イラスト・ニトウさん



「ねえ・・・」
「・・・なんだ。」
「いちどききたかったんだけど。」

ブルマがベジータの下で
ささやくように話し掛けた。

締め切ったカーテンの向こうには
もう真昼の太陽が輝いている。
うっすらと汗をかいたベジータは
深く息を吐くと
ブルマの唇をそっとなでた。

「ベジータのお母さんは
どんな人だったの?」

一瞬ベジータは息を呑んだ。
しかししばらくして静かに唇を開いた。

「何でそんなことを聞く?」
「ベジータのことが
いろいろ知りたいのよ。」
「つまらんことを・・・。」

ベジータが大きく動くと
ブルマは短い叫びをあげた。

「・・・ちくしょう。」
「なに?
どうしたの?]
「やる気がうせた。」
「あら。」
「貴様がつまらんことを言うからだ。」

ベジータは眉間にしわを寄せると
そっとブルマから体を離した。

「デリケートなのね。」
「あたりまえだ。
貴様と同じにするな」

二人はまるで子供のように声を出して笑った。
ベジータはそのままあお向けにベッドに転がり
その胸の上にブルマがおおいかぶさった。

「雪か。
・・・この星でも降るんだな。」
「そうよ。
西の都じゃ降らないけどね。
北のほうに行けば
きれいな雪原があるわ。」
「そうか」



ベジータはそっと目を閉じた。

雪の中で泣き崩れる
おさない自分の姿が

見えた。







ベジータの子供のときの記憶は
フリーザ軍に入ったときに
ほとんどが激しい薬物の使用によって
消されていた。
過去のない彼は
何の疑いもなく
殺戮と破壊を
心から楽しんで生きていたのだ。
30年近くも。

しかしベジータが一度「殺されたとき」
記憶がいくつかよみがえったのである。

彼がフリーザとの力の差に恐怖し
戦意を失い
なぶり殺しにされるまでの
その間に・・・。




あのとき。
フリーザは簡単にベジータを殺せるのに
わざわざそのこぶしで
ベジータをいつまでも殴りつづけた。
汚い言葉を浴びせ
彼の体を踏みにじり
ピッコロや悟飯やクリリンの見ている前で
残酷に責めを与えた。

彼がプライドを踏みにじられることは
腹に穴があくより辛いのだ。

それを知っていて
フリーザは
わざわざ悟空の前でじわじわと
死の恐怖に彼をおびえさせたのだ。
あの時もう指一本動かせなかったのに。

最後にベジータは泣いた。
皆が見ていることは承知で泣いた。
記憶のとびらが開け放たれ
自分の過去を思い出したのだ。

オレは強くあらねばならなかったのに
強くなれなかった。
そんな自分が悔しくて泣いた・・・。

闇の中で
自分の心臓をわしづかみにして泣く
自分の姿が浮かんでは消えた。
その日
幼いベジータ王子は
小高い場所に一人立ち
生命反応のなくなった集落を
ぼんやりと眺めていた。

ベジータ王子は
フリーザ軍に命令されたことを
今確実に処理しただけだ。
指定された集落を壊滅させるのに
かかった時間は
わずか12分。
何人殺したかなどとは
まったく覚えてはいない。
小さい命を踏みにじることに
彼には何の思いも残らなかった。

ふと背後に
人の気配がした。
ベジータはゆっくり振り返る。
そこには王子の直属の上司
ビスナが立っていた。
2メートルはある長身の
すらりとした大男である。
肌は白く
瞳は金に輝いている。
彼の見事な銀色の髪が
風に美しく靡いていた。

「ベジータ、見事だな。」

ビスナは美しい低音で王子に声をかけた。

「あたりまえだ。」
「そうだな」

ビスナは金色の目をかすかにくもらせると
幼いベジータの顔を黙って見つめた。

「何か用か。」
「そうだ。
お前にすこし話がある。」

少年というよりも
まだ幼児に近いベジータの目線にあわせ
ビスナは片ひざをついた。
そして彼の肩にそっと手を置いた。

「よく聞け。
・・・惑星ベジータが消滅した。」
「・・・」

ベジータ王子は無表情だった。

「さっき巨大隕石がぶつかったのだ。
お前の父親も死んだようだ。」
「そうか。」
「・・・悲しくないのか、
お前は?」

ビスナはベジータの瞳を覗き込んだ。
少年の瞳には涙がなかった。
まったくの無表情である。
ビスナは言葉を失った。

この少年が本当は何歳なのか
ビスナはよく知らない。
しかしその容貌はかなり幼く
まだおもちゃで遊んでいてもおかしくない姿だ。

サイヤ人の王子か。
さすがというか・・・。

「仕事が済んだら帰還しろ。」

そうしてビスナはベジータの下から離れると
次の現場へと歩み始めた。
ふと振り返ると
ベジータ王子は先ほどと同じ姿でたたずんでいた。

ベジータはつぶやいた。

ベジータ王。
死んで当然だ、と。
そこは真っ白な世界だった。







決して自然豊かではない惑星ベジータではあるが
その北部の一点だけは
なぜか年中氷に覆われていていた。
その表面には
宝石のように輝く粉雪が降り積もっている。
天にはオーロラが輝き
いつもの殺伐とした都の雰囲気とは
本当に別世界だった。

音のない世界に現れたのは
ふたつの黒い人影だった。
羽毛のようにそっと降り立ったのは
王家のマントをまとったベジータ王である。
燃える様な赤みを帯びた髪のベジータ王は
一人の小さな女性を抱きかかえていた。
他には誰もつれてきていないようだ。

女性というより
まだ少女に見えるその人物は
飾り気のない
質素な白いドレスを身につけていた。
髪は真っ黒で長くまっすぐに
腰のあたりにまでつややかに流れている。
肌の色は限りなく白く
体は王よりもふた回り
・・・いやそれ以上小さかった。
彼女にも茶色の尻尾が生えていて
明らかにサイヤ人なのだが
その風貌は「戦闘」や
「凶暴」「残酷無比」からは
はるかに遠くかけ離れていた。
まるで雪の中に消えてしまいそうな
はかない姿である。

「つらい」

王は彼女を抱きしめた。
王は涙を流していた。
獰猛そうな髭面には似合わない
大粒の涙が彼の頬を伝わっていく。
それに気がついた彼女。
小さい声でそっと王に語りかける。

「戦闘民族のサイヤ人、
それもベジータ王が
涙を流されるなんて」
「・・・」
「おかしいですわ。」
「本当にそうおもうのか。」
「はい」
「わしにだって心はある。
お前を失うのはいやだ。」
「あなたには
王子がいるじゃないですか。」

べジータ王は首を振った。

「お前も知っていよう。
あれは何年かたつと
フリーザに手渡す約束なのだ。
わしはあれももうじきなくすのだ。」
「かわいそうなひと・・・。」

彼女はそっと王の頬に唇を寄せて
涙を吸った。

「お前を失いたくない。」
「私は・・・」

彼女は王の手をとった。

「あなたの子を産むためだけに
育てられた女です。
立派な子を産んで
その子がふたつの誕生日を迎えれば
私の役目も終わります。
小さいときから
それが自分の仕事だとわかっていたのです。」

突然
ベジータ王は声をあげて泣いた。
そこには
荒くれた戦闘民族の君主としての姿は
微塵もなかった。
小さな細い体にしがみつくように
泣く姿は
ただの一人の男でしかなかった。
おそらくまだ16,7歳の少女が
子を産むためだけに生きてきて
役目を終えて
死ぬ。
それも
サイヤ人の一つの姿なのだ。

「許してくれ。
弱いわしを。
サイヤ人は強くなくては生きていけない。
この国はフリーザによって支配を受けている
傀儡の国だ。
だから強い遺伝子だけを求めてきた。
フリーザに滅ぼされないために。」
「わかっています。」
「母親がいれば
王子は強くなれない。
甘い気持ちを持てば
たちまちフリーザ軍に殺されてしまう。
王子に
生き延びてほしいのだ。
強く育ってほしいのだ。」
「戦闘能力の低い私が
戦う以外に
王のお役に立ったことに
感謝しています。」
「すまない・・・。」

ベジータ王は黙って彼女の体から手を離した。

「最後に聞く。
・・・・・・・
お前はわしと王子のことを忘れて
生きるつもりはないか?
わしには何の力もないが
お前を殺したことにして
逃がしてやることは
出来るかもしれない。」

彼女は黙って
王の髭面を右手でそっとなでた。

「いやです。
私はベジータ王子の母親として死にたい。」

風が強くなり
粉雪が舞い上がった。
ベジータ王の頬にもう涙はなく
その表情は
いつものいかつい君主の顔になっていた。

「・・・見事な女だ。」

ベジータ王が静かに右腕を上げる。
赤い光が広がって
その輝く手のひらは
そっと彼女の左胸に合わされた・・・。
風が強くなり
視界は真っ白になった。









「父上!」

静寂が破られた。
王ははっとして声のほうに顔を向けた。
振り返るとそこに
ベジータ王子がたっていた。

「・・・何故ここにきた。」
「母上をかえせ!
母上をどこに連れて行った!」

ベジータ王は冷たく言い放った。

「あれは死んだ。」
「返せ・・・・」

小さい王子は叫んだ。

「返せ!
母上はオレのものだったんだー!!」