イラスト・てんちょさん

ベジータはまぶたを開いた。
いつのまにか自分の目じりから
涙が流れていた。

ベジータのとなりで
ブルマが小さな寝息を立てている。
ベジータはそっとシーツをかけてやる。

頼りない体だ。
その手首は小枝のように細く
肌はやわらかくてあまりにももろい。

ベジータは上半身を起こすと
水差しを取って自分ののどを湿らせた。

ベジータにとって
ブルマとのセックスは
本当に神経を使う。
怪我をさせないように交わるのは至難の業だ。
今までベジータは骨が折れ
肉を引き裂くようなセックスをしてきたのだ。
死と隣り合わせの底なしの快感。
それがサイヤ人のセックスだと思っていた。

だけど
そんなに激しい快感がなくても
ブルマなら愛せる気がする。
壊さないように
傷つけないように
そっと抱きしめるだけでも
とても気持ちがよくなるから。

無防備なブルマの顔を見つめながら
ベジータは思った。


オレは
ベジータ王も
母親も
失いたくなかったのかもしれない。
本当は3人で
生きていたかっただけなのかもしれない・・・。








雪がみたいといったのはブルマだった。

今夜はブルマに
白いドレスを着せて
雪を見に行こう。
オレがブルマを抱いて
星空を飛んでいこう。


ベジータはブルマの寝顔を見つめて
くちもとをそっとゆるませた。

白いシーツの海に
彼女の髪が見事に広がっていた。






今夜はクリスマス・イブだ。




「どうして ベジータの方からは
あたしを抱かないの?」

べジータは思わずのどを詰まらせそうになった。
野菜を思い切りはさんだサンドイッチが
「頬袋」の中に思いっきり入っていたのだ。
おかしなところにレタスの塊が詰まってしまい
ベジータは目を白黒させた。
ふくれっつらのブルマが
2リットルのミネラルウォーターのボトルを
ベジータに黙って手渡す。
彼はそれを一気に腹の中に流し込み
息をついた。
そしてさらにもう一本水を手渡すように
声を出せないままでブルマに要求した。

「きっ、貴様・・・
人が朝飯を食ってるときに・・・」
「だってぇ・・・」
「だってじゃない!
相変わらず下品な女だ!」
「なによ」

ブルマは唇を尖らせる。

「その下品な女が大好きなくせに・・・」

べジータは巻きつくブルマの腕を
何度も振り払いながら顔を赤くした。

「誰がそんなことをいった!
オレに抱きつくな!」
「もう・・・」

そういいながらも
ブルマはいたずらっぽく目を輝かせ
しっかりとべジータの腰に両腕を回した。
わざと太ももの間に顔を擦り付けてやる。
何度も何度も。
上目遣いで
ちらりとベジータの顔をのぞき見ると、
ベジータは無表情で
まったくブルマの行動に気づかない振りをしていた。

「ちょっと
無視する気?」

いすに座っているベジータの硬い太ももの上に
向かい合うようにまたがるブルマ。
ベジータの顔を両手ではさんで
自分のほうに向けさせた。

「やめろ。
飯が先だ。」

「もう・・・
好きな女ができたら
抱きたいと思うのが
普通の男じゃないの?」

ベジータは目も合わさずに答えた。

「あいにくオレは
普通の男じゃないんでね。」

べジータは薄いコットン生地の白いシャツに
青いデニムのパンツ姿である。
今戦闘服を着ていないベジータに
残虐な戦士の面影はない。
白い肌に漆黒の髪を持つ彼は
目つきこそ鋭いが
奇麗な眉を持っていて
何処となく
その顔つきは少年のように見える。
しかしその体は
何十年も繰り返された激しい訓練によって
鍛えに鍛えぬかれ
まるで
古代ギリシャの彫像のようにも見えた。
その両者のアンバランスが
ベジータの底なしの魅力であり
彼に流れる血筋のよさを
ひしひしと感じさせた。

「ベジータ・・・」

はっきりと浮かび上がる
彼のボディラインにあわせて
ブルマの指が細かく動く。

「・・・」

べジータも食べることを一時やめる。
そして自分の右手を
ブルマの髪にそっともぐらせた。

「好きな女をを抱きたくないの?」
「・・・それはこの星の生き物の事だろう。」
「サイヤ人はそうじゃないの?」
「少なくとも
・・・俺は違う。」
「へんなの。
孫君はどうなのかしら。」
「知るか。」
「だって、・・・」
「やめろ・・・」
「嫌いじゃないんでしょう?
こういうこと・・・」 
「・・・」
「・・・ベジータ・・・」

ベジータは
かすかに頬を染めると
深く
静かに息を吐いた。




「・・・嫌いじゃ、ない。」





ブルマの肌は柔らかい。
とても熱くて
とても冷たい。

オレの体が
ブルマに重なる時
オレの心がなんだか緩くなる。
そして
オレは
いろいろなことを思い出すんだ・・・。





オレは
強くなることだけを考えていた。
それ以外に何の望みが
オレにあっただろう?
強ければ生き
弱ければ殺される。
いや。
殺されたほうがましだ・・・。

死ねずに踏みにじられ
生き恥をさらし続けること。





・・・最悪だ。






闇より深い闇。
底なしの闇。

記憶の中でベジータは
一人追っ手から逃げ惑っていた。

背中からだらだらと血が流れ
足元でベちゃベちゃという音がした。
意識はすでに朦朧としている。

彼は砕かれた左肩をかばいながら
瓦礫の影に倒れこむようにして
何とか身を隠した。

「ちっ・・・」

座り込んでしまうと
全身ががくがくと震え始め
ベジータは悪寒に襲われた。

彼にはわかっていた。
こんなことをしても無駄だ、
ということが。

奴らにはスカウタ-があるのだ。
隠れても無駄だ。


ちくしょう・・・




ビスナの死後
何年かが過ぎていた。
成長し
めきめきと軍の中で頭角をあらわした
少年戦士ベジータである。
ベジータはみるみる戦闘力を上げていった。
あたえられた任務をそつなくこなし
弱者を無表情に排除する。
少年らしからぬ破壊力と
冷酷さを持つベジータは
その容貌も目を引いて
ついにはフリーザの眼にも
とまるようになっていた。

「使い道のない
馬鹿なお猿さんだと思っていましたが
サイヤ人も
なんだか役に立つような気がしますね、
ザーボンさん。」
「はっ。」

ベジータのうわさを聞いたフリーザは
にやりと笑みを浮かべた。
ザーボンは黙ってフリーザの背後に
控えて立っている。

惑星フリーザと違い
サイヤ人の文化レベルはかなり低かった。
何の文明ももたず
ただ本能のままに生きていた。
そのサイヤ人を戦士に育てたのはフリーザだ。
フリーザやザーボンにとって
彼らはまさに「猿」である。
当初フリーザは下等なサイヤ人を
単なる捨て駒としてしか考えていなかったが
ベジータ王子のように
かなり戦闘能力の高い戦士が
存在することがわかった。

それでもフリーザ軍のレベルで言えば
際立って優れているというわけではない。
彼らは根が単純なので
かなり扱いやすい民族だったのだ。
しかし
単純ゆえに万が一団結して暴れられると
かなり厄介になりそうな気もした。
だから
フリーザはサイヤ人を排除した。
サイヤ人を管理する手間を
邪魔臭がったフリーザは
星ごとまとめて
彼等の命を
大きな「花火」にしたのだ。

わずかに手駒として残したサイヤ人は
ベジータを含めて3人。
幼児のときから仕込んだ3人だけは
取りあえず
生かしておいたのだ。
たぶん
それも気まぐれだったのだろう。
惑星ベジータを破壊した時のように。

黙り込んでいたザーボンであったが
気を取り直す。
一息ついて
ザーボンは
フリーザに報告することにした。

「・・・フリーザ様。
生き残りのサイヤ人ですが。
ナッパはあの通り単細胞ですし
ラディッツも今コントロールがよく効いています。
戦闘力はさほどたいしたことはありませんが
いずれ
十分盾にはなるでしょう。
問題は・・・
ベジータです。」
「ベジータがどうかしましたか?」
振り向くフリーザ。
ザーボンは
言葉を続けた。

「はい。
フリーザ様には
申し上げにくいのですが
ベジータは
まだ十分洗脳がすんでいないように
聞いています。
反抗的な態度をとることも多いかと。」
「ほう」
「単独行動が多く
命令に逆らうことも
ままあるようです。」
「おや」

フリーザは静かに言った。

「そうですか。
それはいけませんね。
まだまだ子供のうちに私たちが
しっかり
教えてあげないといけませんね。」
「はい」
「自分の弱さを
思い知らせておやりなさい。
ベジータはまだまだ
怖いということをよく知らないのでしょう?
せいぜい痛い目にあわせて
服従ということを
体で教えてやりなさい。」
「はい」
「・・・彼はいずれ
何かの役に立つような気がするんですよね。」
「そうですか?」
「そうです。
だから調教が一番ですよ。
頭が取れなきゃ死にませんからね。
できるだけ痛くて惨めな思いを
させてあげなさい。」
「わかりました。」
「・・・さっそく皆さんに
指示をまわしておきなさいね、
やるなら今ですよ
ザーボンさん。」
「かしこまりました。」
「ほほほ・・・
楽しいですね
皆の暇もこれでつぶれるでしょうね。」

ザーボンは
ベジータの姿を思い浮かべた。
小さいけれど
均整の取れた美しい体をもつ少年である。

ザーボンは廊下を進みながらつぶやいた。

「暇つぶしか・・・。
相変わらずフリーザ様は
恐ろしいお方だ」

いつもマスクのような無表情を装っているベジータである。
しかし彼が
怒りや恐怖で感情を爆発させた顔は
普段が無表情なだけに
獣の邪心をとてもそそるのだ。

おあつらえ向きの
おもちゃだな。

惑星ベジータの王子として生まれたベジータが
どういう経緯でここにいるのか
ザーボンはよく知らない。
しかし
それがどうだというのだ。
ここにいる者達は
皆似たような過去を持っている。
惑星フリーザで生まれたものでなければ。





まもなくベジータの地獄が始まった。
その通達は隠されることなく
フリーザ軍を走りぬけ
ベジータ本人もそれを知ることになる。
だが知ったところでどうなるのだろう?
防ぐどころか
逃げる方法もないのだ。

生まれのいい彼を
気に入らないものはいくらでもいる。
高すぎるプライドを
吐気がする思いで見ていたものも少なくない。
何より彼が
誰にもこびようとしない
その態度に
反感を持つものは沢山いた。

理由なんかなくても
暴力はいくらでもふるえる。

自分より弱いものが相手であれば。

ベジータを
痛めつけてよいのだと
フリーザの通達が出たのだ。
それも殺さずに繰り返せと。

これほど戦士たちの娯楽にふさわしい
イベントがあるだろうか?

模擬戦闘では
皆が笑いながらベジータを攻撃し
追い詰め
吹き飛ばした。
押し倒し
首を締めて
のしかかった。
声すらだせないベジータは
それでも必死の抵抗を試みた。

抵抗こそが
彼のプライドの
最後の砦だったから。

血まみれの一人の少年に
何人もの男が襲い掛かる姿は
まるで死肉をあさる
ハイエナの群れだ。
そして
傷ついた彼を
メディカルマシーンに運ぶものは
誰も無く
動けないベジータは
水も食料も無い状態で放置された。
死ぬ一歩手前まで。

「クソッタレ!
オレに触るなー--!!!」

それでもベジータは
頭の中で
何度も何度も
繰り返した。











サラリ、と音がして
風がゆれた・・・。

ベジータは
感じた。
懐かしい
プラチナのような
冷たい髪の感触を。

忘れられない
匂いがした。

「おきろ・・・
ベジータ。」

大きな影が
ベジータに覆い被さってきた。
昼なのか
夜なのか
まったく見当のつかない世界だ.

「こんなにやられちまって・・・
まったく
どうしようもないやつだな、
お前は。」

ベジータはうっすら眼を開いた。
人影が見えた。
驚くベジータ。
そして今度は
はっきりと大きく眼をあけた。

「ビスナ・・・?」

それは
ベジータが忘れもしない
男の姿だった。
ビスナ。
彼の銀色の長い髪が
風にゆれて輝いていた。

「あんたは
もう死んだんだよな
そうだ
オレが殺したんだ。」

ビスナはそれに答えなかった。

そうか
オレも死にかかってるわけか。
あんたがオレを
迎えにきたのか?

黙ってベジータの顔を
見つめるビスナ。
金色の瞳が
かすかに光って見えた。

「俺のところに来るか、
ベジータ。
だがお前は
まだまだ死ねそうもないな・・・。」




ビスナは
左手にスカウタ-を持っていた。
そのスカウターには
真っ赤な血がべっとりと付いている。
ビスナの足元には
緑の蛇の様な顔つきの戦闘員達が
腸をえぐられて
無残に死んでおり
その臓物の一部が
しっかりとビスナに握られていた。

「自分で立てるか?」

べジータは
頬を赤く染め
かすかにうなづいた。

「お前らしくもない・・・
ただやられてるなんて事は
ないだろう。
利用しろ、と
あれだけ教えてやったのに。」

ベジータはビスナの顔を
もう一度しっかり見つめた。
ビスナは
あの時自分が殺したのだ。
オレは
あんたの頭を抱いて
泣いたんだ。

しかし今
目前にいるビスナは
とても穏やかな表情だった。

・・・オレを
あんたは恨んでないのか?

そうか
今見ているのは夢だ。
オレに都合のいい・・・。

そう確信すると
ベジータの緊張が急激に解け
ベジータはたまらずその名を呼んだ。

「ビスナ・・・!」

ベジータはビスナの体に飛びついた。
痛みを忘れ
彼の胸にしがみついた。
これは
夢のはずなのに
彼の体にははっきり手ごたえがあり
懐かしいざらざらした皮膚の感触が
ベジータを受け止めた。
懐かしい暖かなその体温が
ベジータの体を包み込んだ。

「あんたに逢いたかった。
たとえ夢でも
あんたに逢いたかった。」
「俺もだ。
お前を忘れたことなどないさ。」

ビスナはゆっくりと微笑を浮かべ
ベジータの体を離すと
静かにベジータに語りかけた。

「ベジータ。
このスカウターはお前が使え。」

優しい語りは
少しも変わっていなかった。

「お前はまだ自分のスカウターを
持っていないだろう。
これには相手の戦闘力が
数字になって現れる。
・・・わかるか?
誰が強いのか
これで見れば一目瞭然だ。
スカウタ-はな
敵の存在を知るためだけに
あるのではない。
フリーザ軍の中の優劣も
これではっきりわかるのだ。」
「ビスナ、オレは・・・」

ビスナははっきりといった。

「そうだ。
お前はまだまだ弱いのだ。」

べジータは肩を震わせた。

「悔しいだろう。
その悔しさを忘れるな。
サイヤ人は
死の淵に立つ度に強くなる。
俺は
お前を見ててそう確信した。
ベジータ。
くやしければ、
強くなれ。
強くなって
お前を虐げた奴を殺してやれ・・・」

暖かい
ビスナの手のひらが
ベジータの左肩にそっと置かれる。
砕けた骨の痛みが
どんどん和らいでいく。

ベジータは頬を染め、
ビスナの目を見た。

「・・・強くなる、
オレはどんな手を使っても。」






「そうだ。
よく言った。
それが俺のベジータだ。
それでこそ
俺の大好きな
プライドの高い
サイヤ人の王子だぜ。」

ベジータがもう一度
ビスナの顔を見ようとしたとき
もうそこには誰もいなかった。

周囲には
ばらばらに引き裂かれた
何人かの戦闘員の死体が転がっていた。

そして

ベジータの手には
血まみれのスカウタ-が
残されていた。

「ベジータ
生きろ
強くなれ・・・」

風に乗って
どこからか
ビスナの声が
流れてきたように
思った。



そうだ。
オレは
利用していくんだ。
自分の体を。
サイヤ人はダメージから復活するたびに強くなる。
オレはそれを体で覚えてきたんだ。
強くなるには
傷つくことが必要なんだ。
だからそれがどんな屈辱的な行為でも
耐えていくんだ。
強くなるために・・・。
オレは
自分よりはるかに強い相手でも
逃げることなく戦っていこう。
自分の体を傷つけて
死線をさまようために。

死ななければ
間違いなく強くなる。
そして生き延びる。
さらに強くなって。

貴様らより強くなって
それから
貴様をゆっくり殺してやるさ。



さあ、
この体ををもっと傷つけてくれよ、
このオレを・・・。



ベジータは
歯を食いしばって
立ち上がった。

足元に
レバーのような血の塊が
ドブリ、と落ちた。

臓物が出ないよう
こぶしを腹に突っ込んで
彼は歩きはじめる。

一歩、
また一歩と。





その数日後。

「ベジータちゃん・・・」

べジータは歩みを止めた。
背後から3人の男達が忍び寄っていた。
彼らはいきなりベジータを取り囲み
人気のないところに連れ込もうとする。

「ごきげんはどう?」
「最近かなり疲れてるようだね。」

べジータは無言だ。

「ちょっとつきあえよ。」
「俺達
おまえの体がわすれられないんだよ・・・。」

彼らはベジータを
誰もいないトレーニングルームに連れ込んだ。
内部からロックすれば
叫び声ももれない。

ベジータは
まったく抵抗する様子はなかった。
それどころか
薄笑いを浮かべたベジータは
こういったのだ。

「オレに抱かれたい奴はどいつだ・・・」

3人は顔を見合わせた。

「素直だな
ベジータちゃん。
やっと俺たちの
強さがわかるようになったのか。」
「・・・さあな」
「また楽しい目にあわしてやるか・・・」
「さっさと脱げよ。
それとも脱がせてほしいのか。」

スカウタ-をおもむろに取り出し
中の一人に投げつけるベジータ。

「手前らこそ
オレを見てみろ。」

べジータはにやりと笑うと
いった。

「今日のオレを楽しむか?
一味違うぜ・・・・
誰から抱いてほしいんだ。
手っ取り早く、
頼むぜ。」









「パパ、しっかりして!!」

目の前にトランクスがいた。

ベジータははっと目を覚ました。
魔人ブウに締め付けられたベジータは
短い間だが
気を失っていたようだった。

夢を見てたのか?

ベジータは頭を振った。
ブルマのことも
昔のことも
夢だったのか?

周囲は荒れ果てた岩場だった。
間違いなく
自分はここで戦っていたのである。
魔人ブウと。

『・・・のんきなもんだぜ。
戦闘中に
寝ていたとはな。』

ベジータは
自分の頭を何度もたたく。
そしてようやく
トランクスのほうに目を向けた。
小さなベジータの息子
トランクスは
カカロットの息子悟天とともに
ベジータの顔を見つめていた。
心配そうに。

ふと
目をそらすと
自分を締め付けていたブウの
醜い肉隗は
子供達の足元に
無造作に
投げ出されていた。

トランクス・・・

『助けに来たのか?
俺を・・・』

トランクスの
小さな両手が
しっかり
ベジータの背中を支えている。
暖かい、
柔らかい手だ。
ベジータは思わず
目を閉じた。

べジータは
何とか立ち上がった。
一瞬頭の中が白くなったが
何とかこらえた。
彼の左肩は筋肉とともに骨が
「完全」に砕けていて
もう痛みさえ感じない。
この部分は冷たく
赤黒く変色していた。
どうやら内蔵を
かなりやられているらしく
冷たい汗がぬるぬると
彼の背中を走った。

そのとき。

ザン!
という大きな音がして
空気がびりびりと響いた。

ベジータたち3人は
青空を見上げた。
みれば
かなたの空にピッコロが
悠然と
雲のように
浮かんでおり
ばらばらに引き裂かれたバビディの体が
ちりのように
あたりに舞い落ちていく様子が見えた。

彼等の頭上には
信じられないくらい
青い空が広がっていた。

『今まで
オレが生きてきたことが
夢のようだな・・・』



そのとき
トランクスが
ぎゅっと
ベジータの体をつかんだ。
ベジータは
その手の暖かさを認識する。
そっとべジータが視線をおろすと
トランクスは慌てて
ベジータの体から
手を放した。
頬が赤く染まっていた。

べジータの体に
息子の体温が
しっかりと残っていた。

はにかむような表情で
ちらりとベジータをみあげる表情に
べジータの心はゆれる。

『・・・お前は
怖くないのか?
バビディに心と体を売った
このオレが怖くはないのか?』

べジータは唇をかみ締めた。

『・・・トランクスは夢じゃない。』





「トランクス
・・・・・・・・・・・・
ブルマを・・・
ママを
大切にしろよ
・・・・・・・・・・・・」
「え?」

トランクスは声をあげた。

「ど
どういうこと?
パパ・・・・・・
・・・・・・・・・
ママを
大切にしろ・・・って・・・」
「おまえたちは
どこか遠くへ
避難していろ
・・・・・・・・・・・・
魔人ブウとは
オレひとりで闘う・・・・・・」

悟天が
トランクスが
叫んだ。

「い いやだ!!!
オレたちも闘う!!
パパひとりじゃ
殺されちゃうよ!!
3人でやれば
きっと倒せるよ!!」

無理だ。
ベジータはかすかに息子に微笑みかけた。
魔人ブウは
何人でかかろうとも
普通の闘い方では
無理なんだ。

魔人ブウの気はすこしも減っていない。
それどころか
いよいよ無邪気に喜んで
ベジータ達に襲い掛かってくるだろう。

べジータはあらためて息子の顔をみた。
息子の顔は
少年の頃の自分の顔と
とても似ている。
そして
ブルマにも
似ている・・・。




ブルマ。






オレは
多分全てを失うだろう。



お前を
もっと
抱いてやればよかったな。





すべての
終わりが
近づいてくる。




そう
自分で確信したとき
べジータは
初めて
自分から
大切なものを
抱きしめたいと
思った。




「トランクス。
お前を抱かせてくれ。」




生きているから別れがあるんだ・・・




風の音だけが聞こえていた。
セルを倒して極度の疲労の中
翌日の旅立ちに向けて彼はぐっすり眠るはずだった。
しかしいくら目を閉じても彼に眠りは訪れなかった。
トランクスは何度もベッドで寝返りを打った。

彼はセル戦で死んだ。
死にそうになったことは何度でもあるが
死んだのははじめてだった。
突然セルが復活した時の恐怖。
それにおびえてしまい
トランクスはセルの攻撃を全くよけることができなかった。
そのとき
もうだめだ,と自分で理解した。

人間はいつか死ぬ。
そんなことはわかっていたはずだった。
いままでたくさんの人の死を受け入れてきた。
死んだ人間の肉体がどう変化するのか
繰り返し繰り返し脳裏に焼きつけてきた。
そうして自分もいつかは
ただの物体になり下がり
無様な骸をさらすのだろうと
そう思いながら生きてきた。

だけど
自分が「死んだ」と思ったあの瞬間
父親の顔が見えた。
遠くはなれていて
実際は小さくしか見えなかったはずなのに
意識が途切れるその瞬間
彼の視界一杯に
ベジータの顔が見えた。

「トランクス・・・」

はじめて聞いた
ベジータの感情のこもった声
その声を聞いたとき
トランクスは死にたくない,と思った。

彼は闇に吸い込まれながら叫んだ。

「死ぬのはイヤだ
誰か
助けて!!!」

自分の声がいつまでも
自分の耳からはなれない。

死んではじめて
自分が本当は死にたくなかったのだと理解するなんて
本当に怖いことだと正直思った。

それに比べて
孫悟空は自分から死を選んだ。
生き返るのさえ拒んだ彼は
やっぱりすごい男だと思った。
しかし
父親を失って
嘆き悲しむ悟飯の姿は
やはり見るのが辛かった。

父親がいない悲しさは
誰よりもトランクスが知っていたから・・・。

思いはグルグル巡る。
何時の間にかトランクスは
背中に冷たい汗をべっとりとかいていた。
トランクスはベッドから出てパジャマを脱ぎ捨てる。
そのままシャワー室に向かった。
気持ちを落ち着かせようと彼は髪を丹念に洗うのだけど
どんなにお湯を浴びつづけても
粘ついた汗が流せなかった。

ロクにからだも拭かないままで彼はベッドルームに戻った。
トランクスのいる部屋はベッドルームとリビングの2間続きになっていて
簡単なキッチンスペースとシャワールームがついていた。
体中から水滴をたらした彼は
肩から白いタオルをかけただけの姿で
ふと足を止めた。

部屋の中に誰かいた。
トランクスは暗闇の中で目を見開いた。

「悟飯さん?」

悟飯は真っ暗な中に立っていた。
トランクスが明かりをつけようと
壁側に手を伸ばそうとすると
悟飯が小さくつぶやいた。

「明かりはつけないでください」
「・・・どうしてですか?」
「お願いします。」

ふと鼻についた血の匂い。
トランクスはまゆをしかめた。
闇の中を悟飯が一歩ずつ歩いてくる。
悟飯は黄色いパジャマを着た姿だったが
そのパジャマはあちこちが黒くこげて
紙のようにばらばらと崩れておちた。
素足のままで髪が乱れて
視線は下を向いていた。
セル戦の後空中で別れた悟飯は
戦いに勝利しすっきりした表情に見えたが
いまここにいる悟飯は
まるで別人だ。
トランクスは何度か口を開こうとしたが
その普通でない様子に
どうしても声が出なかった。



「・・・悟飯さん・・この血」

ようやくそこまで搾り出す。
黒髪の悟飯の瞳が一瞬青く輝いた。

「すみません
トランクスさん
僕,眠れなくて」
「俺もおきていたからかまわないんだけど」
「あの・・・」
「いったいどうしたんですか?」

悟飯はトランクスの顔を見た。

「僕・・・あの」
「・・・」
「変なんです。
家に帰ってから・・・
調子が悪くって
突然勝手に超化したり・・・して」
「悟飯さん,落ち着いて」
僕自分の力をコントロールできなくて
急にできなくなっちゃって」
「自分で自分の身体を傷つけたんですかっ?」
「はい
でもいつやったかよくわからなくって」
「・・・」
「でも
こうでもしないと
他の人を傷つけそうな気がするんです。
戦いが終わったのに
僕の身体はおさまらないんです。
僕は
僕は
どうなるんでしょう?」
「おさまらないって・・・どういうことですか?」
「殺したりないんです。
僕はセルを殺したけど
それでも
まだまだ殺したりないんです。」
「戦闘の興奮が
残ってるだけじゃないんですか?」
「そんなこと・・・
トランクスさんだって
わかってるんじゃないんですか?
・・・僕たちはサイヤ人の血を
引いているいんじゃないですか。
ベジータさんがよく言ってた
戦闘民族サイヤ人の血を・・・。
僕の身体は
まだまだ誰かを殺したがっている。
・・・それが僕にはわかるんです。」
「そんなことない!
そんなことないです。
悟飯さん・・・
僕の知っている貴方も
僕が大好きだった僕の悟飯さんも
とても優しいすばらしい人です
そんなことをいわないで・・・」

トランクスは悟飯に向かって手を差し伸べた。
悟飯はその手に触れようと
恐る恐る手を差し出そうとした。

「やっぱりだめだっ!」
「なにが・・・」
「僕の中に化け物がいる
僕の中の化け物が
みんなを殺してしまうっ」
「おちついて!」

突然どんッという音がして
トランクスは壁に身体を打ちつけた。

「あっ」

そのとき悟飯の髪がざっと銀色に変色し
ぎらぎらという音を立てて逆立ち始め
瞳が青白く冷たくかがやきだした。
昼間見たあのスーパー戦士悟飯の姿とは違う
明らかに異形のものが
トランクスのまえに姿をあらわそうとしていた。

「銀色の髪・・・?
・・・ブラック悟飯・・・?」

そのとき

「トランクス!!
外へ連れだせっ!」
「父さん!」

ドアを蹴破ってベジータが入ってきた。

「悟飯はもうだめだ!
戦闘民族の血が
殺戮を求めてるんだ。」
「でも。でも」
「超サイヤ人は戦闘神なんだぞ
こいつはその中でも
ひときわ凶暴な奴なんだ。
まだガキだから
自分をセーブすることなどできない。
貴様が殺さなければ
貴様が殺されるぞ!」

そういってベジータは
悟飯の右腕を取った。
ばちっと火花が飛んだが
ベジータはかまわず窓から外へ投げ出した。

「はあっ!」

ベジータのエネルギー波が
悟飯の身体を吹き飛ばした。

「父さん、
なんてことをっ!」
「情けをかけるな!
悟飯が暴走すれば
ブルマもトランクスも、
勿論俺や貴様だって
生きているかどうかわからないんだからなっ!」

無表情で窓から飛び出すベジータを
トランクスは夢中で追いかけた。

「やめてください、
父さん、やめて!」

夜空に走る3本の光。
銀色の光はひときわ大きく
そのあとを金色の2つの光が追いかけていく。

「とまれっ!
悟飯!!」

ベジータが叫んだ。

「この辺でよかろう。
部屋を壊すとブルマがうるさいからな。」
「父さん止めてください
何で意味もなく戦わなきゃいけないんですか!」
「あいつの顔を見てわからないのか。
あの顔はただの殺人マシンの顔だ。」
「でも!」
「うるさい!」


ベジータは遠慮なしに
悟飯に向かって
エネルギー弾を打ち込みつづける。
激しい閃光のあとで息もできないほどの土煙が舞い上がった。

「どうだ!」

しかしその中でも悟飯には
何の変化も見られなかった。

「ちくしょう」
「父さんあぶないっ」

悟飯がわずかに指先を動かした。
悟飯の発した光は想像をはるかに越える早さである。
トランクスは体制を崩しかけていた父親に
体当たりした。
そのとき
いやな匂いがして
彼の背中が少し焼けた。

「あんなに小さく見えたエネルギーなのに
桁が違う・・・
早すぎる!」

銀髪の悟飯の目に光はなかった。
金髪碧眼の超サイヤ人は燃える炎のような存在だが
銀髪のブラック悟飯は金属のような冷たさである。

「あああああああアっ!!」

悟飯は突然大声で叫ぶと
全身を白く輝かせだした。
表皮に近い毛細血管が膨れ上がり
ぶちぶちと破れる音がする。

「なんてエネルギーだ!!
危ないぞ、トランクス!」
「あれじゃあ悟飯さんの身体がもたないっ
だから血まみれだったんだ」

おそろしいほどの地響きの中
ベジータは瞳を青く輝かせ
一言いった。

「・・・殺すぞ」
「なぜですかっ」
「貴様を死なせたくないからだっ!
・・・もうあんな思いは十分だ.]
「父さん・・・・」
「撃て!
トランクス!!!!!」

ベジータが腰を落とした。

「いくぞ!」
「いやです!
だめです、父さん!!」

トランクスはベジータの静止を振り切ると
悟飯の身体にがむしゃらに飛びついた。

「うがああああ!」

そのトランクスの
太くて長い腕を振り解こうとして
悟飯は獣のような唸り声を上げた。

「バカやろう!
奴からはなれろ!」
「いやです!
悟飯さんは
俺の大事な人なんだ。
もう2度と死なせたくないんだ!」

そのとき
悟飯の身体が白くはじけた。

「あっ」

大きな衝撃が起こった。

「トランクス---!!」


































「・・・全く無茶な奴だ。」


トランクスの意識が戻ったとき
彼はベジータに抱かれていた。
ベジータは彼を抱いたまま夜空を漂っていた。
トランスの目の前には
限りなく黒くて深い
ベジータのひとみがあった。
トランクスは思わず目を伏せた。
自分の心臓の音が
とてつもなく大きく聞こえた。

「・・・すみません,父さん。
・・・悟飯さんは?」

ベジータは地面に横たわる悟飯を指差した。

「・・・生きてる・・・」

悟飯を見たトランクスは大きく笑みを浮かべた。

「よかった。」
「ふん」

ベジータは高度を徐々に下げた。

「あとでデンデのところにでも連れて行け」
「はい。」
「親の心子知らずとはよく言ったもんだ。
わがままなやつめ」
「・・・・」
「だが安心しろ。
こんど悟飯が暴走すれば
『殺さない程度』に痛めつけてやる。」
「父さん、
ありがとう。
本当に」

ベジータがにやりと笑った気がした。

地上に降ろされたトランクス。
頬が赤く染まっていた。
トランクスは何度か頭を振ると
悟飯のもとにあるいていった。
歩きながら彼は何度も後ろを振り返った。
彼の背中には父親であるベジータの
手のひらの感触が「しっかり」残っている。
トランクスはその感触をわすれないように
何度も思い出しながら
目頭を熱くした。
ベジータもまた
自分の手のひらを
握ったり開いたりしながら
トランクスの身体の重みを
何度も味わっているように
思えた。
暫くの沈黙のあとベジータが口を開いた。

「トランクス・・・」
「はい」
「貴様は俺の血を引く息子だ。」
「・・・」
「ブルマと元気で暮らせ。」
「・・・はい」





ベジータが去ったあと
トランクスは悟飯の身体を抱き上げた。
小さな少年の身体は
とても軽い。
夜露が長いまつげについていた。

「悟飯さん。
俺の部屋に帰りましょう。」

悟飯の顔が微笑んで見えた。

「うん。
誰も貴方を責めたりしないです。
この世界は貴方が守ったんだ。
たとえどんな悟飯さんになったとしても
悟飯さんは悟飯さんなんですよ。」











トランクスはそっと悟飯の頬に
手のひらを添えた。















「俺は未来の貴方と生きてきました。
俺はいつも守られてばかりで
俺はいつでも甘えてばかりで・・・。






本当にごめんなさい。



・・・この世界の貴方は
せめてしあわせに生きてください。」










水の雫がぽとりと落ちて
悟飯のまぶたがぴくりと動いた。
トランクスはにっこり笑うと
彼の顔をふたたび覗き込んだ。












「俺は貴方を抱きたかった・・・・・・。
ずっとずっと抱きたかったんです。」