トランクスは空を見ていた。
青空にぽっかり浮かんだ白い雲。
ゆっくりゆっくり流れていく。
小高い丘でただ一人トランクスは時間を過ごす。

どこからか小鳥の囀る声が聞こえる。
水の流れる音が聞こえる。
眼前には復興しつつある西の都が見えた。
そこはもう火柱が上がったり
瓦礫が崩れたりすることはない。
その静かな様子を
トランクスは遠くはなれたここから眺める。
たった一人で。
整備され美しく片付けられようとする街並み。
みるみる変わる町の様子。
それはそれで楽しいことのはずだった。

なのに
トランクスは復興されゆく街に入る気になれなかった。

まず、道路や公共施設がなおされていく。
美しい花が植えられていく。
まるで
ついこの前の戦いが夢のようだ。
だがその復興のスピードに
トランクスは戸惑いを覚える。

もう誰も人造人間の話はしない。
忘れたいのだ、みんな。
それは悪いことではなかった。
だけど。

トランクスの心はついていけなかった。

ふとトランクスは自分の手のひらを見る。
ベジータに似たと言うトランクスの白い手。
つめが大きく指の長いやわらかい手だ。
然しこの手で数多くの敵を倒してきた。
父親と同じように。
トランクスの父親はベジータだ。
戦士ベジータだ。

俺は闘わねばならなかった。
それは正しいことだったのだ。
然し…。

やはり
俺の手は
血塗られている。

平和を感じる度に
感じるこの違和感。
そして突然トランクスを襲う血の感触。
生暖かく
ぬるぬるとした
血糊の感触。

どうして?
どうしてこんな気持になるんだろう?

今彼の手には今黒い皮の手袋がはめられている。
彼はいつからか手袋をはめ出したのだ。
見たくないのだ、
手のひらを。
ベジータに似たこの手のひらを。
だから。

それは封印の証。
もう彼が戦わないと決めた証拠。
この手が気弾を発することはもうないだろう。
これからは。
平和が来たのだ。
待ち焦がれていた。

血塗られた戦士などこの世界に必要ないんだ。
戦士の俺はもういらない。

彼は自分に言い聞かせる。
自分を納得させるように。
戦いは終わったんだと。
自分で何度も何度もつぶやいてみる。

でもトランクスは突然思い出すのだ。
それはいきなりやってくる。
人造人間を倒したときのあの昂揚感。
セルを殺したときの体中の毛穴が開くような感覚。
それは途轍もない開放感。
全身がしびれる。
でもそれは激しい嫌悪を伴う快感と言える。
背筋を走る怪しい感覚。
全身から粘つく汗がどっと噴出し
気がつくといつも鳥肌がたっている。
気持ちが悪くなるほどの落ち着きのない気分が
トランクスの心を揺さぶる。
吐き気に襲われる。
同時に恐ろしいまでの自我の放出感に襲われる。
後ろめたく恥ずかしい思いに襲われる。

何なんだ。
この気持は。

ぽっかりと何かが抜け落ちたような虚無感。
それでいて胸をかきむしりたくなるような焦燥感。
誰にもいえない怪しい興奮。
この相反する気持はなんなんだ。

だけど。

…トランクスは本当は理解している。
過去の時代で同じ血をもつベジータにあってきたから。
純粋なサイヤ人の父とともに過ごしたからだ。
命と引き換えにしても
強さだけを求めに求め
戦闘の中でしか生きていけないサイヤ人達を見てきたからだ。

本当はトランクスは気づいている。
それは父親と同じ戦闘民族の血だ。
自分の体の中に流れる
サイヤ人の残酷な戦士の血がこの平和に物足りなさを感じているのだ。
血が血を求めているのだ。

戦いたいのか?
俺は?
この拳で闘いたいのか?
そんなはずはない。
…戦いたいわけがない。
もう殺されるのも殺すのも真っ平だ。


俺は
純粋なサイヤ人ではないはずだ。




セルとのこの世界での戦いが終わって
半月ほどたつと
トランクスは毎晩夢を見るようになった。

超化した美しい戦士の夢である。

いつか見た
山吹色の道着。
片袖が風に揺れる。

それは
忘れもしない師、
悟飯であった。

金糸のような髪を風になびかせ
隻腕で暗闇にたたずむ悟飯の姿は
青く輝き
とても美しい。
その彼の透き通った瞳が
トランクスをじっと見つめている。
悟飯は残された片腕を真っ赤に染めたまま
ガラスのような碧眼で
トランクスにゆっくり微笑みかける。

いつもだ。

その悟飯は
トランクスの記憶にあるどの悟飯よりも
切なくさびしい顔をしているのであった。

ああそうか。

この表情はあのときの悟飯さんなんだ。
俺を置いて
一人逝ってしまった
あのときの。
最後の時の姿なんだ。

悟飯は夢の中で
何時もトランクスに
何かを問い掛ける。
それがいつもよく聞き取れないのだ。
だから
トランクスは夢の中で聞き返すのだ。
しかし
それでもよく聞き取れない。

何なの?
何のことをいっているの
悟飯さん?

そのとき。
悟飯は黙って
ただトランクスを見つめるのだ。
とても寂しげに。

「悟飯さん
いっちゃいやだーーーーーーー!!」

夢はそこでいつも終わる。
トランクスは
いつも
泣き出しそうになる。

どうして
どうして何も答えてくれないんですか!
悟飯さん。
どうして…?

一人残されるトランクス。
ただ腹のそこからまだ突き上げてくる
怪しい衝動だけが残る。
自分が何かに
自分の意思と無関係に
突き動かされそうになる。
その黒い「もの」に耐え切れなくて
トランクスは一人北の方向に飛び立っていく。
そう。
今日も。






岩山ばかり広がる高地。
不自然に砕かれた大きな岩が
あちこちに散乱している。
ここは北の荒れ果てた高地である。

大小の岩石のかけら。
それはベジータが、
悟空がこの世に生きていた証。
そして悟飯とトランクスが
ともに生きてきた証だ。
ここはサイヤ人の血を引くものが過ごした場所。
彼らはここで拳を交え血を流し
心を通わせたのであった。

その地に
今は最後の一人のトランクスが時を過ごす。
もう誰もいないこの場所で。

地面を見つめるトランクス。
トランクスはそのわずかな土の上に寝転がる。
草さえはえない
いつもと同じ場所に寝転がる。
そこはいつも彼と悟飯が過ごした場所なのだ。

悟飯が
トランクスの師が
いなくなってもう何年もたつのに
この位置この場所に
今でも悟飯の暖かい気が感じられるように思う。

…悟飯さん。

トランクスは地面に頬を擦り付ける。
少しでも悟飯の香りを求めたくて
何度も擦り付ける。
肩が振るえ
指先が堅い地面に食い込んでいく。

寂しいのではない。
悲しいのでもない。
そんな気持はもう忘れてしまった。

物心ついたときから
破壊と殺戮の世界で生きてきた彼である。
トランクスは大声で笑うことも
泣くこともなく育ってきた。
手のかからないいい子だったのか
それとも恐怖に慣れていたからか。
頼る相手のいない母親を
子どもがてらに
守ろうと考えたからなのか。

それは彼にも理解できない。

そんな彼が唯一心を開いたのが
同じ様にサイヤ人を父に持つ悟飯だったのだ。

「違うよトランクス君。
もっと、こう、怒るんだ。
超サイヤ人は
心のそこからの怒りが
引き金になって生まれるんだよ。」

なかなか超化できないトランクスに
悟飯はいつもそういった。

「怒ってご覧。」

そういわれてトランクスは首をかしげる。

「だって悟飯さん。
何を怒ればいいのか…」
「なにをって、…」

悟飯は戸惑うような表情になる。

「人造人間が罪もない人を傷つけているんだよ。」

トランクスは言われたようにイメージをしてみる。
然しなかなか超サイヤ人の道は開けないのであった。

そうか。

悟飯は一人納得する。

自分は平和な時代を知っている。
だからこそ
今の悲惨な状態に
憤りを感じることが出来るのだ。

だが、トランクスは違う。
彼にとって今の凄惨な世界はあたりまえの景色なのだ。

ベジータさんがそうだった。

怒りによって目覚める戦士
超サイヤ人。
ベジータさんは最後までなれなかった。
ベジータさんが怒りを感じていないはずはなかったのに。

悟飯も悟空も平和な暮らしを経験している。
人として当たり前の生活を経験している。
家族と暮らす
ただそれだけの
なんでもない毎日があったことを知っている。
そこに何らかのヒントがあると思う。

悲惨なことが
悲惨と感じられない。
そんなトランクスが
悟飯には哀れに思う。
悟飯はトランクスの足元に目を落とした。

「だめです、悟飯さん。」

トランクスは汗まみれの状態で息を切らしていた。
全身から汗が滴り落ち
足元がふらついている。

「すこしやすもうか。」

悟飯はトランクスにそう声をかける。

「はいっ!」

嬉しそうに微笑むトランクス。
そして悟飯は
固い土の上にごろりと寝そべった。

青い空が頭上に広がる。
降り注ぐ陽光。
山吹色の道着が鮮やかに日差しを浴びていた。
トランクスはまぶしそうに目を細めた。

悟飯はトランクスに微笑みかけると
すっと手を差し伸べた。

「おいで。」

トランクスは師の手をとる。
暖かいがごつく大きい手。
勉強が好きで学者になりたいといっていた悟飯の手は
意外に硬かったのである。
それは純粋なサイヤ人の戦士
悟空に似たものらしかった。
残されたその隻腕がトランクスを抱きしめる。
優しく、それでいてしっかりと。
ブルマの前ではわがままも言わない
いい息子のはずのトランクス。
そのトランクスは
悟飯の前では幼子のように胸に甘える。
師の熱い胸板に頬をすりつけ
体温につつまれて
目を閉じる。
聞こえる心臓の音がトランクスの鼓動と一体化し
トランクスの気持を和らげる。
孤高の戦士悟飯。
父親を無くし
同志を全て失った彼。
彼もトランクスを本当にかわいがっていた。
あるときは兄のように
また父親のように。

「君は戦士にはむいていないのかもしれないね。」

時々悟飯はそう言った。
悟飯の胸の中でトランクスはその声を聞く。
悟飯の香りがトランクスを和ませる。
その体温に体の疲れも癒されていく。

「本当なら
そのほうがいいのかもしれない。
・・・こんな世界でなければ。」

誰に言うでもなく悟飯はつぶやいた。

「あ、でも
ベジータさんがゆるしてくれないか。
誇り高いサイヤ人の王子だもの。」

悟飯は笑った。
トランクスも小さく笑う。

「ねえ、
悟飯さん。」
「なんだい?」
「悟飯さんは
何時超サイヤ人になったの?」

師の心臓の音を聞きながらトランクスがたずねる。
何気なく聞いたつもりだった。
しかし。
一瞬悟飯は言葉を飲み込んだ。

悟飯は少し間をおいて、
それでも静かに答えた。

「僕は…」

悟飯の手がトランクスの髪をなでる。

「ピッコロさんを
殺してしまったときさ。」

聞かなければよかった。
そう思ったけれど
もうどうしようもなかった。
あわててトランクスは
師の手を握りなおした。
急に自分の心臓の音が
大きく聞こえる。
悟飯の手のひらにも
うっすら汗がにじんでいた。

「僕はね、
ピッコロさんを2度も死なせているんだ。
僕に力がなかったために。」

悟飯は淡々と語っているようであったが
その手は震えていた。
こういう反応は思いもよらなかった。
…トランクスはどうしたらいいのかわからなくて
ただ師の身体を抱きしめた。
力いっぱい。
自分の血流の音がどくどくと
頭の中に響き渡る。

然し悟飯は淡々と続けた。

「僕がもっと強くて
自分の身さえ守る事が出来ていたら…」

トランクスの頭を抱きかかえる悟飯。
そっと彼の髪をなでる。
指先がトランクスのおでこに触れる。

「ピッコロさんは今も生きていたと思う。」

悟飯は言葉を続けた。
トランクスを抱きしめながら。

「僕はサイヤ人として目覚めたんだ、
そのときに。
自分の弱さに怒りを覚えて。
そしてサイヤ人として生きることに
決めたんだよ、
それからね。」
「だから
…家に帰らないの?」

トランクスは恐る恐る聞いてみた。
一度聞きたかったことである。
そのころの悟飯はパオズ山には帰っていなかった。
この荒地に暮らしていたのだ。
たった一人で。

「うん。
僕のお母さんは「超サイヤ人」が嫌いなんだ。
超化した僕を見ると
必ず泣いちゃうと思う。
仕方ないんだ。
…僕は闘うことに決めたし。
戦う姿を
お母さんにだけは見せたくないんだ。」

悟飯はちいさなため息をついた。

「…でももしこの戦いが終われば…」
「終わったら?」

トランクスは恐る恐る顔をあげて悟飯の顔を見る。

「家に戻って勉強したい。
君にも戦闘じゃなくて勉強を教えたい。」

悟飯はトランクスをしっかり抱きかかえて
いった。

「もう二度と戦わないよ。」





夜が明けた。
まだ薄暗い中をトランクスは一人家路に向かう。
静まり返った西の都。
今なら誰にもあわないで済んだから。
今はもう誰にもあいたくないのだ。
今は。

そっと自宅にもどる。
トランクスはあっと声を漏らす。。
キッチンに明かりがもうついていた。

「トランクス。」

台所にいたブルマが気づいて声をかけた。
トランクスはドアの前で立ち止まった。
ブルマはとがめる様子はなかった。

「おかえり」

かえってそれがトランクスの心を締め付けた。

「すみません、母さん。」

トランクスは母親に深く頭をさげた。

「また北の荒地に行ってたのね。」
「そうです。
つい眠ってしまいました。」

ブルマは息子にコーヒーを勧めた。
トランクスは黙って椅子に座る。

息子の事が心配でないといえば嘘になる。
ベジータがそうだった様にいつしか息子も
あの北の山岳地帯に行くようになっていた。
かつてベジータが悟空と修行したその場所で
知ってか知らずか息子達も拳を交えていた。
そして今最後のサイヤ人の血を引くトランクスが
たった一人その地で時間をすごしている。
いったい何をしているのだろう…。

ベジータ。
連れて行かないでよ。

ブルマはつぶやく。
誇り高いサイヤ人の戦士ベジータ。
ブルマは今でもはっきり覚えている。
地球に来てからの彼は
いつもあの地で血を流していたのだ。
自分で自分を傷つけることもあったし
悟空と傷つけあっていたこともあった。
ただ強くなりたい
それだけのために。

戦闘民族としての自分の力を持て余し
超サイヤ人になれないもどかしさに自分を見失い
煮えたぎる血を抑えられなくて
いつもベジータは身体も心もずたずたに切り裂いていた。。
ブルマはベジータを愛してはいたが
とうとう彼の暴走を止めることは出来なかった。

あの日。
死を確信しながらも
彼は戦士として散っていった。
自分のプライドを守るために。

でも
本当にそれで良かったのだろうか?

プライドを守ったところで
死んでしまえば意味はないのではないか?
生きているからこそ報われることも
あるのではないだろうか?
死ぬことだけが全てだったとは
どうしても思えないのだ。

トランクス。
トランクスもそうなるのだろうか?
彼も父親のように
サイヤ人の血にいずれ支配され
破滅の道を歩むのだろうか?

ブルマは拳を握る。
もしそうならば…。
トランクスは救わなければいけない。

あんな生き方はいやだ。
ベジータのような生き方は。
トランクスは私たちの世界で生きていかなければ。
トランクスは私の血を引く地球人だ。
私が産んで育てた息子なのだ。

ブルマは黙って朝食を作る。
心の震えをださまいとしながら平然と振舞っている。
然しやはり親子である。
その気持はやはり息子に伝わる。
だからトランクスはすまなそうに無言でテーブルについている。
ブルマはその様子をぼんやり眺めている。

ああ。
ベジータならこんな反応はしなかった。

やはりトランクスは私の息子だ。
地球人なのだ。