトランクスを
彼なりに愛していたのだ…。


トランクスは母親の気に触れる。
彼女がどんなに彼の体を心配しているか。
それが本当によくわかった。
そして彼の体が傷ついたことに
彼女が心をどんなにいためているかということも。
もちろん
…それに初めから気がつかないトランクスではなかった。

母さん、すみません。

トランクスはたまらず目を閉じた。
できれば頭からふとんをかぶって隠れてしまいたい気持である。
今それができない彼は
無表情を装うしかなかった。
その様子をブルマは微笑みながら見つめていた。
ブルマにはブルマなりに息子の気持がわかるような気がしていたから。
そしてブルマは息子の気持を押しはかるように呟いた。

「…あんた母さんと一緒で運が強いのよ。」
「本当だ…」

小さく答えるトランクス。
正直再び生きて帰れるとは思っていなかった。
人造人間は、強い。
力の差はあまりにも大きすぎる。

悔しくて悔しくて仕方がないけれど
トランクスはその事実を認めざるを得なかった。

ブルマがトランクスの口にすったりんごをスプーンで入れてくれる。
まるで幼い時のように。
そのときにみえた母親の表情は暗くはなかった。
然し目は腫れている。
トランクスの胸は、…痛む。

「傷が治ったら・・」
「なに?」
「今度は母さんの言うとおりに17年前に行きます。
そして悟空さんにあってきます。」
「…それがいいわ。」

ブルマは静かにうなづいた。

「母さん。」
「なあに?」
「俺を助けてくれたのは誰ですか?」
「え?」
「…俺が動けなくて倒れていたときに
…どこかの子ども達が救急車を呼んでくれたようなんですよ。」
「あんたは…」

ブルマは言った。

「西の都のはずれの6789地区の空き地に倒れていたのよ。
その子ども達のことは聞いていないんだけど…、
退院したら一緒に捜しに行きましょうか?」

トランクスはなんとかうなずいた。
あの長い黒髪の少女。
彼女たちには助けてくれたお礼を言うべきだと
考えていたからだった。






西の都に夜が来た。
底なしの闇である。
どこにも明かりがともることはない。
見渡す限り真っ暗な闇である。
絶望的に、暗い。

それも仕方のないことであった。
明かりをつければ人造人間達がやってくるからだ。
彼らは嬉々としてやってくる
それも気まぐれに。
何の脈絡もなく、だ。
黒髪で華奢な少年の姿をした17号。
ブロンドの髪で肌が抜けるように白い18号。
美しい少女だ。
2人とも美しい切れ長の瞳を持っている。
然しその恐ろしさは見た目では想像がつかない。

この美しい双子が世界を地獄に変えていくのだ。

彼らに哀れみや悲しみの感情はない。
あるのは破壊する喜びと
逆らう者への怒りだけである。
そして彼らは毎日多くの人命を奪い、
数え切れない幸せを踏みにじっている。
彼らは思うが侭に楽しんでいるだけだ。
破壊と殺戮を。
そしてれがここでの現実だ。
目をそむけようもない。

人々は息を殺して祈る。
再び夜明けが来ることを。
生きて朝日を拝める朝を。
然し祈りは通じない。
闇の静寂は毎日のように破られるのだ。
突然起きる大音響。
立ち上る火柱。
何本も何本も天に届く。
鼻をつく異臭。
瓦礫の山。
警察も消防も近づけない。
誰だって殺されたくないのだ…。
のこるのはただ
焼き尽くされた地面だけ。
その場所にも多くの人が生活していたはずなのだ。

入院中のトランクスの耳にもその様子は届いてくる。
彼は常人以上に耳がいい。
そして様々な気を感じることが出来る。
勿論人造人間に気はありえない。
でも彼には聞こえてしまうのだ。
助けを求めて息絶えていく人々の
悲壮な声が…。

聞こえなければ
知らなければ
どれだけ楽だろう!

トランクスは歯を食いしばる。
歯が折れんばかりに音を立てる。
拳を握る。
十分に手のひらさえ握ることの出来ない自分の体。
動けない自分に怒りが沸いてくる。
情けなくて、情けなくて体が張り裂けそうになる。

戦えない戦士など意味がない。
意味がないんだ。

自分の弱さに反吐がでる。
闘志は、ある。

闘いたい。

たとえ力尽き骸をさらす事になったとしても。
それが自分の生き方だと思っている。
然し首さえ持ち上げられないのが今の自分なのだ。

毎夜声にならない小さなうめきをトランクスは漏らした。

夜明け。
ブルマも眠れない夜を明かした。
24時間の付き添いはもういらないのだが
目を離すとトランクスが消えてしまうような気がした。

ベジータに似てきた。

ブルマは横たわる息子の横顔を見つめる。
激しく
そして静かに怒りを秘めた瞳。
それなのに透き通っていて
どこかさびしい瞳。

この目はベジータの目だ。
間違いなくベジータの目だ。


トランクスも夜はねむれなかったのだろう。
うとうとと眠りかけていた。

息子に語りかける言葉などもっていなかった。
包帯だらけのその手を黙ってそっとつつむ。
そして今は我慢しなさいと、心の中で祈るのだった。

また今夜も夜空が赤く染まるだろう。






1ヶ月たってようやくトランクスは歩けるようになった。
常人よりもはるかに早い回復である。
それでも長い一ヶ月であった。
もうこの世界にはドラゴンボールも仙豆もない。
メディカルマシーンを作ろうとも機材が足りない。
いくらサイヤ人の血を引いているからといっても
トランクスは生身の身体である。
血も流れれば痛みもあるのだ。
それでもトランクスは闘わねばならない。
最後のサイヤ人として。

あの子供たちはどうしているのだろう。
俺を助けてくれた小さな子供たちは。

トランクスはそれも気になっていた。
少しでも早く助けてくれた子ども達にあいたいと考えていた。
そしてちゃんとお礼を言いたかったのだ。
トランクスの脳裏に浮かぶ
髪の長い黒い瞳の女の子。
ちらりとしかその姿を見ることは出来なかった。
しかし覚えている。
その気の暖かさを。
心が救われるようなやわらかくて儚げなその気を。
もし彼女らが救急車を呼んでくれてなければ
自分はもう死んでいたのかもしれなかった。

ただ。

十分戦えない身体で出歩いて
人造人間に出くわしたときのことを考えると
さすがの彼も慎重にならざるを得なかったのだ。

もし出会ってしまったら。

やはりトランクスは戦うだろう。
最後の戦士として。
そして気高く散っていくに違いない。
父親の様に。
悟飯のように。
それがサイヤ人なのだ、たぶん。

今の自分に人造人間は倒せないのだ。
それは十分判っている。
また彼らがトランクスを見逃すとも考えられなかった。
あえば必ず襲ってくるだろう。
人造人間たちは楽しんでいるのだ。
命をもてあそぶことを。

だから強くならねばいけないのだ、今は。
この体が動くようになったら
俺は過去に行く。
そして父さんに会うんだ。
俺のたった一人の父さんに。

トランクスは目を閉じた。
夢を見たくなったのだ。
夢の中でなら会いたい人に会えるはずだから…。






翌日。
西の都はさわやかな快晴であった。

高い建物はほとんど破壊された西の都である。
見渡す限り瓦礫の山だ。
立て直しても片付けてもまた繰り返される
人造人間の破壊活動。
賽の河原の石積みのような復旧作業が
人の心をじわじわと荒ませる。

ブルマは空を眺めていた。
今日のトランクスのリハビリはもう終わった。
今から夕食まではほっと一息だ。

青い空にぽっかり浮かぶ白い雲が
静かに流れていく。

そうだ。

ブルマは自分に語りかけた。

ベジータが去ったあの朝も
こんないい天気だった。

誇り高く
たくましい
サイヤ人の王子ベジータ。
漆黒の瞳を持ち
輝くような肌を持っていた
美しい男。

今でも彼を忘れられない。
彼の体温
彼の息づかい。
それらのすべてが
ブルマの記憶に残っている。

ブルマはベジータを愛していた。
然し彼の生き方は愛せなかった。

あのとき・・・

「俺のことは忘れろ」

ベジータはただそう言った。
そして二度とブルマの元に戻ってこなかった。

彼が残したものは
片方だけの焼け焦げた手袋だけ。
真っ黒に焼け爛れた廃材の中の
焼け焦げた手袋。

さようならも言わないで
亡骸ひとつ残さなかった。

忘れられるはずがない。
あんたを。
本当に酷い人だ。
あんたは。

でも
……今も愛している。
ベジータ。


ブルマはため息をついた。
傍らのトランクスをちらりと見る。
読書をしているトランクス。
横顔が本当にベジータに似てきたと思う。

トランクスがいる限り
私がベジータを忘れるはずがないじゃないの。

ブルマはため息をつく。

そのとき。
窓にもたれて外を眺めていたブルマの顔が突然ひきつった。
見たくなかった光景があった。

はるかかなたに黒い煙が立ち昇った。
何本も何本もだ。
その方向は…。

ブルマはそれを息子に気づかせまいと考えた。
見せたくないと思った。
が、トランクスは母親のそんな表情を見逃さなかった。

「母さん?」

ブルマは一瞬戸惑う様子を見せたが
思い直したように窓の外を指差した。
隠すことは出来ないと思ったのだ。
トランクスはぎこちない動きで窓辺による。
そして窓の外に顔を出した。

「あっ」

トランクスは息を飲んだ。
その煙の立ち上る場所は
自分が子ども達に救われたと教えられた方向に
間違いはなかった。

大きな爆発音が響き渡った。
振動で窓ガラスが震えた。
あまりの突然の来襲だったのか緊急情報も間に合っていない。

「いかなきゃ!!」

トランクスは気を高め超化しようとした。

「だめよっ!」

思わずブルマが叫んだ。
彼の背中から抱きつくように覆い被さる。

「今はダメ!」

トランクスの身体で闘えるはずがない。
トランクスを見殺しになど出来ない。

「もう間に合わないわ!」
「でも、でも、母さん!!」
「あんたは戦える状態じゃない!」
「でも俺が
俺がいかなきゃ!」

トランクスは松葉杖を投げ捨てた。
窓からとびだすつもりで駆け出そうとした。
然し彼の身体は正直だった。
超化することが出来なかったのだ。

「トランクスッ!!」
「ぐッ…!」

トランクスは胸を押さえて動けなくなった。
彼の胸が激しく痛み
息が出来なくなったのである。

「トランクス!!」

トランクスに駆け寄るブルマ。
それでもトランクスは這うようにして窓際ににじり寄っていく。
首をかきむしりながら。

「が、がはっ…。」
「ばかっ、トランクスのばかっ!」

ブルマは息子をたたせまいと必至で押さえ込もうとした。
もちろん彼女が息子を抑えられるはずがなかった。
しかし突然トランクスは音を立てて倒れた。
体がびくびく震えて
のどからヒューヒューという風のような音がでた。

「トランクス、・・・!」

息子の体にかぶさる様にしながら
ブルマは彼の身体を抱こうとする。
今は母親よりも大きく育った息子の身体を
必至で抱き上げようとする。
涙が溢れてその雫がトランクスの頬をぬらす。

「トランクス…。」

ブルマは何度もその名を繰り返しつぶやいた。

「…トランクスのばか。
私を一人にしないでよ…。」