生きているから別れがあるんだ・・・




風の音だけが聞こえていた。
セルを倒して極度の疲労の中
翌日の旅立ちに向けて彼はぐっすり眠るはずだった。
しかしいくら目を閉じても彼に眠りは訪れなかった。
トランクスは何度もベッドで寝返りを打った。

彼はセル戦で死んだ。
死にそうになったことは何度でもあるが
死んだのははじめてだった。
突然セルが復活した時の恐怖。
それにおびえてしまい
トランクスはセルの攻撃を全くよけることができなかった。
そのとき
もうだめだ,と自分で理解した。

人間はいつか死ぬ。
そんなことはわかっていたはずだった。
いままでたくさんの人の死を受け入れてきた。
死んだ人間の肉体がどう変化するのか
繰り返し繰り返し脳裏に焼きつけてきた。
そうして自分もいつかは
ただの物体になり下がり
無様な骸をさらすのだろうと
そう思いながら生きてきた。

だけど
自分が「死んだ」と思ったあの瞬間
父親の顔が見えた。
遠くはなれていて
実際は小さくしか見えなかったはずなのに
意識が途切れるその瞬間
彼の視界一杯に
ベジータの顔が見えた。

「トランクス・・・」

はじめて聞いた
ベジータの感情のこもった声
その声を聞いたとき
トランクスは死にたくない,と思った。

彼は闇に吸い込まれながら叫んだ。

「死ぬのはイヤだ
誰か
助けて!!!」

自分の声がいつまでも
自分の耳からはなれない。

死んではじめて
自分が本当は死にたくなかったのだと理解するなんて
本当に怖いことだと正直思った。

それに比べて
孫悟空は自分から死を選んだ。
生き返るのさえ拒んだ彼は
やっぱりすごい男だと思った。
しかし
父親を失って
嘆き悲しむ悟飯の姿は
やはり見るのが辛かった。

父親がいない悲しさは
誰よりもトランクスが知っていたから・・・。

思いはグルグル巡る。
何時の間にかトランクスは
背中に冷たい汗をべっとりとかいていた。
トランクスはベッドから出てパジャマを脱ぎ捨てる。
そのままシャワー室に向かった。
気持ちを落ち着かせようと彼は髪を丹念に洗うのだけど
どんなにお湯を浴びつづけても
粘ついた汗が流せなかった。

ロクにからだも拭かないままで彼はベッドルームに戻った。
トランクスのいる部屋はベッドルームとリビングの2間続きになっていて
簡単なキッチンスペースとシャワールームがついていた。
体中から水滴をたらした彼は
肩から白いタオルをかけただけの姿で
ふと足を止めた。

部屋の中に誰かいた。
トランクスは暗闇の中で目を見開いた。

「悟飯さん?」

悟飯は真っ暗な中に立っていた。
トランクスが明かりをつけようと
壁側に手を伸ばそうとすると
悟飯が小さくつぶやいた。

「明かりはつけないでください」
「・・・どうしてですか?」
「お願いします。」

ふと鼻についた血の匂い。
トランクスはまゆをしかめた。
闇の中を悟飯が一歩ずつ歩いてくる。
悟飯は黄色いパジャマを着た姿だったが
そのパジャマはあちこちが黒くこげて
紙のようにばらばらと崩れておちた。
素足のままで髪が乱れて
視線は下を向いていた。
セル戦の後空中で別れた悟飯は
戦いに勝利しすっきりした表情に見えたが
いまここにいる悟飯は
まるで別人だ。
トランクスは何度か口を開こうとしたが
その普通でない様子に
どうしても声が出なかった。



「・・・悟飯さん・・この血」

ようやくそこまで搾り出す。
黒髪の悟飯の瞳が一瞬青く輝いた。

「すみません
トランクスさん
僕,眠れなくて」
「俺もおきていたからかまわないんだけど」
「あの・・・」
「いったいどうしたんですか?」

悟飯はトランクスの顔を見た。

「僕・・・あの」
「・・・」
「変なんです。
家に帰ってから・・・
調子が悪くって
突然勝手に超化したり・・・して」
「悟飯さん,落ち着いて」
僕自分の力をコントロールできなくて
急にできなくなっちゃって」
「自分で自分の身体を傷つけたんですかっ?」
「はい
でもいつやったかよくわからなくって」
「・・・」
「でも
こうでもしないと
他の人を傷つけそうな気がするんです。
戦いが終わったのに
僕の身体はおさまらないんです。
僕は
僕は
どうなるんでしょう?」
「おさまらないって・・・どういうことですか?」
「殺したりないんです。
僕はセルを殺したけど
それでも
まだまだ殺したりないんです。」
「戦闘の興奮が
残ってるだけじゃないんですか?」
「そんなこと・・・
トランクスさんだって
わかってるんじゃないんですか?
・・・僕たちはサイヤ人の血を
引いているいんじゃないですか。
ベジータさんがよく言ってた
戦闘民族サイヤ人の血を・・・。
僕の身体は
まだまだ誰かを殺したがっている。
・・・それが僕にはわかるんです。」
「そんなことない!
そんなことないです。
悟飯さん・・・
僕の知っている貴方も
僕が大好きだった僕の悟飯さんも
とても優しいすばらしい人です
そんなことをいわないで・・・」

トランクスは悟飯に向かって手を差し伸べた。
悟飯はその手に触れようと
恐る恐る手を差し出そうとした。

「やっぱりだめだっ!」
「なにが・・・」
「僕の中に化け物がいる
僕の中の化け物が
みんなを殺してしまうっ」
「おちついて!」

突然どんッという音がして
トランクスは壁に身体を打ちつけた。

「あっ」

そのとき悟飯の髪がざっと銀色に変色し
ぎらぎらという音を立てて逆立ち始め
瞳が青白く冷たくかがやきだした。
昼間見たあのスーパー戦士悟飯の姿とは違う
明らかに異形のものが
トランクスのまえに姿をあらわそうとしていた。

「銀色の髪・・・?
・・・ブラック悟飯・・・?」

そのとき

「トランクス!!
外へ連れだせっ!」
「父さん!」

ドアを蹴破ってベジータが入ってきた。

「悟飯はもうだめだ!
戦闘民族の血が
殺戮を求めてるんだ。」
「でも。でも」
「超サイヤ人は戦闘神なんだぞ
こいつはその中でも
ひときわ凶暴な奴なんだ。
まだガキだから
自分をセーブすることなどできない。
貴様が殺さなければ
貴様が殺されるぞ!」

そういってベジータは
悟飯の右腕を取った。
ばちっと火花が飛んだが
ベジータはかまわず窓から外へ投げ出した。

「はあっ!」

ベジータのエネルギー波が
悟飯の身体を吹き飛ばした。

「父さん、
なんてことをっ!」
「情けをかけるな!
悟飯が暴走すれば
ブルマもトランクスも、
勿論俺や貴様だって
生きているかどうかわからないんだからなっ!」

無表情で窓から飛び出すベジータを
トランクスは夢中で追いかけた。

「やめてください、
父さん、やめて!」

夜空に走る3本の光。
銀色の光はひときわ大きく
そのあとを金色の2つの光が追いかけていく。

「とまれっ!
悟飯!!」

ベジータが叫んだ。

「この辺でよかろう。
部屋を壊すとブルマがうるさいからな。」
「父さん止めてください
何で意味もなく戦わなきゃいけないんですか!」
「あいつの顔を見てわからないのか。
あの顔はただの殺人マシンの顔だ。」
「でも!」
「うるさい!」


ベジータは遠慮なしに
悟飯に向かって
エネルギー弾を打ち込みつづける。
激しい閃光のあとで息もできないほどの土煙が舞い上がった。

「どうだ!」

しかしその中でも悟飯には
何の変化も見られなかった。

「ちくしょう」
「父さんあぶないっ」

悟飯がわずかに指先を動かした。
悟飯の発した光は想像をはるかに越える早さである。
トランクスは体制を崩しかけていた父親に
体当たりした。
そのとき
いやな匂いがして
彼の背中が少し焼けた。

「あんなに小さく見えたエネルギーなのに
桁が違う・・・
早すぎる!」

銀髪の悟飯の目に光はなかった。
金髪碧眼の超サイヤ人は燃える炎のような存在だが
銀髪のブラック悟飯は金属のような冷たさである。

「あああああああアっ!!」

悟飯は突然大声で叫ぶと
全身を白く輝かせだした。
表皮に近い毛細血管が膨れ上がり
ぶちぶちと破れる音がする。

「なんてエネルギーだ!!
危ないぞ、トランクス!」
「あれじゃあ悟飯さんの身体がもたないっ
だから血まみれだったんだ」

おそろしいほどの地響きの中
ベジータは瞳を青く輝かせ
一言いった。

「・・・殺すぞ」
「なぜですかっ」
「貴様を死なせたくないからだっ!
・・・もうあんな思いは十分だ.]
「父さん・・・・」
「撃て!
トランクス!!!!!」

ベジータが腰を落とした。

「いくぞ!」
「いやです!
だめです、父さん!!」

トランクスはベジータの静止を振り切ると
悟飯の身体にがむしゃらに飛びついた。

「うがああああ!」

そのトランクスの
太くて長い腕を振り解こうとして
悟飯は獣のような唸り声を上げた。

「バカやろう!
奴からはなれろ!」
「いやです!
悟飯さんは
俺の大事な人なんだ。
もう2度と死なせたくないんだ!」

そのとき
悟飯の身体が白くはじけた。

「あっ」

大きな衝撃が起こった。

「トランクス---!!」


































「・・・全く無茶な奴だ。」


トランクスの意識が戻ったとき
彼はベジータに抱かれていた。
ベジータは彼を抱いたまま夜空を漂っていた。
トランスの目の前には
限りなく黒くて深い
ベジータのひとみがあった。
トランクスは思わず目を伏せた。
自分の心臓の音が
とてつもなく大きく聞こえた。

「・・・すみません,父さん。
・・・悟飯さんは?」

ベジータは地面に横たわる悟飯を指差した。

「・・・生きてる・・・」

悟飯を見たトランクスは大きく笑みを浮かべた。

「よかった。」
「ふん」

ベジータは高度を徐々に下げた。

「あとでデンデのところにでも連れて行け」
「はい。」
「親の心子知らずとはよく言ったもんだ。
わがままなやつめ」
「・・・・」
「だが安心しろ。
こんど悟飯が暴走すれば
『殺さない程度』に痛めつけてやる。」
「父さん、
ありがとう。
本当に」

ベジータがにやりと笑った気がした。

地上に降ろされたトランクス。
頬が赤く染まっていた。
トランクスは何度か頭を振ると
悟飯のもとにあるいていった。
歩きながら彼は何度も後ろを振り返った。
彼の背中には父親であるベジータの
手のひらの感触が「しっかり」残っている。
トランクスはその感触をわすれないように
何度も思い出しながら
目頭を熱くした。
ベジータもまた
自分の手のひらを
握ったり開いたりしながら
トランクスの身体の重みを
何度も味わっているように
思えた。
暫くの沈黙のあとベジータが口を開いた。

「トランクス・・・」
「はい」
「貴様は俺の血を引く息子だ。」
「・・・」
「ブルマと元気で暮らせ。」
「・・・はい」





ベジータが去ったあと
トランクスは悟飯の身体を抱き上げた。
小さな少年の身体は
とても軽い。
夜露が長いまつげについていた。

「悟飯さん。
俺の部屋に帰りましょう。」

悟飯の顔が微笑んで見えた。

「うん。
誰も貴方を責めたりしないです。
この世界は貴方が守ったんだ。
たとえどんな悟飯さんになったとしても
悟飯さんは悟飯さんなんですよ。」











トランクスはそっと悟飯の頬に
手のひらを添えた。















「俺は未来の貴方と生きてきました。
俺はいつも守られてばかりで
俺はいつでも甘えてばかりで・・・。






本当にごめんなさい。



・・・この世界の貴方は
せめてしあわせに生きてください。」










水の雫がぽとりと落ちて
悟飯のまぶたがぴくりと動いた。
トランクスはにっこり笑うと
彼の顔をふたたび覗き込んだ。












「俺は貴方を抱きたかった・・・・・・。
ずっとずっと抱きたかったんです。」