
・・・ただ会いたかっただけなんだ。
たった一人の父さんに・・・。
トランクスは外へとびだした。
ベジータはさっさと飛び立ったのだろう。
外にはもう誰もいなかった。
「父さん…!」
トランクスは果てしなく広い空間に向かってその名をよんでみた。
答える声は聞こえない。
トランクスはこぶしを握る。
指先の震えがどうしても止まらなかった。
「…父さん」
トランクスは唇をかんだ。
ここは精神と時の部屋。
セルゲームに向けてベジータとトランクスは2人でこの部屋にはいっていた。
それから何ヶ月もたつ。
真っ白で何もない空間。
果てしなく広がり外界からは完全に遮断された場所。
その中でたった二人で過ごす毎日が続いていた。
はじめて部屋に入ったそのとき。
「これでいい…」
そう言って薄笑いを浮かべるベジータと対照的に
トランクスの表情はさえなかった。
…こんな場所で父さんと2人きり…
きりきりと胃が痛む。
こんなはずじゃなかった。
俺はこの人に会いたかったはずなのに
あんなに一目会いたかった父親なのに
この悲しさはなんだろう?
あのときの事をを思い出す。
人造人間が若い母親と赤ん坊の自分ののった乗り物を
打ち落としたときだ。
火を吐きながら落ちていく中に
自分と母親のおびえた顔がはっきり見えた。
なのに。
ベジータは眉ひとつ動かさなかった。
その時の氷のような冷たい瞳を
トランクスは忘れられなかった。
どうしても。
あんなの
人間の取れる行動じゃない。
二人でこの部屋に来てからも
トランクスは何度かベジータの本音を確認したいと思った。
しかしそれはいまだにできずにいる。
ベジータは会話どころか
目さえトランクスとあわそうとしない。
口から出るのは
自分と悟空のことばかりだ。
ベジータの心の中には
トランクスのことも
ブルマのことも存在していない。
トランクスはそらをみあげた。
真っ白な空を。
浮かび上がるベジータの冷たいひとみを忘れようと彼は
未来に残した母親の笑顔を思い出そうと努力した。
人造人間との戦いに敗れ
彼は病院のベッドの上で長い時間を費やした。
りんごの皮をむく母親に
トランクスは自分の決意を伝えたのだった。
「俺
17年前にいきます。
悟空さんにあって
修行をしてきます。」
「そう・・。
じゃあベジータにも会えるわね。
「はい・」
「おどろくわよ・・・
もう本当に戦闘お宅だから。」
「そうですか・・・」
「・・・ベジータはね、
とてもじゃないけど
父親という柄じゃないわよ。
ね、トランクス、
ぜったい期待しちゃだめよ?」
「わかっています。母さん。」
普段から母親に聞かされていた父の姿。
それを考えればベジータがトランクスを大歓迎するとは
どうしても思えなかった。
だからある程度の覚悟はトランクスにはあったはずだ。
でも。
でも
それにしても…。
あの冷酷さはなんなんだろう?
やはり心の片隅で
トランクスは期待していたのだ。
父親としてのベジータの姿を…。
辛いというよりも
淋しいというよりも
もっともっと深い闇。
絶望が彼の魂を蝕んでいく。
トランクスは白い世界に足を踏みいれる。
父親としてのベジータに希望はない。
わかっていてもトランクスはベジータの姿を求めた。
すでに食事の準備が整っていた。
普段トランクスに洟も引っかけないベジータだが
食事だけは食べにトランクスのもとへ戻ってきた。
生まれながらの王子のベジータは
自分で決して食事を作らない。
なければいつまでも食べないだけだ。
よっぽどひもじければ生で食べる。
おそろしく早食いで
ぐいぐい食べ物を詰め込んでいる。
食べた後は食べ散らかしたそのままで
後片付けなどけっしてしない。
…この人はどういう生き方をしてきたのだろう?
トランクスは黙ってそれを見てきた。
この人には大事なものが何かかけている。
トランクスはそう思う。
トランクスは・・・
自分で食事を作ることが出来る。
母親であるブルマは
「男の子だってご飯くらい作れないとね。」
といっていろいろな料理を教えてくれた。
破壊と殺人に彩られた残酷な未来の世界で
ブルマは息子にささやかな楽しみを教えてくれた。
辛いときも悲しいときも
ブルマの愛がトランクスを包んでいた。
トランクスは何時もあかるい母親を思う。
太陽のような人だと思う。
ほんとうに。
しかしベジータには
そういう感覚はないようである。
「何で母さんはあんなやつと・・・」
正直な気持ちだった。
そんなある日トランクスはこの場所にあるもので
かなり頑張って食事を作ってみた。
修行をしようとしてもベジータに邪魔者扱いされてしまう。
やるせない気持ちで一杯だった。
「気分転換になるかもな・・・。」
トランクスは自分に言い聞かせた。
粉を練り形を整えていく。
わずかにある調味料で
味を調えてみる。
自分のすむ未来の世界には食材は少ない。
だからこの部屋にあるものだけでも
彼は十分の料理を作ることができるのだ。
母親の言葉を思い出しながら彼はオーブンを暖めた。
綺麗な色のパンが次々とやきあがる・・・。
そのとき。
ベジータが姿をあらわした。
修行から帰ってきたはらぺこのベジータは
焼きあがったパンの香りに気づくと
無言でテーブルについた。
ベジータは何もいわないけれど
自分の前に食べ物を引き寄せて
がつがつとそれらを口にほおり込み始めた。
トランクスが恐る恐るスープを出すと
ベジータはそれをずずっと流し込んで
あいた皿をつき返した。
「おかわりしますか、父さん。」
無言でうなずくベジータ。
このときのトランクスの気持は言葉では言い表せない・・・。
自分の頬が赤くなるのがわかった。
父さんが俺の存在を認めてくれた。
何か間違ってるとは思うのだけど
やはりうれしかったのだ。
それからというもののトランクスは
まるでベジータの母親であるかのように
毎日食事を作り始めたのである。
会話も何もないテーブルではあるが
トランクスは父親とおなじ場所にいることが出来た。
ベジータと同じ部屋にいる。
それだけでトランクスはやはり幸せだったのだ。
「父さん…」
・・・父さんが
帰ってこない・・・。
果てしなく広がるこの空間で迷ったのだろうか?
そんなはずは無いだろうと思いながら
トランクスはその日も食事を作って待っていた。
スープが煮詰まり
パンが固くなっても
ベジータは戻ってこない。
この場所には
自分達以外誰もいないはずなのだ。
考えられることはただひとつ。
トランクスは白い世界に足を踏み入れる。
父親の気配を感じようと
彼は神経を尖らせる。
暫くしてトランクスはそっと宙に浮かび上がった。
まっ白な世界に
赤い血溜まり。
その光景はかなりな遠くからも
見えたのだった。
ベジータはたおれていた。
何もないただ真っ白な空間で。
彼は獣のように血まみれであおむけになっていた。
戦闘服はずたずたで
プロテクターは細かくひび割れ裂けていた。
トランクスはベジータに駆け寄った。
「父さん!!」
トランクスはベジータの腹部を抑えて
はみ出そうとしているベジータの臓物を
ぎゅうぎゅうと押し込んだ。
自分の上着をながく裂いて
ベジータの腹をきつく縛り上げる。
彼がパワーアップを求めるあまり
自分の体を傷つけたのは間違いなかった。
「父さん…、父さん」
トランクスは声をかけた。
が、ベジータはピクリともしなかった。
トランクスは足元に横たわるベジータを見つめて
・・・一言言った。
「貴方は…また自分の命を粗末にして…」
彼にとって現実の父親は遥か昔、
彼の幼いころに
人造人間によって無残にも殺されてしまった。
かすかに記憶にあるのがどんよりとした雨雲。
自分の頬に落ちて伝わった水の雫。
あれは雨粒だったのか
それとも母の涙だったのか…。
そうだ
もう2度と母さんを泣かせてはいけない
母さんを泣かせたくないんだ。
こんなことをもうさせちゃいけない、
2度と父さんを死なせちゃいけないんだ。
父さんなんだ。
この人は俺の
父さんなんだ。
トランクスは
ためらいながらも横たわるベジータの隣に腰をかけた。
かすかに感じるベジータの体温。
彼はまだ生きている。
トランクスはベジータの横にそっと身体を横たえてみた。
心臓がどきどきする。
そして
目頭が熱くなってくる自分に気がついた。
ベジータの顔を覗き込む。
傷だらけで血の気の無い白い顔。
これが俺の父さんの顔なんだ。
やっぱり目元が自分に似ている。
この人は俺の父親なんだ。
トランクスはため息をついた。
悟飯の言葉が思い出される。
「ベジータさんは強かったよ。
あの人は本当に闘争心の塊だった。
見た目はぶっきらぼうだけど
本当は優しい人だったんだ。」
悟飯さんはうそをつく人じゃない。
きっといつか…
「父さん、
父さん
死なないで・・・・。」
トランクスは夢を見た。
つらい過去の夢を見た。
トランクスはただ一人で悟飯を見送っていた。
にごった煙のような低い雲がが一面に垂れ込める暗い空。
ポツンポツン落ちてくる大きな雨のしずく。
彼は大きな木の枝や廃材なんかをうずたかく積み上げてやぐらを組んだ。
大切な師を見送るために。
悟飯はトランクスの目の前で息絶えた。
未来をトランクスの手にゆだねて。
トランクスはいつまでもじっと待っていた。
悟飯の瞳が開くのを。
いつかこの身体にぬくもりが帰ってきて
彼は再び目覚めるはずだった。
「トランクス君、待ったかい?」
と、言って。
やがて彼の身体から温もりが完全に消え去り
身体が石のように硬くなって
肌はろうの様に白くなった。
決して安らかではない彼の顔。
トランクスは何度も悟飯の唇を閉じようとしたが
かなしみに歪んだ彼の表情を変えることができなかった。
なによりも
何よりも冷たいからだ。
抱き上げると信じられないほど軽くなっていた。
違う
こんなの
悟飯さんじゃない!
こんな悟飯さんは誰にも見せちゃいけない・・・。
トランクスは、
だから、
一人で、
悟飯との別れの儀式をすることにしたのだ。
大切な師
悟飯の身体。
エネルギー波なんかで
一気に消し去ることは出来なかった。
迷った挙句トランクスは
いつか映画で見た
この前近代的な方法を選んだのだ。
やぐらの頂上にトランクスは
自分の着ていた上着とシャツをしく。
そして悟飯の身体抱き上げて
その体をそっと横たえていた。
そして思いつめた表情のまま
トランクスは右手を差し出し
やぐらに火をつけた。
赤い炎はだんだん大きくなって
やぐらをなめるように包んでいく。
次第に頂上へと昇っていく。
炎の色はいろいろに移り変わりながら
悟飯の身体も包んでいく。
わずかに見える黒い影だけが
悟飯がこの世に生きていた証なのだ。
もう泣けないと思っていた。
が、トランクスの頭についた傷が
また開いて
彼の瞳に血が流れ込んだ。
赤い涙があふれ出て
止めることが出来なかった。
トランクスは身体をぶるぶる震わせた。
胸をかきむしり
身体を大きくのけぞらせて
彼は天に向かってほえた。
僕は
僕は
もう一人ぼっちだ。
「悟飯さん!
悟飯さん!!!」
冷たい感触に
ベジータは目覚めた。
まだ頭がぼうっとして
全身がしびれていた。
死なないですんだということだけが
なんとか理解できた。
「これで又強くなったか・・・」
ベジータは体を持ち上げようとして
ようやくきがついた。
ベジータの胸の上には
トランクスの頭があったのだ。
「なんだ、こいつ…」
舌を鳴らしたベジータは
思わず彼を跳ね除けようとした。
そして気がついた。
この冷たい感触の原因に。
「…泣いてやがるのか?」
ベジータに寄り添うようにして
トランクスは深く深く眠っていた。
紫のブルマとそっくりな長い髪が
ベジータの身体に巻きついている。
長いまつげが彼女を思わせた。
手袋をはめていない指は長く
自分の手のひらとそっくりだった。
そして。
トランクスの身体がピクリと震えて
彼は確かにつぶやいた。
「父さん…」
ベジータの耳に届いたその言葉。
ベジータは頭の中で何度も繰り返してみた。
悪い気がしなかった。
しばらくして
ベジータはゆっくりと両腕をトランクスの背中に回してみた。
温かい身体である。
懐かしい香りがした。
ベジータはトランクスの髪に顔をうずめてみた…。
そしてベジータもまた
何事にもきづかなかったように再び目を閉じた。
何一つ音の存在しない
白い世界で
彼らの心臓の音だけが
混ざって響いた。
トランクス。
君は今どんな夢を見ているのだろうか?
